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その差、一回り以上  作者: あさぎ
泣いても怒っても最後
185/188

33-1.目覚めたらそこは



 真っ暗な視界に突然、細くて眩しい線が一本現れた。


(……?)


 その線は段々と太くなっていって、やがて……パチパチとスイッチで切り替えるかのように、どこかの景色と暗闇を交互に映し始めて……




「ん……んんん……」

「あ……起きました?」


 聞き覚えのある声。


 記憶のものより嬉しそうで明るいトーンだけど、喋り方はほとんどそのまんまだった。


(この声……まさか、ちよちゃん?)


「よかった。先輩、目覚めなかったらどうしようって思って……」




 ハッと目を開けると、そこは知らない人の部屋。


「ちよちゃ……えっ?」


 なぜか私はベッドの上で横になっていた。


(えっ……ここ、どこ……?)


 壁の本棚にぎっしり詰め込まれた漫画本、机の上のディスプレイと何かのコントローラー、デカくてゴツいゲーミングチェアに、壁のハンガーに掛けられた大きな男物の服……


 なんだか見た事がない景色だ。


(漫画とかゲームが好きな男の人の部屋って感じだけど……)


 まさか、ちよちゃんの部屋?

 いや、なんか高校生の部屋っぽくない……何が違うってはっきり言えないけど……なんか、違う。


 多分そうじゃなくって、ここは大人の男性の部屋。

 感覚的になんとなくそう思う。




「七崎さん。僕です、僕……分かりますか?」


 そう言いながら、端正な顔立ちが私を覗き込んでいる。

 ちよちゃんによく似た声の、成人男性。


(うわ……!)


 正直、実は内心めっちゃドキドキしてる。


 だって急に見知らぬイケメン出てくるんだもん。

 しかも、顔覗き込んでるとか……こんなのドキドキしないなんて無理。


 だけど、それを悟られないようにあくまで真顔をキープ。

 今自分が置かれてる状況すら分かんない状態で、恋愛モードなんてやってる場合じゃない。

 今は状況把握が先だ。


(って、顔……!あっつ……!)


 今の私、多分ほんのり赤い顔になってる。

 いや、ほんのりどころじゃないかも。真っ赤かも。


 でも、それはもうもはやどうしようもなかった。

 態度だけでも落ち着いているフリをするだけで精一杯、顔がどうかなんてところまで気が回らない。




「えっと……あなたは……?もしかして、ちよちゃ……」


 おっと危ない。


「じゃない、ああ、ええと……龍樹君のお兄さん?」


 下の名前が出なくてちょっと悩んでしまった。

 声に出した事なかったしな。


「……いえ。僕です」

「へ?」

「あの……僕がその、『千世 龍樹』です」


 え?


 意味分からなさ過ぎて、大量のえ?が頭の中に溢れかえっている。


 え?なんで?

 え?ちよちゃん?この人が?

 え?どうして?

 え?元の世界だよねこれ?

 え?なんで?

 え?ほんとにちよちゃん?


(え?え?え?)


 でも声のトーンや喋り方、下がり気味でどこか自信なさげな眉毛は、彼そのもので。


(でも……こんなだったっけ?)


 こんなに背、高かったっけ?

 こんなに顔大人っぽかったっけ?

 こんなに落ち着いてたっけ?


 こんなに……


(あっ、そうやって彼の事観察してたらまた……!)


 やばい!うっかり変に意識しちゃって、顔がさらに熱く……!


(落ち着け落ち着け!これ以上赤くなるな私!)


 落ち着け落ち着……あ、無理。


 駄目だ、今ので余計赤くなった。

 無理だわ。死んだわ今ので。もうこれ隠せてないわ。


「え、えっと?ほ……ほんとに……千世君なの?」

「そう、なんです……」

「え?え?ほんとに?え?」

「信じられないですよね、やっぱり。根拠も何もない訳ですし……」


 そう言いながら、力なく笑う彼。


 私の顔が赤いのは気にしてないのか、気づいてるけど触れないようにしてるのか。

 いや、それは今考えないことにする。考えるともっと赤くなって収集つかなくなっちゃうから。




(しかし、だ……)


 話を戻そう。


 目の前の彼がちよちゃんだって……まじか。

 う〜ん。そう言われてみれば……確かにちよちゃんっぽいっちゃ、ぽいんだけど……


(あまりに……顔が良すぎる……!)


 いざって時にキリッとなったりなんかしたら、もれなく私が死ぬであろう太めの下がり眉に……

 一重で垂れ目でまつ毛長くて泣きぼくろついてるっていう、これでもかってくらい私の性癖ど真ん中ハッピーセット……

 それをこうもまとめてぶつけてくるなんて……やめてください死んでしまいます。


(わ〜っ!正気に戻れ!戻れ私!)


 さっきからず〜っと性癖スイッチ押され過ぎて、頭おかしくなりそう。

 っていうかなってる。助けて。


 意味分からんくらいのどタイプが普通にいて、まじ意味分からん。

 意味が分からないからこうして混乱してるんだけど……今まさに目の前にその元凶が平然といらっしゃる訳で。

 ほんとに意味分からん。




 んで?

