2-3ー1.ツンデレグリーン(神澤 秋水)
慌てて教室に駆け込み、バッと教壇の方を見ると……まだ先生は来てないようでひと安心。
(ま、間に合った……!)
「しず、おはよ〜!どうしたの?今日超ギリギリじゃん?」
席に着くなり、待ってましたと言わんばかりに友達から話しかけられる。
「いや〜それがさ、寝坊しちゃって〜」
「まじで?」
「ほんとほんと。聞いてよ、それが……」
喋りかけたところで、慌てて口を閉ざす。
教室に誰かがゆっくり入ってくるのが視界の端に見えたから。
辺りもサーっと静かになっていく。
「え〜、みなさんおはようございます。では、朝のホームルームを始めます……」
教壇に立ち話を始める、丸くて分厚いメガネをかけたグレーヘアーの男性。
彼こそ、私のクラスの担任教師だ。
年齢は聞いた事ないけど、見た目からしておじさんというよりお爺さんに近い感じ。
口調が穏やかというか、話し方に緩急がなく平坦で……アルファ波出まくりなもんだから、いつもホームルームという名の眠気我慢大会になっていた。
(うぐぐぐ……寝るな、私……!)
うっかり寝たら、チョークで思いっきりおでこ突かれるぞ!
結構痛いんだからあれ!シワシワのお爺ちゃん先生だけど、あれやる時だけ謎の怪力発揮するんだから!
実は経験済みだったりする。
眠くなるような話をひたすら耐えて……ようやく我慢大会も中盤、朝の校歌の時間。
「……それでは、朝の校歌斉唱をしましょうか。神澤、よろしく」
「はい」
緑色の髪の男子生徒が一人、返事するなり席を立ち……スタスタと歩いていって、部屋の隅の電子キーボードの前に座った。
彼の名前は神澤 秋水。
吊り目の気難しそうな顔に、わざとパーマをかけたかのような綺麗な天パヘアーの、いかにも芸術家って感じの人。
親は世界的に有名な作曲家、歳の離れた姉はこれまた有名なバイオリニスト、そして本人はピアノが得意……という音楽一家。
……なもんだから、彼は普段からよくこうやって演奏を頼まれることが多いのだ。
演奏が終わるなり、教室に響くまばらな拍手の音。
先生の指示でやらされてる感満載だけど。
その一方で彼はというと、周囲の拍手にニコリともせず。
真顔のまま無言でさっさと席に戻っていった。
よく言えばクール、悪い言い方すれば無愛想。
(あれ?今の……)
秋水の指、なんか赤いのが見えたぞ。
紙かなんかで切ったのかな?にしては、結構大きいぞ?
(あらまぁ。後で絆創膏渡しに行こうっと)
この世界に来てから、あんまりにもクラスのみんながしょっちゅう怪我するもんで……見てられなくて、とうとう常に絆創膏を持ち歩くようになってしまった。
ちなみに、のど飴や頭痛薬も常備。いつでもどうぞ〜。
見た目はうら若き少女。
だがしかし中身は年相応通り越して、もはや飴ちゃんおばさん……
(いや、ほら……なんかあった時の備えって大事じゃん?ほら、ね?)
「え〜、今日はですね……」
(うわ!また長い話だ!やばい、寝るぞこれ……!)
歌ってやっと目が覚めてきたというのに、また子守唄のような長話に襲われる。
「……でして、それが……」
(寝るな!寝るなよ私……!)
「……となる訳ですね。つまり……」
(うぐぐぐ……!)
「皆さんも……するよう心がけて……」
(ふんぐぐぐぐ……!)
必死に耐えて耐えて、眠気が限界を迎えたところで……やっとホームルームは終わった。
「ふわぁ……今日のもなかなかしんどかったね〜」
「ね〜。毎日あんなに長々喋ってネタ切れにならないの、逆にすごいかも……ふあぁぁ……」
ホームルーム終わるなり、友達と私であくびの合唱。とにかく眠気がやばい。
「あ、そういや……しず、昨日見た?あれ」
「あれって?」
「ほら、俳優の本松 潤が主演の大河ドラマ!」
「ああ、モトジュンのやつ?見た見た〜!」
「超やばかったよね!あれさ……」
友達とお喋りしながらも、寝ぼけ頭でぼんやり考える。
(そういや、もしかして今のこの時間って……もしかして『寝坊』っていうイベントなのかな?)
卒業まで毎日何かしらのイベントをこなしていく、このゲーム。
日常の中にイベントがあるというより、むしろイベントを中心に全てが回っていた。
何かイベントがあればその日はイベント全部終わるまで続くけど……イベントが何もないとその日は総カット、綺麗にスポーンと飛ばされてしまう。
例えば……私がこの世界に初めて来たのが、4月8日。
しかし、その日寝て目覚めたら次は4月9日……ではなく……めっちゃ飛んでまさかの4月21日の、しかも夕方という変な時間。
その間の何も起きない日がまとめてカットされて、イベントのある21日に飛ばされたって訳だ。
何の説明もないけど、経験則として今日までずっとそんな感じだったから、これからも多分そう。
イベントごとに時間がぶつ切りで、そんなバラバラの時間が繋がって時が進んでいく。
だけど、周りの人にとっては飛ぶ事なく普通に時間が流れているようで……私には飛ばされた分の記憶はなくても、彼らの中ではちゃんと私もみんなと一緒に365日過ごしている事になっているのだ。
なんか気持ち悪いけど、まぁここはゲームだし……そういうシステムって事で割り切っている。
だからかえって……今日はやたら丁寧に朝から話が進んでるもんだから、なんだか変な感じがして。
(って事は……やっぱりイベントだったんだな、さっきのは)
唯といっちー、そして今の秋水。三人との会話イベントが発生してるって事だな。きっと。
ゲームと違ってここでは自分の意思で自由に動ける代わりに、何のアナウンスも説明もないもんだから、ちょくちょくこうやって推測しないといけない時があって……それはそれで地味にめんどくさかったりする。