1.おいでませ、乙ゲー世界!
私は七崎 静音。
特に変わった何かがある訳でもなく、いたって普通の三十路OLだった。
そう。『だった』。
以前の私はそうだった。
しかし……ある時ふと目が覚めると、私は乙女ゲーム『きらめきメモリーズ』の中にいたのだった。
で……しかも、しかもよ?
私はそのゲームの主人公で……なんと、高校二年生。
ピッチピチのティーンエイジャーだ。
もうぱっと見ではっきりと分かるくらい、ビフォーアフター何もかも違う。
お肌はスベスベ、髪はツヤッツヤ。
指サックなくても紙は捲れるし、ずっと同じ姿勢してても肩は凝らない。
あれほど酷かった腰痛だって……まだこの世界に来て一度もやってない。
若さって素晴らしい……!
なんでこうなったかって?
さあ?
なんだか知らないけど、気づいたらここにいたもんだから……その辺はさっぱり。
よくある異世界転生ものかな?第二の人生の始まりかな?とか思ったけど、トラックに轢かれたりとか事故に巻き込まれたりした記憶なんて全然ないし……多分私、まだ死んでないんだよなぁ。
つまり、ただ移動しただけ……いわゆる異世界転移ってやつ。多分そう。
誰の説明も無いし、何もかも分かんない事だらけだけど……私とこの世界との関係性には、ほんのちょっとだけ思い当たる節があった。
実は……友達の一人が推しを布教したいとか言い出したもんだから、急遽みんなで集まる事になって。
この世界に来る前の晩、久しぶりに高校からの友達二人と飲んだのだ。
二人とももれなくオタク。もちろん私も普通にオタク。
それも、なかなか昔からのオタクで……
全盛期、高校時代なんて……恋愛?彼氏?何それ美味しいの?って勢いで、気力体力持てるパワー全てを二次創作に注ぎ込んでいたってくらい。
推しの萌えを絵にしては、自分のサイトを作ってそこにアップしてみたり。
勇気振り絞ってコピー本出してみて、売れなさすぎて死にたくなったり。
でも、同時に他の人のめっちゃ良い本入手してやっぱ生きる!ってなったり。
そして、そこで得た活力でまた絵を描き始める……と、もはや無限ループだった。
(『あなたは✴︎✴︎✴︎人目の訪問者です』『キリ番』『web拍手』『無駄に動いたり点滅する文字』『謎のBGM』……うっ、頭が……!)
そんなオタクの黒歴史の話はさておき。
それで、その布教したい推しというのが……まさにこのゲーム、『きらメモ』の攻略キャラだった。
今から十うん年前、ちょうど私達が高校生くらいの時に流行ってたゲームで……実家の押し入れ整理してたら偶然出てきて、久しぶりにやってみたら再燃してしまったんだとか。
それでそのパッション(?)をみんなにも伝えたいと、居酒屋でグラス片手に熱く語っていたのだった……
以下、回想。
気合い入りまくりの演説者一人と、聞かされてる二人(うち一人は私)の会話だ。
「さぁ!耳かっぽじってよ〜くお聞き!」
「わぁ。もう早速酔ってんな〜」
「回ってんな〜」
「歳取っていく自分、しかし推しキャラは歳を取らない……つまり、推しとの年齢差は年々開いていく一方……!」
「ゔっ……!」
「ちょ、ちょっと!ストップ!まだうちら飲み始めだから!まだ素面だから!開始早々痛い話やめて!」
「まあまあ、落ち着いて聞きたまえ……」
「誰だその口調」
「しっ!静音、そこ突っ込んじゃ駄目!」
「我々が歳を取るのはデメリットばかりじゃない。むしろ、十代の彼らのフレッシュな魅力を一番感じられるようになるのは、だいぶ年上になってしまった今からこそが本番なのだ……!」
「お、おう……随分気合い入ってんな……」
「でも、それにしては離れすぎてない?十代なんつったら……一回り以上下よ?」
「そう。本来なら犯罪的な年齢差により、これではただのキモいオバハンになってしまう。でも、それはあくまで現実の人間相手の話……」
「ほう?つまり?」
「『二次元なら大丈夫!』みたいなやつ?」
「ご名答!そう、二次元!二次元ならそんな年下になってしまった推しでも、普通に愛でる事ができる!誰からもお咎めなしで、彼らと青春を過ごす事ができるのだ……!」
