11ー3.平穏破る木琴の音色
木琴の着信音。
iPhone初代もあの音だったかちょっと自信ない……もし違っててもお許しを……(常にマナーモードの人)
走り出したバイクは風を切ってぐんぐん進む。
(ひいぃ!は、速いぃぃ!)
不安は的中。気分はまるでジェットコースター。
自転車のちょっと早いやつくらいの軽い感覚で乗ったら、大間違いだった。
(ちょっと!速い速い、速いって!)
地面の凹凸に合わせて時々ぐわんと車体が揺れて、恐怖がさらに煽られていく。
(ひぃっ!死ぬ死ぬ死ぬ……!)
周りの景色なんて見れない。
出発する前は森林浴できるかなぁなんてのんびり考えてたけど、実際は全然見てる余裕なんてなく。
振り落とされないように唯にしがみつくので、精一杯だった。
「どう?気持ちいいっしょ?」
「あ、うん……」
いやいやいや!しがみつくので必死なんだってば!
「あれ、元気ないね?疲れてきちゃった?」
「ちょっとね……」
だいぶね!
「あはは、初めてだもんねぇ。もうすぐ着くから、そしたら休憩しよ?」
(休憩……!やった!)
休憩というワードがこんなに有り難く感じたの、初めて……
「ところで……ねぇ、静音ちゃん」
「何?」
おっと。普通に返事しちゃったけど。
しれっと名前呼びに変えてきた。
うまい。流石、遊び慣れてるだけある。
「静音ちゃんはさ〜、どんなタイプが好きなの?」
「えっ?」
おおっとぉ?!一気に斬り込んできたな?!
さてさて。なんて返そう。
まだ誰ともそこまで親密にできないし、ほどほどをうまくキープしないと。
う〜ん、う〜ん……
「ええっと……や、優しい人かな……」
無難オブ無難。超ありきたりワード。
誰にでもいい感じに当てはまってくれるのが、この言葉の良いところ。
聞かれちゃ困る時に使う切り札その一。
「そっか〜」
「唯は?」
「俺?俺はね……」
「うんうん」
「……あ、ベンチだ」
「えっ」
「じゃ、あそこで休憩しようか?」
あっ、ずるい!話逸らしたな!
バイクを降りて辺りを見回すと、見覚えのある光景が広がっていた。
「あれ?ここは……」
木のベンチがあって、すぐ側に赤い自販機があって……
(ん?んん?これもしかして、バイク乗る前に座ってたところ?)
「あははっ、今更気づいたの?」
えっ、まさか。まさか……
「ぐるっと湖の周り一周してきたんだよ」
「えっ?あっ、そういう事?!」
が〜ん……乗るのに必死過ぎて全然気づかなかった。
確かにどこか目的地へ向かっているというより、なんか似たような景色の中をウロウロしてる感じはあったけど……
「はははっ。ほんと面白いね、静音ちゃんは……で、自販機あるけど何か飲む?」
「う〜ん、じゃあお茶で」
「いいの?甘いのあるよ?」
ジュースとかカフェオレとかもいいっちゃいいんだけど……ああいうのって、ちょっと甘すぎるんだよなぁ。
「はい、お茶」
「ありが、」
彼からペットボトルを受け取ると、どこかでスマホが鳴った。
「とう……ってあれ?なんか鳴ってない?」
音の発生源を探して辺りを見回すと、どうやらバイクのスタンドに挟んであった彼のものらしかった。
「ゆい、電話だよ?」
みるみる彼の顔が強張っていく。
「あの、私なら気にしてないから……」
しかし、彼はバイクの方には行かず。
無言でストンと私の隣に腰を下ろした。
(およ?)
「……出ないの?」
「ああ、いいや。ほっとく」
ちょっと遠くて分かんないけど、なんか画面に『◯親』と出てるような気がする。
最初の文字は父なのか母なのかよく見えなかったけど……
「え、いいの……?」
親からの電話ってこれ、大事な連絡じゃないの?
ふざけてかけてきてるとは思えないし。
「いや……いい」
それでも、彼は出るつもりはないようだった。
湖畔に二人きり。
静かすぎる空間の中、着信音だけが響く。
「……」
「……」
無言のまま、二人はただ前を向いていた。
目の前に広がる湖の、さわさわと小刻みに波打つ水面をひたすら見つめていた。
着信音はそれからしばらく長々鳴っていたけど、やがて急にピタッと止んだ。
(やっと止まった……)
「ねぇ……ゆ、」
話しかけながら唯の方を向くと……彼はまだ水面を見つめていて。
「……」
「……」
私の口はするすると閉じていき、横を向いた首は前へ戻っていく。