 しかも、なんだって?彼、なんつった?


 ここに来て、やっとちょっとだけ頭回るようになってきたよ私。


(この人があの、ちよちゃん?うそでしょ……?)


 いや、いやいやいや。ないないない。


 だって、目の前にいるのは爽やかな好青年。

 ちゃんと目を合わせられる程度に前髪は短く、ビジネスマンって感じのさっぱりとしたショートヘアで……彼の特徴だったあのもっさり前髪じゃない。

 もはや全くの別人。


 もし本当に彼だとしたら……あの高校生の可愛い童顔からの、超進化。

 芋虫から蝶どころか、もはや別種の生き物になってる。


 すごくちよちゃんそっくりなんだけど、全然違う。

 でも、これが……ちよちゃん本人だって……言ってて……


(え?え?え?え?)




 ひたすら混乱する私を……彼は控えめに、でもじっと私を見ている。


 恥ずかしいからほんとは今すぐやめてほしいんだけど、言えず……

 でも多分今、またさらに赤くなってる……助けて。


「……」

「……」


 見つめ返すと、目線をフッと外し……それに合わせて私も視線を逸らすと、またじっと見つめてくる。


 視線を合わせられないあたり、やっぱりそこはちよちゃんだった。


「……」

「……」


 でも、ビジュアルは同い年くらいの成人男性。

 ますます訳が分からない。


「……」

「……」


 どうにも落ち着かず、部屋の中をキョロキョロ見回すと……ふと鏡に映った自分の姿が目に入った。


(うわ、戻ってる?!しかもすっぴん?!)


 三十路のお姉さ……おばさんの姿だ。

 あの若々しいお肌はどこへやら……年相応の姿に完全に戻ってしまった。


 しばらく高校生としての顔に見慣れてたせいか、今の自分がより血色悪く見える。


(うげっ!ゾンビじゃん!)


 ちゃんと元の世界に戻って来れたっていうのは、これではっきり分かった。


(嬉しくない判明の仕方……)


 でも……せめて自分の部屋に帰らせてほしかったなぁ、なんて。

 こうなるならせめて、それなりの化粧はさせてほしかったな……




(……あれ?でも待てよ、という事は……)


 そもそも私、あの世界に転移するなり高校生にさせられてしまった訳じゃん?

 30才から17〜18才になってしまった、と。


 じゃあ……もし、ちよちゃんもそうだったんだとしたら……?


 ちよちゃんも、私と同じでよそからあの世界に来た人間……だから、私と同じように『あの世界では十代にさせられていた』んだとしたら?


 彼にも『本来の年齢』があるんだとしたら?

 この世界に戻ってきて、その本来の年齢に戻れたんだとしたら?


(それなら、目の前のちよちゃんが大人の状態なのも辻褄が合う……!)


「そっかぁ!」

「……っ!」


 思わず手を叩いてしまい、彼の肩が大きくビクッと跳ねた。


(あ、この感じ……初めて会った時の……)


「ああ、いきなりごめん。その……やっと理解できてさ」

「えっ、何をですか?」

「ええ。年齢の事なんだけどね」

「年齢……」

「おいくつ?」

「えっ、僕ですか?に、29です」

「ほらやっぱり!」


 ビクゥッ!


 二回目。今度は私の大声で。

 そういや彼、大きい音苦手なんだった。


「という事は、よ。今、目の前にいるあなたは……」


 彼は静かにコクンと頷いた。


「あなたはこの世界の千世君、つまり……」

「……静音さんっ!」


 言い終わるより先に、溢れんばかりの笑顔が近づいてきた……と思ったら、次の瞬間視界が真っ暗に。


「うわぶっ!」


 またこうやって会えた喜びか、あるいは本人だと分かってもらえた嬉しさか……どうやら待ちきれなかったらしい。


(……)


 ふわっと柔軟剤の良い香りがする。

 香水じゃないあたり、いかにも彼らしい。


 息苦しくて身じろぐも、背中に回された手にガッシリ固定され顔は胸板に押し付けられて、ほとんど動けてなかった。


「……く、苦し……!」


 必死に彼の背中を両手でバシバシ叩き格闘する事数秒。

 あ、と小さく漏れた声と共に腕が緩んでいき、ようやく解放された。


「っぷはぁっ!」

「あ……ご、ごめん、なさい……」

「し、死ぬかと思った……!」

「ごめんなさい……嬉しくて、つい……」


 嬉しくて。


(……っ!)


 ドキッと跳ねる心臓。

 自分が素直な好意に弱いのは、もう散々やったからよく分かってた……分かってたけど!


(面と向かって言われちゃうと、ほんと無理……!)


 あの時よりビジュアルが進化してる状態でそれは……オーバーキルだ。


「ちょっと!手加減してよ、も〜!」


 多分今、顔真っ赤。

 それでも言葉だけはと平静を装い、精一杯の強がりを吐き出す。


 ふと彼の方を見ると、穏やかな微笑みがそこにあって。

 余計に顔が熱くなっていく。



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