「どのみちキモい人なのは変わんないじゃん」
「それな」
おまたせしました〜!と威勢のいい声と共に、頼んでおいたツマミがどんどん運び込まれてくる。
小さめのテーブルだったのもあって、目の前はあっという間に皿でいっぱいになった。
ここでぐだぐだトークにちょっと一息。
一杯目のグラスの最後の一口をぐいっと飲み干す三人。
「「「ぷはぁ〜〜っ」」」
次の一杯はもうすでに頼んであるから、ご心配なく(?)。
そして、しばらく塩分を摂取した後……また演説再開。
「ここからが本題!はいはい!ご注目!」
「待って、前歯に玉ねぎ挟まったんだけど」
「汚ねぇな」
「シャラップ!いいから見て!ってか、見ろお前ら!」
「あっ取れた」
「よかったね」
「はい、この子!はい見て!私の最推し!」
そう言って、彼女はスマホ画面をぐいっと目の前に突き出してきた。
見せてもらった推しの画像。
昔のゲームで、しかも携帯機だからか画質はだいぶ荒いけど……まぁ、普通にイケメン。
絵柄もちょっと古めだけど、でもそこは逆に好みかも。個人的には。
「え、誰……(思い出し中)……あ、あ〜っ!いたいた!」
「うわ、懐かし〜!」
「でしょ?!覚えてるっしょ、二人とも!」
懐かしの画像にテンションが上がっていくオタク達。
「顔からしてもろ好きそうなタイプだもんね、こういうの」
「いかにもツンデレって感じだもんなぁ」
彼女は昔からつり目のツンツン系が好きだったから、画像の彼がなんとなくハマりそうな顔なのは見てすぐピンと来た。
「分かる?!基本そっけないけど……段々とデレてきて向こうから寄ってくるっていうこの、じわじわっとした良さ……!分かる?!」
スマホを突き出したまま、止まらない推しトーク。
「自分からすり寄るなんてらしくないし恥ずかしい、けど好きだから近づきたい……平静を装いつつも揺れる心!」
「いかにもな感じの超テンプレなツンデレで……もう、もはやテンプレすぎて先の展開が読めちゃうくらいだけど!そうなんだけど……!」
「それを遥かに凌駕する、彼のリアクション!セリフも表情も完璧オブ完璧!パーフェクト!キレてんの?ってくらい不機嫌な顔からの、ぎこちない頬染め!あの、なんともこそばゆい感じ!まじ尊い……!まじ尊み秀吉!」
ここまで一息。噛まずに言えたのすごい。
「あ〜。ツンデレって言葉が流行り出した頃の、あの癖が強い感じな」
「それな(2回目)」
「さらに長い年月を経た今、プレイヤーの我々が年上という要素が加わる事によって……!年下となった彼にさらに『生意気』属性が追加される!生意気ツンデレ爆誕だよ!」
「ほう?というと?」
「詳しく」
「何しても何言っても、こっちからしたら一生懸命意地張って背伸びしてるのがバレバレなんだよ!可愛すぎん?!同年代の頃じゃ見えなかったまた違った角度からの姿……!このやばさ……!分かる?!」
「「ちょっと分かる」」
「だろ?!でも、それだけじゃない……!」
「おお」
「まじか」
「さらにさらに!なんといっても……顔が良い!」
「身も蓋もねぇ」
「今までの話の流れは一体……」
「もっと言うと……声が良い!」
「えっ、声優さん誰?」
「誰がいたっけあの頃……」
「なんと……〇〇さん!」
「は?!あのクソゲーで?!」
「声優の無駄遣い……ってか、何してんすか〇〇さん」
「ほんと!しかもあと他にも××さんとか、◇◇とか!やばない?!」
「えっ、なにその布陣」
「豪華すぎる……」
「そんでもって、モブ生徒が⭐︎⭐︎!」
「モブで使うな!」
「うわ、もったいなっ!」
……とかなんとか。
ほぼほぼしょうもない話ばっかりだったけど。
まぁそんな彼女の熱心な布教のおかげで、このゲーム世界の事はあらかじめ頭に刷り込ま……インプットされていた。
だから、この世界に来てすぐにその乙女ゲームの中だって分かって、そんなに混乱しなくて済んだ。
まさに持つべきものは友、だ。
えっ?なんか違う?
