5-1.体育祭+お姫様抱っこって、探すと意外とない
小説も漫画もアニメも、意外とありそうでないんだよな〜。
気を失って目覚めたら、今度は体育祭。
(だから、いきなり時間飛びすぎだって!)
色々と突っ込みを入れたいけど、通じる相手がいない悲しみ。
ここでぶつくさ言ってても仕方ないので、世界の流れに従い体育祭に参加する事に。
周りの雰囲気的に、私はどうやら借り物競走の選手のようだ。
しかも今まさに、その競技開始数分前で……目覚めたばっかりの私はグラウンドの上、チョークの白い線の間で身構えていた。
(ひ〜!そんな急に走れって言われても……運動なんて私、かれこれもう何年もしてないよ!)
意識戻るなり速攻で走らされるという、超スパルタ。
あの爺さんに文句の一つでも言ってやりたいくらいだ。
あれからうんともすんとも声が聞こえないけど、一体どこにいるんだか……
「……それではみなさん、準備はいいですね?」
横一列に並ぶ、私と他三人。
じゃり……とそれぞれの靴底が砂を擦る音が響く。
そしてその横で先生がピストルを構えて……
「位置について、よ〜い……」
パーン!
先生のピストルの音に合わせ、ダッシュを決め……
られなかった。
「どわあぁっ!」
すぐ目の前の小石に躓いた私は大きくよろけ、そのまま前へビターン!と突っ伏す。
咄嗟についた両手のおかげで、顔面強打だけはなんとか回避できたけど……
「っ!痛っ……!」
ここまで思いっきりやったのは、もはや何年ぶりだろう。
転んで擦りむいた時特有の、あのいや〜なジクジク感が膝を襲う。
(あだだだだだ……!)
華麗な出オチを決めた私。
それでもなんとか立ち上がろうと足に力を入れると、ぐにゃりと足首が変な方に曲がっていって……じんわりとまた痛みが追加された。
擦り傷プラス捻挫のコンボ。泣きっ面に蜂。
痛いし恥ずかしいしで、なんかもう帰りたい。
ふと周りを見回すと、一番速い子がもう借り物を持ってゴール目がけて走っていくのが見えた。
先生達はその子に夢中のようで、後ろでずっこけた奴なんてまるで見えていない。
ええっと。こう言う時、どうするんだっけ?
ていうかそもそも途中で抜けるってありだっけ、こういうの?いいん……だよね?
もう十年以上も前だから、その辺すっかり忘れちゃった。どうすんだっけな?
「七崎ちゃ〜ん!」
この声は……
「ゆ、唯……?」
「どしたの、大丈夫〜?」
相変わらずゆる〜い感じでふわふわと駆け寄ってくる、唯。
「いやぁ、それが……ちょっと足挫いちゃって……」
「あらら。それじゃ歩けないじゃん。ちょっと待ってて、手伝うから俺」
「ほんと?ありがと〜」
私のところまで来たところで、彼は立ち止まりこちらに体を寄せてきた。
(お?もしかして、肩でも貸してくれるのかな?)
その肩の方に手伸ばそうとすると……いきなりガバッと抱え上げられる。
「うわっ?!」
(えっ?!な、何……?!いきなり何?!)
そしてそのまま、耳元に口を寄せて……
「保健室行こう、ね?」
他の人には聞こえないような小声で甘く囁いた。
「……っ!」
意識するより先に高鳴り始める胸。
家と会社の往復、彼氏のかの字もない生活で……もうすっかり枯れてしまってると思い込んでたけど、まだまだ恋する心は健在のようで……顔がじわじわと熱くなっていく。
「……ちょ、ちょっと!何して……!」
「ああ、あんま暴れないで……落ちるよ?」
「な、何でお姫様抱っこなのよ!」
「え〜?いいじゃんたまには」
熱いのはそれだけのせいじゃない。
(ひぃぃ!周りの視線が刺さる刺さる……!は、恥ずかし〜!)
転んでビリになったおかげで、ほとんど誰からも注目されてなかったけど……でも、だからって誰も見てない訳じゃなくて。
ほら、あのおばさん!
誰かのお母さんなんだろうけど、こっち見てめっちゃびっくりした顔してる……!
もう!こんな目立つ事するから!
あ、ほら!今『あらやだ!あの子達……!』みたいな顔してこっち指さしてる!
(やめて〜!見ないでぇ〜!)
「あれ?もしかして……俺達、見られてる?」
聞くなっ!
みなまで言うな!知っとるわ!
もうこれ、公開処刑かなんかかな……?
「何も、こんな大勢の前でお姫様抱っこしなくても……」
「ん?みんなに知られちゃ駄目だった?」
いや、別に隠し事してる訳じゃないけどさ。
だけど……だけどだよ?あのね君、TPOをだね……
「ねぇ……これ、やってて恥ずかしくない?」
「ううん、全然」
おおぅ、強い……
「むしろ……大事な『お姫様』に変な虫がつかないようにしとかないとね〜」
うん?
ん?んんん?この態度、もしかして……分かっててやってるな……?!
(か、確信犯……!確信犯だこれ……!)
なんてこった。
しかも、変な虫ってつまりあれでしょ?他の人を牽制してるとかそういうやつでしょ?
薄い本で読んだことあるよ、そんなシチュ。
(むむむ。という事は、だ……何も考えてないように見せかけて、結構知能犯だな……?)
「ね?『お姫様』?」
「ち、違う!私そんなんじゃないから!」
「あれ?もしかして照れてる?」
「違うから!絶対違う!」
『お姫様』呼ばわりされるたびにドキドキしてるのは、彼には秘密。