5-2.保健室はサボり部屋じゃありません
保健室のベッド、枕が異様に固くて苦手でした……
そうして唯にお姫様抱っこされたまま、保健室に向かう。
景色とか感覚を楽しんでる余裕なんて全然ない。
必死にしがみついて、ひたすら目の前にある彼の横顔を凝視するので精一杯……
横顔はやっぱりイケメンだし、密着する事で彼の体温とか肌の感触伝わってくるし……ドキドキするなって方が無理だった。
(うわわわわ……)
ふわふわとした感覚が全身を包んでいく。
ときめきというか高揚感というか、恋する乙女のオーラというか……そんな感じのやつが。
でもこれ、冷静に考えるとおかしくて。
抱っこで長距離移動とか、普通の高校生同士じゃおそらく無理なはずなんだけど……
突然の夢のようなシチュエーションにバグった私の脳は、全てをすんなり受け入れてしまったのだった。まさかのツッコミ不在。
まぁ違和感に気付いたところで、結局『ゲームの中だからなんでもあり』の一言で片付けられちゃうのがオチなんだけど……
魂が口から飛び出したまま、ひたすら耐えて耐えて……ようやく保健室の扉の前に着いた。
彼としてはまだその手を離すつもりはなさそうだったけど、このままいたら他の人に見つかってなんか言われそうで。
「……あ、ああ、ありがとう!ここまで来れば歩けるから、大丈夫だよっ!」
わざと周りに聞こえるように大きめの声でお礼を言って、半ば強制的に下ろしてもらう。
(よし、じゃあ後は先生に見てもらっ……あれ?)
保健室の中はシーンと静か。蛍光灯はついてるけど物音ひとつしなかった。
人の気配が全然ない……まさか今、誰もいない?
「あれ?七崎ちゃんどうしたの?」
「それが……保健室、誰もいないみたいで……」
「あっ、ほんとだ……いないね」
「どうしたんだろう?誰か外で怪我人でも出たのかな……」
二人で恐る恐る保健室に足を踏み入れるも、やっぱり誰もいない。
「じゃあさ。せっかく二人きりなんだし……ちょっと休憩しよ?」
「えっ。私はいいけど……唯はこの後競技出るんじゃないの?」
「俺?もう出番は終わったから、へーきへーき」
「えっ、早っ。なんの競技?」
「な〜んだ?」
まさかのクイズ形式。
「え〜っと……ムカデ競争?」
「ぶっぶ〜」
なんだろ。何があるっけ。
思い出せ私、十うん年前の記憶を……
「あ、徒競走?」
「ぶ〜」
「違う?えっ、じゃあなんだろ……」
あれ?なんだか部屋の外からバタバタ走ってる足音が聞こえるような……
「ヒント。跳ねたり走ったり忙しいやつ」
「跳ねたり、走ったり……あっ、障害走?」
「正解!」
彼の声とほぼ同時に、入り口の扉が勢いよく開いた。
「……あら?誰かいるの?」
声と共に現れたのは保健の先生。
白髪混じりの髪をひとつ結びにしてメガネをかけた、ベテラン女性だ。
(若い女の先生が良かったって、男子からは不評らしい……)
「もしかして、結構待たせちゃったかしら?ごめんなさいね、ちょっと具合悪い生徒がいて……あら?」
ふとここでパッチリ唯と目が合う。
「あらっ!姉小路君じゃないの!」
「あちゃ〜。とうとう名前覚えられちゃったか〜」
何の事か分からずキョトンとしていると、すかさず解説が入る。
「ここ、俺のお気に入りの休憩スポットなの。たまにここ来て休んでんだ」
要はサボりスポット。
保健室でたまに授業をサボっているようだ。
「ちょっと、姉小路君!今日は体育祭でしょ、ふざけてないでさっさと戻……」
「違うんだって先生!今日は怪我人連れてきたんだから!」
二人の視線が私に集まる。
「あ、えっと……わ、私、さっき転んで捻挫しちゃって……」
「あらら、今から消毒するわね。準備するから、あなたは向こう……あの椅子に座って待ってて」
促され、部屋の奥にあった小さい丸椅子に座る。
「姉小路君!あなたはもう用事済んだでしょ!こんなところで油売ってないで、ほらさっさと戻る!」
「え〜っ、ちょっと休憩……」
「ここは保健室!あなたが寝るための場所じゃないって何回言ったら……!」
「ちぇ〜」
私を連れてくるついでにサボるつもりだったっぽい。
「え〜しょうがないなぁ……じゃあね、七崎ちゃん」
あからさまに嫌そうな顔をして、渋々といった感じで部屋を出て行った。『しょうがない』のは君の方やで……
(いつ見ても相変わらずだなぁ、唯は……)