で、うっかり飲みすぎてそのうち記憶が飛んで……気づいたらここにいた、と。
(意識失ってからは全然覚えてないんだけど……そうやって話題に出てた訳だし、この世界に来た理由と関係なくはないと思うんだよなぁ)
なんかきな臭い感じはするけど……とはいえ、悩んでても何も出ないので今は何も考えず放っておいてる。
そのうちなんか分かるかもしれないし。
それで、このゲームはというと。
毎日学校生活を過ごしていき、卒業式の日に攻略対象キャラの誰か一人から告白されるのが目的だ。
学校で何か攻略キャラとのちょっとした会話イベントが起きたり、休日にデートに誘って攻略対象とスキンシップしたり。
あと主人公は週に数回本屋さんでバイトしてるから、そこでもたまにイベントが起きたり。
そうやって毎日過ごしていって、キャラの誰か一人の好感度を一定値以上まで上げ、告白してもらうのが最終目的。
なんか、これだけ見ると簡単そうじゃん?
パラメーター上げとかミニゲームとか一切なくて、イージーモードって感じじゃん?
ところがどっこい。
そう簡単にはいかないのが、『きらメモ』なのだ。
このゲームには凶悪な仕様がついている……『時間経過で自動的にキャラ全員の好感度が溜まっていく』っていう、超ありがた迷惑なシステムが。
ちなみに、さっきポロッとクソゲーって単語が出てきたのもそのひどい仕様のせいなのだ。
本当は、初心者向けに誰でも簡単に告白エンドを迎えられるようにと、作られたシステムらしいけど……これが逆に、プレイヤーにとってはめちゃくちゃ邪魔で邪魔で。
極端な例だと、ほとんど会った事ないはずのキャラがある日突然顔を赤らめて「好きだ!」とか告白してきたりする。
あまりの豹変っぷりに、どうした?!どっか頭でもぶつけた?!って心配になるレベル。
そんな風に攻略対象と会わなくても、知らないうちに勝手に仲良くなってしまうっていう……現実的に考えるとちょっとホラーな仕様なのだ。
しかも、どう動いてもどう会話しても……好感度は上がる一方で、下げられるような機能は一切ないっていう残念過ぎるシステム。
……なもんだから、狙っていた人以外もあっさり好感度カンストしてしまう。
むしろカンストさせないほうが難しいってくらい。
そうしてギスギスし出したキャラ達の不穏な空気にひたすら耐えながら、そのうち一人だけを選ぶ……という、心臓にモリモリと剛毛の生えたメンタルの強靭な人のみクリアできるゲームなのだ。
それって商品としてどうなの、とか突っ込んじゃいけない。
これでも当時はそこそこ流行ってたから……
むしろ何年もたった今でもまだ『修羅場ゲー』なんてネタにされて愛されてたりもする、素晴らしい(?)クソゲーだ。
だから、この世界に来てしまった以上、私にももれなくそんな修羅場が待っているのであった……