32-5.さようならゲーム世界
「……い……お〜い……!」
どこかから声が聞こえる。
「あ……!」「この声……!」
二人とも、すぐに誰だか分かった。
(爺さん……!)
「「……」」
ちよちゃんと顔を見合わせる。
不意打ちだったけど、気持ちはとても落ち着いていた。
ある程度分かってたから?
「お〜い!聞こえるか〜?」
「聞こえるよ〜!」
「すまんのぅ、最後まで声だけで。ワシ、転移魔法の儀式するのにここから離れられなくてのぅ」
「え〜?別にいいよ会わなくても」
「ガーン!ワシ、悲しい……!」
いや、だって……
美少年とか美少女が見送りに来てくれるなら考えるけど、爺さんだしなぁ。
「それより、なんかする事ある?」
「そうじゃな、そこでしばらく立っておるのじゃ。じきに魔法が発動する」
「『じきに』ってどれくらい?」
「5分……くらいかのぅ?」
「少し歩いていい?」
「む?なぜじゃ?」
「だ、だってここじゃあ……」
公園の木陰……鬱蒼とした暗闇の中に隠れるように立つ謎の男女二人……
これじゃあもはや……
何か人目を避けたいような妖しい関係か、それとも白い粉とかそういう危険な取引か……そういった雰囲気だ。
誰がどう見ても超怪しい。通報されちゃう。
「そういう事か。だが、それなら安心しなさい……今の君達は透明人間じゃ」
「えっ?」
「ワシの魔法が効いているおかげでな、姿が透明になっておる」
「え、まじ?」
「まじ」
「じゃあ……他の人達からは……」
「今の君達はこの世界の人間には見えていない……ここにいる事すら認識されていないのじゃ」
「えっ、すごい!そんな力使えるんだ、神様みたい!」
「ワシ、神様な?」
そうだっけ。
そうこうしてるうちに、足元にちょっと風を感じるようになった。
扇風機の一番弱い風みたいなのが、地面からチョロチョロ吹いてきてる。
「あ?これがその魔法?」
「そうじゃ!」
一切姿は見えてないのにはっきりと見える……ドヤ顔が。
「え、こんだけ?」
「なにがじゃ?」
「もっとこう……ないの?魔法陣とか」
「んなもの、ない」
え〜、しょっぱ。魔法って言うからちょっと期待してたのにな。
もっとこうさ、足元に文字が書かれたかっこいい魔法陣がブォン!って出てきて、キラキラしたエフェクトかかって……そのままふわ〜って霧散して消えるみたいな。
そういうファンタジー的なキラキラ感を期待してたのに……謎の風だけって。
ただ透明人間になって消えるだけって。
(あっ)
ちょっと風強くなってきたかも。
といっても全然嵐とかじゃなくて、相変わらず扇風機レベルだけど。
「おほんっ!よし、そろそろ転移が始まる……もう思い残す事はないな?」
「うん!」「は、はい……!」
「次に君達が目を開ける時には、向こうの世界じゃ……」
「これで、やっと帰れる……」
「神様に、先輩……僕の我儘に付き合わせてしまってすみませんでした。本当に、ありがとうございました」
「ほっほ!なぁに、謝る事はない……むしろこっちこそ良い物見せてもらったわい」
「私も、色々あったけど楽しかったよ!」
ああ、楽しかったな。
なんだかんだあったけど、バタバタしてて賑やかで……充実してた。
あの四人とはもう二度と会えないんだ。
いや、会えるには会えるけど……それはゲームのキャラとしてであって……生身の人間としてはもう会えない。
(それはちょっと……寂しいな)
目頭が熱くなっていく。
これで最後、本当のお別れ……
「む?どうした七崎?」
「……私?」
「ふむ……一旦気持ちを落ち着けてからにするか」
「え?なんで?」
「なんでも何も……そんな状態じゃ、戻れんじゃろ」
そんな状態……?
(わっ)
スススーッと自分の目から水が垂れていく。
(あれ?)
泣きそうなくらいの気持ちではあったけど、本当に泣いてるとは全然思ってなくて。
でも、今この瞬間にも次々と雫が頬を流れ落ちていく。
(あれ、私……そんなに?)
泣くつもりなんてないんだけど……あれ?あれあれ?
おかしいな、全然こんなつもりじゃなかったのに。
「せ、先輩……」
ああ、ちよちゃんまで目がちょっとうるうる……ごめんね、うつして。
「ううん……平気だよ、平気。さっ、帰ろ?」
泣きながらだから説得力ゼロだけど、言ってる事は本当。
「心配しないで、ね?」
「先輩……」
でも、本当の事なんだけど……やっぱり彼には心配でしかないようで。
今から別れだっていうのに、こんな不安な顔させるなんて……
「先輩」
「……」
「でももう、大丈夫です。向こうの世界に帰るんですから」
彼の不安そうな顔は一変して笑顔になった。
「え……?」
私を落ち着かせようとして、無理に笑ってるだけかもしれないけど……穏やかなその表情からは無理矢理感はあまり感じ取れなかった。
「帰ったら……もう大丈夫ですから。もう、そうやって一人で悲しむ事はなくなる……」
あ〜、そういう事?
戻ればみんながいるから大丈夫って?
「あはは、そうだよね。戻ったら友達とかいるもんね」
「え、ええ……まぁ……そう、ですね」
あれ?微妙な反応。
何か含みのある言い方のようにも聞こえたけど……元々こういう話し方だしな。
(う〜ん?気にし過ぎ?)
「……大丈夫そうかのぅ?」
(あっ!)
そうだったそうだった。爺さん待たせてんだった。
「うん!待たせてごめんね、気持ち落ち着いた!さ、帰ろう!」
急になんだか足元がポカポカと暖かくなってきた。
これも魔法?
「ふむ。では、二人とも……向こうでも元気でな」
「じゃあね〜」「お世話になりました、ありがとうございました」
「それでは……目を閉じよ。そのまま力を抜いて身を委ねるのじゃ……」
「……あの、静音さん」
「ん?」
「向こうの世界に戻っても……また、今みたいに……仲良くしてもらえますか?」
「向こうの、世界……」
もちろん、また会えたらそうしたいけど……
そもそも会えるかどうか分かんないんじゃ……だって、元々彼がどこの人か知らないし。
(いや、今のはそういう話じゃないか)
「うん、もちろん。もし会えたらね」
お互いふふっと微笑み合い、目を閉じる。
「「……」」
彼ともここで、永遠の別れ……か。
なんだか寂しいな。
(さようなら、ちよちゃん)
そうして、やがて意識がふわふわと遠のいていって……