5-3.実はいましたもう一人
先生に傷口を消毒してもらい、椅子に座り氷袋を当てて患部を冷やしていると。
「先生……」
(うわっ?!)
ふとどこかから急に声が聞こえてきて、思わず肩が跳ね上がる。
声はカーテンのかかったベッドからのようだ。
他の人、いたんだ……全然気づかなかったや。
誰も寝てなくても、いつも大体カーテン閉めっぱなしなもんだから……どうせ誰もいないと思って気づかなかった。
誰だか知らないけど、ごめん。勝手に存在消してまじごめん。
完全にいないと思ってたわ……
「先生、氷袋ありがとうございました。お返しします」
声の感じからして多分男子。高めだけど、女子のそれとは違う。
「あら、もういいの?大丈夫?ちゃんとしっかり冷やさないと……」
「いえ、大丈夫です」
カーテンが大きく揺れたかと思ったら、隙間から勢いよく腕が飛び出してきて人一人分の隙間を開けた。
そして、そのままの流れで今度は制服のズボンを履いた両足が飛び出してきて、上履きを履き始める。
「ほんとに……?無理しちゃ駄目よ?」
「いや、その……ほ、ほんとに、ほんとに大丈夫ですから……」
「そんなに焦って……早く向こうに戻りたいのかもしれないけど……慌てちゃ駄目なのよ、こういうのは」
靴を履いて立ち上がり、カーテンの向こうから完全に出てきた人影。
あれ?
この、緑色でふわふわした髪……まさか……
「神澤君……?」
「あっ……!」
しまった!って顔の秋水。ほんとによく顔に出る子だな。
その慌ててる雰囲気からして、どうやら私に気づかれる前にさっさと撤収するつもりだったみたいだ。
「あら、お友達かしら?」
何とも言えない空気の中、先生はそう言った。
私と彼の間のなんとも言えない緊張感に気づいていないのか、あえて気づかないフリをしてるのか……
「ええ、同じクラスなんです」
「まぁそうなの〜。奇遇ねぇ」
言い終わるなり、私と先生の視線が彼の方に向く。
流れ的に今度は彼が何か言う番。
しかし、そのはずが……下を向いて黙り込んでしまった。
(あれ?今、なんかまずい事言ったっけ?)
室内は変な空気でいっぱいになっていく。
(わぁ、気まず〜い……)
でも私、微妙な空気感を打開できるほどコミュ力そんな高くないし……
話題なんて、そんなすぐポンポン出てこないし……
でも、先生困っちゃってる……
(う〜ん、どうしよう……)
悩んでも悩んでも、何の案も出てこなくて困っていると……
「ご、後藤先生っ……!」
緊迫感のある声と共に、男の先生が勢いよく駆け込んできた。
角刈りでジャージを着てて、ホイッスルを首に下げている……おそらく体育の先生のようだ。
ちなみに、後藤先生は保健の先生の名前。
「あら、どうしました?」
「生徒が一人、競技中に突然意識を失って……少し前から頭痛と吐き気を訴えていたようで、おそらく熱中症だとは思うんですが……」
「まずいわね……救急車は?」
「早ければもうそろそろ着くはず……!」
「分かりました!すぐ行きます!」
どうやら生徒の誰かが倒れてしまったらしい。
(お、おう……)
緊迫した空気感。雰囲気は打って変わって、急に医療ドキュメンタリー風に。
救命救急番組だったら、この後すぐ担架で急患が運ばれてくるやつ……
(とはいえ、ここ乙女ゲームだし……流石にそこまでの描写はないだろうけど……)
まだこのイベントが始まって数分経ったかくらいなもんだから、全然気づかなかったけど……
窓の外をよく見たらギラギラ日差しのかんかん照り……今日はなかなかの猛暑のようだ。
(10年ひと昔……熱中症対策なんて、当時あんまりしてなかったもんなぁ)
「二人とも!突然ごめんね、痛みが引いたら勝手に戻って大丈夫よ!使い終わった氷袋は適当にその辺に置いといていいから……それじゃっ、よろしくねっ!」
早口でそう言って、先生達は二人で慌ててグラウンドの方へ走っていった。
いきなり部屋に残されてしまった、私と秋水。
「……」
「……」
(話しかけてみるべきか、ここはやめとくべきか……)
ええい!ここは一か八かだ!
「ねぇ、神澤君」
びくうっ!
目を大きく見開き、警戒心バリバリの視線をこちらに送ってくる秋水。
まるで猫がきゅうりを見た時みたいな、すごいビビりよう。
「あ、ごめん」
「急に話しかけないでよ。で……何?」
驚いた顔はほんの一瞬だけで、すぐにいつも通りの嫌そうな顔が私を睨みつけてくる。
「いや、なんとなく。って……あれ?」
わざと手を置いて膝小僧を隠すようにして座っている彼の指の隙間から……ほんの一瞬だったけど、赤黒いあざがチラッと見えた。
「み、見るな!」
「それ……かなり痛そうね」
「見るなってば!」
「ああ、ごめんごめん」
また室内はシーンと静かになった……彼が再び口を開くまで。




