11ー5.顔で笑って、心で……
お店云々の話はイメージだけで適当に書いているので、ふわっとお読みください。
よくよく考えるとなんか色々とおかしいところ満載だけど、許して……
「……待って」
「ん?」
「まだ時間あるし、もうちょっと休憩しない?私、足がまだちょっと疲れてて……」
彼の黄色い目がまん丸になった。
休憩延長の提案に対して、何も返事はなかったけど……どうやら言葉の意味を察してくれたらしく、そのまままた元の位置にストンと座った。
「……」
「……」
「……実は……さっきの話、続きがあって」
「うん」
「俺の親父、持病があってさ。前からあんまり長生きできないって言われてたんだ。なんか、世界的にも珍しい病気らしくて治療法がないんだって」
「えっ、大丈夫なの……?」
「母親がなんか色々調べて試してるけど……どうにも駄目っぽい。ここ最近なんて特に弱ってて、そろそろヤバいみたいなんだ」
「そんな……!」
「親父がそんな状態だから……俺が成人するまで待ってられないんだって。高校卒業したらすぐ店やってくれって話になっててさ」
「じゃ、じゃあ……ほら、お母さんにやってもらうとかは?」
「喋るのは得意だけど、調理はどうだかなぁ。父親がなかなか厨房に入れたがらなくて、今までずっと来客対応ばっかりしてたから……いざ厨房に入ったとしても、う〜ん。家庭料理とはまた違うしなぁ」
職人さんみたく、やっぱり男性じゃないと……みたいなのがあるのかな?
「いや……もちろん、手が空いたら手伝ってくれるとは思うよ。でも、人が多くなる時間帯だと向こうは向こうでお客さんの対応でいっぱいいっぱいだろうし……」
「そ、そっか……」
「しかもさ、親父には……常連客って言うのかな?いつものメンバーみたいなのがいてさ」
「え?いいじゃん。常連さんがいて、良い雰囲気ができてるって事じゃない」
それなら唯も継ぎやすいんじゃない?
いきなり知らない顔が現れても、暖かく受け入れてくれそうだし。
「う〜ん、まぁ……今は、だけどね……」
「……?」
「今は親父いるからいいけど、本当に俺一人で店やるようになったら……多分誰も来なくなるよ」
「そうかな?」
「俺、そんな親父みたいに器用じゃねぇもん。料理も人付き合いも……なんて、無理無理」
小さな個人のお店だ。チェーン店とは訳が違う。
ただ料理を提供するだけじゃなく、その上でさらにお客さん達とうまく関係を築いていかなければならない。
「でも、それは……経験積んでいってなんとか……」
「駄目駄目。あれはセンスなんだ、生まれ持っての。訓練してできるようなもんじゃない」
その辺りは私以上によく分かってるみたいだ。
きっと幼い頃からずっと間近で見てたんだろう、親の仕事ぶりを。
「代わってすぐはいいけど、いつまで持つかな」
「唯……」
「きっとすぐそのうち誰も来なくなって……それで……」
消え入りそうな声のトーンに無意識で彼の方に視線が向くも、なんだか怖くてはっきりと見れなかった。
「だってさ、だって……そんないきなり任されたって……できねぇよ。自分で言うのもなんだけど……俺、ただの高校生だし」
彼の髪色が少しずつオレンジがかって濃くなっていく。
どうやら日が暮れてきているようだ。
「俺が継いだら店が潰れた、なんてなったら……それはつらいし、嫌だ。でもここで断って後から、お前が継がなかったから……なんて身内から延々ネチネチ言われ続けるのも嫌」
「……」
「もうこれさぁ……俺、詰んでない?」
ここでふと彼が不安げに私を見つめてきた。
話の感触を確かめるように、私の顔面を彼の視線がゆっくり撫でていく。
表情を読み取っているかのような、じっくりとした視線の動き。
「……」
「……」
そして何やら感じ取ったのか、頭をポリポリと掻いて無理矢理ニッと笑ってみせた。
いつもの彼らしくない、ぎこちない笑顔で。
「まぁ、別にいいんだ!悩んだところで結局なるようにしかならないからさ〜!」
いつも通りの明るい声色なのに、滲み出る違和感に思わず耳を塞ぎたくなる。
「あ〜あ、なんでこうなっちゃったんだろね。やんなっちゃうよ」
「……」
「静音ちゃんはさ……こういう時、どうしたらいいと思う?」
問いかけに無理矢理顔を向けて……ここでようやく、彼の方をしっかり見れた。
必死に縋るようにじっと私を見つめてくる、その瞳。
でも、そこには彼らしい余裕な態度はまるでなく、なんだかまるで別人のようで……
(あ、あ、えっと……)
寝耳に水というか……突然すぎる情報が次々流れ込んできて、頭がうまく回ってくれない。
猫のように毎日楽しく自由気ままに過ごしてるような雰囲気で、苦しみなんて無縁の生活を送ってると思いきや……こんな重い悩みがあったなんて。
(う〜ん……それにしても、いきなり難しい問題来たな……)
必死に頭を真面目モードに切り替える。
唯だからって、そんな難しい話はされないだろうと完全に気が緩みきっていたから……脳内は未だに回路切り替え作業で大慌てだ。
でも、真剣に悩んでるみたいだから適当に誤魔化す訳にはいかないし。
ここは私も本気で、真面目に考えないと……
(鰻屋さんかぁ、老舗の良いお店なんだろうな……)
土曜丑の日なんてきっと大繁盛だ。
まだしばらくその風習はなくなりそうもないし。
だけど、結局飲食業な訳だし……決して安定してる職業とは言えない。
そこは素人でもなんとなく分かる。
(う〜ん……特にそれがやりたいって訳じゃないなら、個人的にはあまりおすすめはできないんだけど……)
かと言って、やめときなさい!なんて言っちゃうのもな……それでも彼の家の大事な家業な訳だしな……
「あ……ごめん。こんな話……重いよな?」
「唯……」
「あ、ははっ!あははっ!やっぱ今のなし!なしなし!」
いつものふにゃふにゃの笑顔で、顔の前でブンブンと両手を振って見せる彼。
でもいくら手を振っても、重苦しいオーラは振り払えていなかった。
「はいっ、やめやめ!やっぱ今のは忘れて!」
「……ごめんね。なんのアドバイスもできなくて」
「い〜よい〜よ、俺が変な話振ったのが悪いんだから」
でも。
でも……!
でも待って!だからってまだ諦めるのは早いよ……!
待って……!
(待って!やっぱタンマ!)
彼がまた一人で闇を抱え込んでしまう前に……私、何か言いたい。言ってあげたい。
おばちゃんのお節介と言ってしまえばそう。
だけど……このままにしておけない。見捨てるわけにはいかない。
「……でも」
「ん?」
「でも……でもさ。私、唯が自分で選んだ道ならなんでもいいと思うよ」




