10-5-5.今やマサイ族だって携帯使う時代
らしいですよ。
喜ばしい事なんだろうけど、せっかくの自慢の視力が……
「はぁ、はぁっ、はぁ……」
あれからさらに息を切らしながら必死に歩き続ける事、数分。
目の前には柵が立ってて……もうその先は行けないってくらいの超端っこにまで来てしまった。
(うわ、こんなとこまで来ちゃったよ……)
まだこっち見てたりして……
いや、流石にないか……ないよな多分……
ないとは思いつつ、でもやっぱり逃げ切れたか気になって……また後ろを向いてみる。
くるっ。
(あっ)
咄嗟にバッと前を向き直した。
精一杯の涼しい顔……のつもり。できてるか微妙だけど。
(ミ、ミテマセンヨー?ワタシ、ゼンゼンミテナーイ……)
たった一瞬だったけど、今振り向いた事をものすごく後悔した。
なんだあれ、めっちゃ見てくるやん。
米粒くらいになってもまだ見てるって……
ってか、見えてるのそれ?
もはや視力いくつだよ?マサイ族かな?
こっちからはもうほとんど見えてないくらいなのに、視線の圧が強過ぎる。
(駄目だ、もう後ろは見れない……)
だからって、彼から意識を逸らそうと反対を向くと……
なんと今度は、また別の誰かが線路を跨いだ向こうのホームでこちらを向いて立っているのが見えた。うわぁ。
(うわ、なんかやたらと高身長の……真っ青な髪の人がいるなぁ……)
う〜ん、気のせいかなぁ?
気のせいにしたいけど……いや、ほんとに気のせいであってほしいんだけど……
ちらっ。
おおぅ、何度見てもやっぱりいらっしゃる……
彼だ。うん、どう見てもあの彼だ。
特徴的過ぎて、間違えようがない。
(しかも、なんかあれ……こっち来ようとしてない?ひえっ……)
後ろには、唯がいて。さらにいっちーがこっち来そうで。
秋水は……もう撒いたって信じたいけど、来ないとは限らない……というか、どっかにこっそりいそう。いや、多分いる。
もう怖くて周りキョロキョロできないから、はっきり分かんないけど。
紫のあの子だって……この感じ、絶対いないとは言い切れなくなくなってきた……
わぁ、豪華フルメンバーじゃ〜ん。
うわぁすご〜い……七崎さん、白目剥いちゃう〜……
(うわぁ……うわぁ……)
いやさ、確かに全員恋愛フラグ立ってる状態な訳だけどさ!
そうだけどさ……こんな全員が一斉に同じ場所に揃うのってあり?
元のストーリーだって、いくらなんでも流石にこんなひどい展開じゃなかったよ?
当時も確か歩君ルート選んで、こうやって一緒に花火見た訳だけど……他のキャラなんて全然出てこなかったし。
(……え、こんなストーリーだったっけ?)
なんかストーリー自体変わってきてないか、これ?
基本的にはシステム通り、作られたシナリオの通りにみんな動いてるんだけど……
なんだか所々イレギュラーというか、彼らの行動が自由過ぎる時があるような……ないような……
思い返せば唯と海に行った時だって、今みたいな違和感があった訳だ。
あれは元々、ただカップルストロー使って二人でメロンソーダを飲むだけの話だった。
老若男女色々いる、ごくごく普通の海の家で。
そこで唯と会話して、ちょっとドキッとする……ただそれだけのシーンのはずだった。
乙女ゲームって、基本的に攻略キャラと主人公で話が進んでいくもの。ある意味二人きりの世界。
ざっくり今いる状況が分かる程度の背景の上に、相手キャラと主人公の絵、そして会話のウィンドウが出てくるだけで……モブキャラがどうした、とかは二の次三の次のはずだ。
だから、本来のシナリオにはカップルばっかりなんて描写は全く無かったし……周りのお客さんだって、目元がぼかされたモブキャラばかりで、付き合ってるのかただの兄弟なのかすら分からなかったくらい。
なのに、わざわざあんな『カップルしか来ないような店』なんて設定がついてるなんて。
もちろん、あの辺りに海の家はいくつかあった。
むしろ選び放題だったくらい……だから、必要に迫られて仕方なく行った訳じゃない。
イベントだから、きっとどこを選んだってどのみち強制的にカップルストローは出てくる。
でも、唯はわざわざあの店に行った……シナリオを無視して、本来とは違うところに行ったんだ。
(やっぱり本人の意思で、シナリオを作り変えてる……?)
そう考えると、今回だって……
今こうして歩君のルートを選んでいるなら、他のキャラなんて出てこなくてもシナリオ上全く問題ないし……問題ないどころか、プレイヤーによっちゃかえって邪魔な存在になっちゃったりするのに。
なのに、今こうして全員一斉に出てきた。
まるで、本人達の意思で動いているかのように。
一部分とはいえ、シナリオをすっかり作り変えてしまった。これじゃまるで別のゲームだ。
これすら、システムの力……?あの爺さんがあらかじめ計算して仕組んだ事だっていうの……?
いやなんか違う、多分これは……そんなんじゃない。
そうじゃなくて、これは……きっと……
(これは……)
ここでふっと意識は途切れた。