10ー4ー3.私じゃなきゃ見逃しちゃうね
ここで何か一言、相槌でも入れようかと思ったけど……話の腰を折ってしまいそうでやめた。
なんとなく話の流れ的に、彼の一番言いたい事がこの後に来るような気がしたから。
「生徒会も、同じクラスのみんなも、塾の仲間も……仲が悪い訳じゃない。でも……心の中を打ち明けられるほど親しくはない」
「かといって、家じゃ誰も俺の話なんて聞いてくれない……両親も祖父母も相変わらず、兄達は仕事や勉強で忙しい。俺の気持ちなんて……誰も気にしちゃいない」
「だから、時々……こうやって無性に誰かに話を聞いてもらいたくなる時があるんだ……」
なんで答えようかと悩みながら視線を彷徨わせていたら、ふとお互いの目がパチッと合った。
憂いを帯びた彼の青い目が真っ直ぐに私を見つめてくる。
(……!)
切なさを孕んだ彼の悲しげな瞳はなんとも言えない美しさがあって……他のキャラにはない独特な雰囲気に、思わず瞬きを忘れて見入ってしまった。
「……とはいえ、俺はいつも一人で動いてきた。今更、そんな急に都合よく誰か現れてくれる訳がない。かといって兄弟や親には言えないし……」
「え?どうして?」
「その……今までずっとそうしてきたから……」
「なんで?」
「なぜかって……それは、ええと……」
いつも頭脳明晰で、何事も理論づけてはっきりと答える彼が……ここで初めて口ごもった。
おそらく、まさか理由を聞かれるとは思わなかったんだろう。それもしつこく二回もなんて。
という事は、だ。
きっと、彼にしては珍しい無意識な部分なんだろう。理論や理屈じゃ説明つかない、彼の素の部分。
そして、話ぶりから察するに……どうやら今までずっと、家族の誰にも頼らないように、家の中でも常に気を張って過ごしていたようだ。それも無意識で。
(そんな……!家って、安心してくつろげる場所のはずなのに……そんなんじゃ全然休めないじゃない!)
それも、家庭環境に難ありで……とかなら分かるけど、今の話はそうじゃない。
確かに彼の家庭も何もない訳じゃないし、むしろ色々抱えてそうではある。
でも、なにより彼自身に気を使わせ過ぎているのが問題なのだ。体は大きくなったとはいえ、まだまだ思春期真っ盛りの子供である彼に。
しかもそれが小さい頃からというなら、なおさら……
「……」
「……引いたか?」
「ううん」
引いたから黙った訳じゃない。
「……」
「え、えっと……」
「……」
「あの、それさ……その役目、私じゃ駄目かな?」
ハッとした顔でこちらを向く彼に、逆にこちらがハッとさせられそうになった……その美しさに。
びっくりしてもその顔は整ったまま。
美人は何しても美人……驚いた顔までもが芸術品のようだった。
「せっかくこうして仲良くなったんだし……私で良ければ、いくらでも聞くよ?」
自分で言うのもなんだけど、そういうの得意よ?私。
職場の人だって、友達だって、よく相談に乗ったりしてるし。
自慢じゃないけど、何度もそうやって相談してもらえるって事はそこまで評判悪くはないはずよ?ふふん!
「でも……いいのか?」
「うん。むしろ、また吐き出したくなったら教えて?私、いつでも聞くから」
ふっと彼の顔がほんのわずかだけ緩んだ。
と言っても、そのビフォーアフターを写真で並べてもおそらくほとんどの人は気づけないような、そんな微妙な違い。
恐ろしく微妙な変化……私じゃなきゃ見逃しちゃうね……!
「……そうか、ありがとう」
「いつでも言ってね」
しっとりとした良いムードが流れている。
(そうだよ、乙女ゲームってこういうのだよ……)
今までなんかドタバタと忙しないシーンばっかりだったけど……そう、これだよこれ。
動きのある場面ばかりじゃなくて、こうやってたまに止まって……
こう、お互いの中でじっくりと想いを温めていって……
「前から思ってたんだが……やっぱり、君は大人だな」
ぎくぅっ!
「えっ!ど、どどど、どういう意味?!」
お、おちけつ!じゃなかった、落ち着け私……!
「俺もそれなりに振る舞っているつもりだが……それでも、それ以上に君の方が落ち着いて見えるんだ」
ぎくっ。
なかなかの観察眼で。よく見てらっしゃる……
「同い年のはずなのにどこか達観してるというか、これからの人生の流れをすでに知っているというか……」
「そうかな?」
え?もっと長く生きてる気がする?
気のせいじゃないかな?(すっとぼけ)
「ああ、少なくとも俺にはそう見える」
「そ、そっか〜……」
思わず視線が明後日の方へ……
「む、もうこんな時間か……そろそろ帰ろう、もう暗くなってきたからな」
「お、そうだね。帰ろ帰ろ〜」
ナイス、時計!ちょうど彼の視線の先にいてくれてありがとう!
自習室の時計なんて、今までほとんど見てなかったっていうか……むしろ存在すら知らなかったけど!
「……?な、なんだ?急に足が早く……」
「さ、帰ろ帰ろ!」
さぁ帰ろう!さぁさぁ帰ろう!
ぐずぐずしてるともっと暗くなって、親に怒られちゃうからね!
っていうのは建前で……本当はこのまま流れで一緒に帰るイベントになるんじゃないかって怖いだけだけど!
さぁ、さっさと帰るぞ!『一緒に帰るぞ』なんて言い出す前に!
だから……ここはサクッと帰ろうね、いっちー君。
帰ろう、ね?ね!
ね!!!(圧)
「なんだどうした、この後何かあるのか?」
「いいからいいから!」
「……???」
彼は不思議そうな顔のままだったけど、どうにか帰ってもらう事に成功した。
(ほっ……危なかった)
好感度的に、一緒に帰ろうって言ってくるんじゃないかって焦ったけど……無事セーフ。
図書館だなんて思いっきりみんなの生活圏の中だし、他のキャラもその辺普通にうろうろしてる訳で……そんな場所を彼と二人きりで歩いて、事故るのだけはなんとしても避けたかったのだ。
もうだいぶ遅い時間だし、他のキャラならそう言い出しかねなかったけど……一番お堅いキャラの彼で良かった。
あの感じ、おそらくこの先も手は出してこないだろう。多分。
そういうのはきちんと付き合ってから!って彼の中にある……なんとなくそんな感じがする。
純粋に彼との恋愛を楽しもうとしてたら、今のタイミングで『送るよ』って言ってこなかったのは、ちょっとモヤっとさせられちゃうかもだけど。
奥手というより、知らない。できないんじゃなくて、そもそも知識がない……それが彼。
そこが魅力でもあり、駄目なところでもある……
(きっとキスする時に毎回聞いてくるタイプだな、これは……)(偏見200%)




