33-2.その差、一回り以上
「あの……早速なんですが、一つ聞いてもいいですか……?」
「いいけど……」
「約束、覚えてますか?」
あれか。大人になったら……ってやつ。
つまり……
「や、約束って……つまりあれよね、あの……あれ……」
すぐに分かったけど、口に出すのが恥ずかしくてモニョモニョ。
「あれ、って?」
「ええっと……ごめん、意識がふわふわしてたからあんまり覚えてなくて……」
これは嘘。ほんとはめっちゃ覚えてる。
でも、恥ずかしくて言えなくて……咄嗟に嘘をついてしまった。
「忘れちゃいました?」
「あ〜、うん……ごめん」
「……いえ、大丈夫です。最初から、もう一度こうやって大人の姿に戻った時に、再度ちゃんとお伝えするつもりでしたから」
そう言って彼はベッド脇の椅子を引き、背筋を伸ばして座った。
(ちゃんと?な、何をどうするって……?)
なんだかかしこまった雰囲気に私まで緊張してきて、ベッドの上でなぜか正座してしまった。
空気がキーンと引き締まったおかげで、顔の熱が引いたのは助かったけど。
「あの……」
「……」
「し……静音さんっ!」
「ひゃいっ!」
うわ、変な声出た。
私の名前を呼ぶ彼の勢いが強すぎて、怯んでしまって。
「その……!ぼ、僕と……結婚前提で付き合ってくれませんかっ!」
わお。
「え、ええっと……」
正直、まだこの大人の状態で出会って数分しか経ってないから……なんとも言えない。
好きかと聞かれたら、まだ正直よく分からない。
だけど、断る理由もなく。
なんとな〜くまぁまぁ好みのタイプかもなぁ……なんて内心ぼんやり思ってたくらいだし。
「え、あ……ええと……」
「そう言われたって……悩んじゃいますよね。まだまだお互いの事よく知らないのに」
(うぐっ!)
心を読まれたかのような一言。まさに図星だった。
「いいんです……いいんです、それで。そこは、これからだから……」
「これからって……?」
「それは……」
彼の真剣な顔に思わず頬がまた熱を帯びていく。
「これから……僕、頑張りますから」
「頑、張る……?」
「今から、絶対に……あなたを落としてみせますから」
(ひゃっ……!)
そんな事言われてときめかない女なんている?
きっと……いや、絶対いない。
落としてみせますってこれからやるみたいに言っておきながら、割ともうすでに落としにかかってきている。とんだフライングだ。
キュンと一際大きく心臓が跳ねて、のぼせていく頭。
心の奥が嬉しいやら恥ずかしいやらでなんだかムズムズする。
「あっ、そうそう。苗字じゃなくて『龍樹』って呼んでもらえませんか?」
「えっ」
えっ、誰?って言いそうになってしまった。
そうだったそうだった、さっき言ったじゃん私。
分かっちゃいるけど……いざ言われると、まだやっぱり誰?ってなっちゃう。
可愛い感じの苗字に比べて、結構渋めのお名前なのよね。
「駄目……ですか?」
相変わらずの控えめな視線。
だけど、その目はしっかりと私を捉えて離さない。
「えっ、あ……い、いい、けど……」
「よし。じゃあ次はLIME交換しましょうか。あっもちろん、ゲーム内のじゃなくて現実の方の、ですよ?」
「あ、うん……」
「それと……ああそうだ、電話番号も交換して……あと、あれも……」
あれ?あれあれあれ?
完全に彼のペースだなこれ?
なんか押せ押せだな?ゲーム内の時よりさらに強気だな?
(ほ、ほんとに君……ちよちゃんだよね……?)
「えっ、えっと……」
勢いに押され狼狽える私に、トドメの一撃。
「あっ、念のため言っておきますけど……僕、本気ですからね」
「……っ!」
「覚悟してくださいよ?」
覚悟って何やねん!なんて突っ込む余裕なんてなく。
「はい……」
俯いて小さく一言返事をするだけで精一杯だった。
(もう、もう……!わ〜っ!わ〜っ!)
頭の処理が追いつかなくて、脳内ですら奇声しか出ない。
何がわ〜っ!なのかなんて、突っ込んじゃいけない。
とにかくわ〜っ!としか言いようがなかった。
顔がどんどん赤くなっていき……どうにもいられなくなって、半分パニックになりながら彼の胸に飛び込む。
もう、訳が分からない。
(わ〜っ!わ〜っ!)
でもそんな私を、彼は優しく抱きしめてくれた。
暖かくて柔らかい、彼の腕の中。
全身がふわふわとした優しさに包み込まれていく。
「あ!」
「うわっ!」
いきなり勢いよく顔を上げた私に、彼はビクッと小さく震えた。
もちろん、恐怖のビクッとは違う方のだ。
「び、びっくりしたぁ……どうしました?」
「ねね、身長今いくつ?」
「へっ?」
(おお……)
初めて見た、彼のキョトン顔大人バージョン。
これはこれで、なかなか……
(って、見惚れてる場合じゃなかった)
いきなり変な話題振るもんだから困っちゃってる。
「ごめん、いきなり。なんか違和感すごくて、気になっちゃって」
「……?違和感、ですか?ああ、いきなり大人になったから……」
「うん、それもあると思う。けど、それにしたって……なんかすごい背高くない?なんか変じゃない?」
前はこんな身長差なかったから。
なんか急に顔が遠くなったなって思って。
「変、ですかね……?」
「いや、変じゃないけど……でも、違和感というか……」
私の中のちよちゃんは可愛い後輩キャラであって……
ちっちゃくてちょっと華奢で……みたいな感じの……
(う〜ん、やっぱり違和感……)
「え、僕の身長……ですか?180くらいですけど……」
「え」
でっか。
いいな、羨ましいなぁ。
高校で成長が止まったっきりの私は、ちょうどほぼあのゲームの主人公と同じ身長。
ちなみに155センチ。
(あれ?)
って事は……?
つまり……ええっと……引き算するとその差、25。
……って。
に、にに、25センチぃ……?!
(わ〜お、だいたい頭一個分……!)
これはこれで一回り以上……そりゃ、顔がはるか上に見える訳だ……
元の世界に戻って……『一回り以上』あった年の差は、もうほとんど無くなった。
でもその代わりに、今度は私より『一回り以上』大きくなってしまったのだった……彼の背丈が。
「そう来たか〜今度は……」
「えっ何が?」
「ううん、なんでもない」
「……?」
前回は歳の差、今度は身長差。
運命は、どうしたって私達に一回り以上の差を与えたいらしい。
(まぁ……でもいっか)
歳の差は厳しいけど……身長差なら。
勝手に聞いて勝手に納得した私に対して、彼は不思議そうな顔のまま。
「静音さん、一体どうし……うわっ!」
説明不要と言わんばかりに、私はその胸にまた思いっきり飛び込んだ。