5-4.大丈夫?メロンパン揉む?
大丈夫?メロンパン揉む?それとも日々のデスクワークで限界まで凝りに凝った私の肩揉む?(ただのマッサージ)
「……かっこ悪いだろ、こんなの」
「へっ?」
いきなりの発言に思わず聞き返してしまい、さらに嫌そうな顔をされてしまった。
(え?かっこ悪い……?何が?)
語尾の上がり具合からして、同意を求めているらしいんだけど……
「……」
「……」
質問の意図が掴めず困って彼の方を見ると、なんだかまだまだ言いたい事がありそうで。
返事は保留にして、とりあえず続けるよう目で促す。
「僕は運動が本当に駄目なんだ……自分でもよく分かってる。でも、それを無理して誤魔化そうとすると……すぐこうやって無様な事になる。苦手じゃないフリすらまともにできやしない……」
そこまで言いかけて彼は何かを確認するように二、三度チラッと私の目を見た。
まるで駄目な人を貶すような口調だけど、でもその対象は彼自身で……いつもの彼からするとなんだか不自然で落ち着かない感覚だった。
いつも偉そうな態度ばっかりで、自分を下げる事なんて絶対になかったから。
「……」
「……」
話の邪魔をしたくないから、相槌も突っ込みもしばらくは封印だ。
「言われなくたって……そりゃかっこ悪いに決まってるよな、こんなの」
「『勉強は優秀、でも体育だけは駄目』なんて……正直、そんな自分が恥ずかしい……」
「今、怪我してるのだって……本当は誰にも見られたくなかったくらいだ……」
みるみる力が入っていく、彼の目。
強い怒りの感情が瞳の中で渦巻いていて。
「でも、君に見られた」
鋭い彼の視線は私のすぐ脇を射抜き、大きく横に逸れていった。
自分の醜態を見られてしまった事と、不甲斐ない自分への怒りが、真っ直ぐ私に向かってきて……まさに刺さる寸前でギリギリ避けていった。
「……」
「……」
そして……何を思ったか、あれほど強かった目の光がここでふっと消えた。
まるで何かを諦めたかのような不気味なくらい穏やかな顔で、まだ私の脇の壁を見つめながら。
「神澤君……」
「なぁ」
「……」
「なぁ、笑えよ」
(笑うって……何を?)
「僕のいないところで笑ってるんだろ?どうせ」
「えっ?えっと、その……何を?」
「何をって……まさか、分からないのか?」
いやいやいや!
分かんないよ!
こちとら、なんのことやらさっぱりだよ!
「……あんまり自分で言いたくないんだけどな」
「ご、ごめん……」
話についていけてないというか、本当になんのことやらさっぱり見当つかないんだけど……なんか、ごめん。
「普段あれほど偉そうにしておいて、運動音痴なんだよ?こんなの……誰だって軽蔑するだろ?」
そ、そう……?
「僕は、他人を見下してるつもりはない。でも、そう見えるって……今まで色んな人から言われ続けてきた」
「……」
「それはもうどうしようもない。分かったところで、無意識である以上自力じゃどうにも変えられなかった。だから僕は……自分の態度を正当化するために、あたかも完璧な人間のように振る舞い続けた」
確かになんでもできる人、みたいな雰囲気はあったけど。でも……
「だけど……運動が駄目だって周りにバレたら、終わりだ……僕に欠点があるって事が知られてしまう……」
「で……で、でも……」
不安定に揺れ始める彼の声につられて、私の声まで震えてしまう。
「僕が大した人間じゃない事に気づいたら、きっと軽蔑するだろう。あんな偉そうにしてたのにって。それで、馬鹿にするんだ……」
苦しみを吐き出す彼の姿を見て、なんだか胸の辺りがギュッと締め付けられる。
「みんな表に出さないだけ……きっと、ヒソヒソそうやって僕の事を……笑って……」
そんなの思ってない。
そんな事考えた事なんて一度もない。少なくとも私は。
とはいえ他の人だって、多分そこまで考えてないはず。
「思ってないよ、全然そんな事……」
「嘘つけ」
「なっ……!」
「そんなの嘘に決まってる。直接言ってこないだけで……みんな僕の事、馬鹿にしてるんだから」
「ち、違う!」
いくら普段の態度がひどいからって。
ただ運動ができないくらいで、そこまで馬鹿にされる訳がない。
「違う?どうしてそう言える?」
「ただ運動が人よりちょっと苦手ってだけ。ただそれだけで馬鹿にされる訳ないじゃん」
「そうは言うけどさ、君だって本当のところはどうだか……」
効果はいまひとつのようだ!
某モンスター育成ゲーム風に言うと。
(励まして、気を持ち直してくれるかと思ったんだけど……あれ〜?)
あれれ〜?どうした〜?
なんか今日、めっちゃ拗ねてんな。
どうした、秋水君。いつものクールな君はどこへ行った……
「それに、ほら……神澤君には立派なピアノの才能があるじゃない」
「いくらうまく弾けたって、運動ができるようにはならない」
む、むむむ……
なんか急にスーパー自虐モード入っちゃったみたいけど、大丈夫?情緒不安定?
なんだろ、お腹空いてるとか?飴ちゃん何個かあげようか?
あ、それともメロンパン食べる?
半分くらいまだ鞄に残ってるはず……私の食べかけだけど。
「ただピアノが弾けるだけの人間なんて、この世に腐るほどいる」
話せば話すほど、段々と覇気がなくなっていく。
(……)
「そんなの、別に珍しくもなんともない。ごくありふれた存在……」
普段のキリッとした眉毛は、力なくハの字に下がり切ってしまっていて、もはや別人のよう。
「僕の両親は海外で引っ張りだこだし、姉は姉で根強い人気がある。三人とも他人には真似できないような技術を持っていて、世界に認められている。でも……」
呟くように、囁くように、震える声で言葉を紡いでいく。
「でも……」
「それに比べて、僕は……ピアノが多少弾けるだけ……」
「他には、なんの特技も……何もないんだ……僕には、何も……何もない……」
「僕は……僕は……」
そう言ったのを最後に、俯いて黙り込んでしまった。
「……」
「……」
彼の言いたい事は分かる。今の話でよく分かった。
でも、でもだよ?一言言わせてほしい。
そこ、悲しむところじゃないから〜!
気にしなくて全然いいやつだから〜!
ほんとに、ほんと!君の家族がすごすぎるだけだから、それ!
そもそも比べちゃ駄目なやつだから!
比較対象のレベル高すぎて、そりゃ誰だって凹むわ!
ってか、そんな事言うなら……私は何?!
ピアノなんて……小学生の頃に一本指でなんとか猫ふんじゃった弾いて、それっきりだぞ!
君とその家族のいるその土俵にすら上がれない人間が、今ここにいるんですけど〜?!
……とかなんとか色々と突っ込みたくなった。
というか心の中でめっちゃ突っ込んだ。
けど……彼は彼で、彼なりに本気で悩んでるんだろう。
それを私はこうだから、だなんて言うのも野暮ってもんで。
(う〜ん。でも、じゃあ……なんて言えば……)




