11ー4.とある家出少年の話
「……真面目な話、していい?」
「えっ?」
あまりな唐突すぎる切り出しに驚いて彼の顔を見ると……ふわふわしたあの彼とは別人のような、真顔の青年がそこにいた。
突然の真剣な眼差しに思わずドキッと心臓が跳ねる。
「駄目?」
「あ、いや……全然大丈夫だよ」
本当はもっと良い言い方が他にあるような気がする。
もっとリラックスして話してもらえるような、うまいセリフが。
でも、私にはこれが精一杯だった。コミュ障でほんとごめん……
「……あのさ」
「うん」
「俺、学校の近くで一人暮らししてんだ」
「え、まじ?」
えっ?!高校生で一人暮らし?!な、なんだって〜?!
(え?え?え?今サラッと言ったけどすごくない?)
いや、そりゃあ……日本全国探し回れば、他にもそういう人いなくはないんだろうけど……だとしても、まだ十代で……すごいぞ。
「俺、親が嫌いでさ。高校入学してすぐ、家出したんだ」
「ええっ?!家出って……ご飯は?ってか、住む場所は?」
「最初は一人暮らしなんて全然考えてなかったから……とりあえず色んな友達の家泊まりまくって、なんとかしてた」
「友達の家?」
「うん。一人暮らししてる奴とか結構多いからさ」
(え……それ、きっと悪い友達だよね?)
彼自身の設定とか話のニュアンス的に、多分そう。
一人暮らしの高校生がそんな大勢いるとは思えないし……多分年齢はもっと上か、下手したら大人。
つまり、夜遊びとかする方の……なんていうんだろ、不良というか……テレビとかに取り上げられそうな、いかにもって感じの……そういう友達。
(わ〜お……)
そういや唯って、そもそも不良っていうキャラ設定なんだっけ。すっかり忘れてた……
なんとなくアホの子っぽいからって色々フィルターかかりまくってたけど、なかなか悪い子なんだった。
なんかちょっと、話の雰囲気変わってきたぞ……
「そしたら姉ちゃんに捕まって、こっぴどく叱られて……んで、気づいたらなんかアパートとか勝手に契約されてたって感じ」
姉ちゃん強い。流石っす。
「家賃とかは俺のバイト代だけじゃキツいから、実家持ちなんだけど……今思えば、あの時姉ちゃんなんて説得したんだろうな」
姉ちゃん流石っす(2回目)。
「お姉さんって、確か10歳上だっけ?」
唯は17歳だから、27歳。
(ほうほう……私より少し下って感じか)
「うん。高校卒業してすぐに結婚して、子供二人いて……さらに今もう一人妊娠中」
(えっ)
姉ちゃん(略)。
「……って、姉ちゃんの話はいいんだよ。俺が話したいのはそれじゃなくて……」
もうすでに充分すごい話をしてる気がするけど、まだ他にあるらしい。
「実は俺ん家、鰻屋なんだ」
「えっほんと?どの辺?もしかしたら食べに行った事あるかも」
「いや、無いな。隣の県だし、行くとしてもここから遠いから……」
「そっか〜残念……あっ!でも、じゃあいつもやってるバイトってもしかして……」
「違うよ。実家じゃバイトなんてしたこともないし、手伝ったこともない」
ここまで至って普通の会話のはずなんだけど……なんだか彼は暗い表情のまま。
何か悩みがありそうな雰囲気はしてるけど……
(『一人暮らし』『家が鰻屋』。う〜ん、まだ話が見えてこない……)
「……手伝いなんてしたくもない。あの顔見るだけで吐き気がする」
およ?空気変わったぞ?
「アイツら、ほんと自分達の事しか考えてないんだ。物心ついた頃から継げ継げって、もうほんっとしつこくてさ……でも俺の話には聞く耳持たない、ガン無視だ。こっちはやりたくね〜って言ってんのにさぁ」
アイツら、って……ご両親の事かな?文脈的に。
「それでも、何もなけりゃ大人しく継いだかもしれないよ?でも中学の頃、試しにやってみろって言われて手伝った時にさ……やり方違ぇだの下手くそだの、散々ボロクソ言われて……もう二度とやりたくねぇ」
お、おおぅ……なかなか色々あったのね……
勝手な推測だけど、彼の両親は結構な職人気質のようだ。
(なんだろ……寿司屋の大将みたいな?)
直接見た訳じゃないけど……叱咤激励とかいって、弟子とかに罵声飛ばしちゃうタイプなのかもなぁ。なんかそんな気がしてきた。
「そっか……それで家出したんだ」
「そう」
「……大変だったね」
「ありがとう」
そう言うなり、ベンチから立ち上がる唯。
「……さてとっ!ふぅ〜喋った喋った!愚痴聞いてもらってスッキリだ〜!よし、じゃあそろそろ帰ろっか!」
でも、言葉とは裏腹に彼の表情はまだどこか暗いままだった。