9-2.年下過ぎて対象外だから大丈夫大丈夫、大丈……あれ?
脳内で必死にお祈りしてたら、ふいに手元に置いておいたスマホが鳴った。
(来た!どうだ……ちよちゃんか……?!)
ガシッと手に取り、表示された名前を一瞬見て……そのまま流れるような手つきで画面を伏せて机に置いた。
スンッ……
ふと何気なく部屋の鏡を見ると……反転した部屋の中で一人、虚無顔の女が突っ立っているのが見えた。
このままチベット高原行ったら、あのキツネに仲間だと思われたりして……
(それはそれでありだな……(?))
……なんて、やってる場合じゃなかった。電話出なきゃ。
躊躇う私を急かすかのように、スマホがさっきからめちゃくちゃ鳴っている。なんか焦るよね、あの音。
渋々スマホを手に取ると、目の前にまたあの名前が。
(ううう……やだなぁ)
フルネームは漢字四文字で、早から始まって歩で終わる……っていうかもうバッチリ名前出てるけど!そう、あの子だよあの子!
(これ、せめて他のキャラだったらなぁ……)
こうして嘆いてる間にも着信音はまだ鳴り続けている。
これが現実なら大体そのうち諦めてくれるけど、そうはさせてくれないのがこの世界。
出ないとイベント始まらないからって……多分これ、居留守しても出るまで鳴るやつ……
(しょうがない、出るか……)
「もしも〜し……」
『うわ、テンション低っ!』
「ソンナコトナイヨォ↑」
『声も変に裏返ってるし……なんだよ、寝起きか?』
「違うよ〜」
『それにしてはえらい時間かかったな……あ、もしかしてなんか途中だった?それならまたかけ直すけど……』
「鏡見ながらチベスナ顔してたの」
『さっさと出ろよ!』
こんな風に躊躇いなく突っ込んでくれるのは、あの五人の中じゃ歩君ぐらいだから……ある意味良かったのかも……?
他のキャラじゃ、変に遠慮し合ってグダグダになっちゃうから……
『ったく、相変わらず変な奴……まぁそれはいいけど……でさ、いきなりだけどさ……花火大会行かねぇ?』
あっ、全然良くなかったわ!!!
(う〜わ、やっぱり来たぁ……!)
「え、ええっと……」
『なんだよ?』
「いや、え〜と……」
君の好感度がですね……そろそろガチでやばくてですね……
『嫌なのか?』
「え?いや……別に嫌じゃないけどさ……」
『じゃあ、なんだよ?』
「ほ、ほら……その前の週はユニラン行くじゃん?大丈夫?」
『何が?』
「頻度とかさ……あと、お財布事情とか……」
ユニランこと、ユニバーサルランドはお年寄りから子供まで知らない人はいないってくらいの、超有名な遊園地だ。
デートの頻度もそうだけど、それよりもお小遣い的な意味で……大丈夫かい歩君?結構高いのよ、あそこ。
「あ〜、別に平気だよ。先月バイトでだいぶガッツリ稼いだから。それに……」
「それに?」
「……」
「……」
突然の間。
言いづらいのか、なんなのか……今までスムーズだった会話の流れが急にピタッと止まって、なんだか変な空気に。
「それに、会う回数なんて……多い方がいいに決まってんだろ?」
電話を通して、少し低めの熱を孕んだ声が耳を撫でていった。
(……っ!)
散々溜めに溜めて、砂糖を濃縮して放った甘〜い一言。
さっきの間はチャージ攻撃(?)の予兆だったらしい。
戸惑う心置いてけぼりで、心臓が勝手に強い鼓動を奏で始める。
(え?え?今の……歩君、だよね?)
いつものちょっと高めの元気な声じゃなくて。
初めて聞いた、彼の『男』の声。
(そんな声、出せるんだ……)
いや、そりゃそうだよね。
高校生にもなりゃ、声帯なんてもう大人のものよね。
そりゃあ、そういう声も出せるわな。物理的に。
高校生だしまだまだ子供、だなんて思ってたけど……気をつけないと。
いや、気をつけようにも回避できないか。
突然なんの前触れもなくいきなりくるから……
そう考えながらも、まだ心臓はバクバクいっている。
(あ、ちょっと……いや、結構やばいかも……)
これはまずい。完全に彼のペースだ。
何が駄目かって……あれほど年上だなんだって余裕ぶってたのに、そんな余裕がたった一瞬でなくなってしまったって事。
可愛いなぁなんて言えてたあの余裕。
今はそんなの全然なくて、むしろ向こうのほうが余裕で……押されてるまである。
(ま、まずい……うっかりしてたわ……)
相手はやっぱり乙女ゲームのキャラ。年下だからってリアルとは違って……自分の想いを表す事に遠慮はしないし、かといって発言も外さない。
甘くてちゃんとツボを押さえたセリフを、良いタイミングに出してくる。
そもそも乙女ゲームって、プレイヤーをときめかせてなんぼのゲームな訳で。
十人十色、色んな性癖のプレイヤー達をどうにかときめかせようと、うまく作られてる訳で。
(ということはだ、逆に言うと……かなり気をしっかり持たないと、流されるぞこれ……)
もし、流されて本気で心から恋をしてしまったら。
しかも、その相手が『迷い人』じゃなかったら。
もし、そうなってしまったら……
(……)
駄目だ駄目だ!いかんいかん、しっかりしろ七崎!
あくまで傍観者なんだから!そこんとこちゃんと線引きしないと!
『……おい。おい、聞いてる?』
急に無言になった私に、彼は不思議そうにしている。
「き、聞いてる……」
うん。聞いてるし、効いてる。とっても効いてる。
『……?まぁいいけど。そうそう、花火大会は駅で集合な。河原の方すげぇ混んでるだろうし』
「う、うん……分かった」
『でもまずはそれより先のユニランだ、忘れんなよ?それじゃ』
電話が切れるなり、ベッドに背中からダイブ。
「あは、あはは。あはは……」
まだしつこくドキドキしている、私の心臓。
もうだ〜めだ、こりゃ。あれはやばいって。
でも、もうそろそろ落ち着きなさいってば。
年甲斐もなくはしゃいでんじゃないの、私。
「あはは、はは……はぁ……」
これはまずい。
やばい。超やばい。先行きが怪しい。
唯のお姫様抱っこもなかなかだったけど……これはこれで……
唯の体育祭イベントで軽くジャブ打たれて、ぐらっと来たところをやられたみたいな……なんていうんだろこれ?コンボ?
あくまで私はこの世界にとってよそ者で、ただの傍観者で。
『迷い人』を助けるためだけの存在なのに。
高校生なんて全然対象外だし、可愛い可愛いって愛でながら適当に気のあるフリしてればいいや……なんて思ってたはずなのに、なんで本気でハマりそうになってんのよ私。
「はぁ……」




