32-4.本当にここにいた証を
後ろ髪引かれながらも足を無理矢理進め……
公園のベンチに腰掛けて一息。
あれほど賑やかだったのが一変、周囲はすっかり静かな世界になった。
(ふぅ……)
みんなモブキャラだし、ほとんど接点なかったとはいえ……やっぱり別れはなんとなくつらい。
卒業式の雰囲気に呑まれてるだけと言われればそうなんだけど、寂しい気持ちがどうにも溢れて仕方ない。
(泣いてる子、結構いたな……)
みんなからしたら、私も泣いてた訳だし同じように見えてたんだろうけど……本当は私だけ意味が違って。
私だけ、永遠の別れ。
彼らはまたこの先どこかで会うことがあるかもしれないけど……私は無い。永遠に。
(これで、終わっちゃうんだ……)
また涙が出てきそうで、視界がうるうる揺れている。
いや、いいんだ。いいんだよ、これで。
そもそも別世界にいた人間が、あるべき場所に戻る……ただそれだけなんだから。
ただ、元に戻るだけなんだから……私の場合は。
(そう、別れとかじゃないから……泣く必要なんて、無いから……)
気持ちを落ち着けるためにも、そう思い込むことにした。
ところで、だ。
なぜ公園に来たのか……それは私にも分からない。
とりあえずみんなと別れたからと学校から歩きだし、足の向くまま適当に進んでいったらここに来ていた。
でも、なんとなくここが『最後の場所』だって気はしてる。
本来のシナリオも確かここで攻略対象と少し会話シーンがあって、その後エンディングになるはずだったはずだから。
多分ここにいればそのうち帰れる……はず。
「……あ、もう来てたんですね」
少し遅れて、彼がやってきた。
(って事は、やっぱり……)
なんとなくが確信に変わる。
「ううん、私もさっき来たところ」
文章だと長いけど、これでも座ってからほとんど経っていない。
「「……」」
恋人同士となった二人で、二人きり……
といってももう……
(もう、それも終わるんだけどね……)
「なんか……色々あったね」
「そうですね」
終わっちゃうんだよな……この、出来たてホヤホヤの関係も。
「あの……先輩」
「ん?」
「その……今までありがとうございました。本当に助かりました」
「どういたしまして。こちらこそ思い出をありがとう」
なんだいなんだい?急にかしこまって。
「それで、なんですけど……」
「え?」
「そ、その……」
急にソワソワし出すちよちゃん。
「あ、あの……」
「……」
「その……さ、最後に……」
「最後に?」
「キ……キス、してもいいですか……?」
え……?!
「き、キス……?!」
いいけど駄目だって!いや、よくない!駄目だって!
でも……いや、よくない!
よくないけど駄目だって!いいけど!……あれ?
お、おおお、落ち着け……!落ち着け私……!
(って、落ち着けるかこんなの!)
「あ……ええと、無理には……」
目の前には、相変わらず気の弱そうなハの字眉の可愛い顔。
これが最後なんだし、極力なんでも応じてあげたいけど……
でも、それとこれとは別であって……
もちろん、そもそも元の年齢が……っていうのもあるけど。
でもそれよりもっと引っかかってるのが……まだ好きになりきれてない自分がいるって事。
初めましてじゃないとはいえ、時間は飛び飛びだったし、まだ全然関係性が築けてない訳で。
まだまだお互い知らないことばかりで、どこか様子見というかなんとなく落ち着かない感じで。
だから、なんかまだ『そういう段階』じゃない気がする……
「あ、あ……えっと……」
「……」
「ええと……やっぱり、その……ごめん……」
「そ……そうです、よね……ごめんなさい、変な事言って」
ああ……さらにしょげてく……
(ううう……罪悪感……)
「で、でも……ハグくらいなら……」
居た堪れなさのあまり、考えるより先に口が勝手に代替案を出していた。
(ええええええええ?!)
自分の発言なのに、多分私が一番びっくりしてる。
いやいやいや、私そんな事考えてないよ?!どうした私の口?!
なんか勝手に口から出て来たけど……なんで?!
いや、ほんとに!微塵もそんな事考えてなかったって今の!
「ハグ……!」
前髪の向こうで、目が丸く見開かれていく。
いやいやいや、待て待て待て七崎!
いいのか?!それはいいのか?!
まだ好きでもない異性とハグするの、アリなのか七崎?!
それでいいのか、七崎?!
(多分、よくはない……ような気がする……)
なんともふにゃふにゃな回答。
でも、今の混乱してIQ下がりまくりのポンコツ脳みそにはこれが限界だった。
良いか悪いかの判断すらこれなんだから、アリかナシかなんてもっと決められる訳がなかった。
「せ、先輩が……いい、なら……」
「……」
「僕は……それでも……」
何かを決意したような顔が目の前にある。
相変わらず前髪もっさりしてるけど、いつもよりキリッと凛々しくて……
でもよく見るとちょっと涙目なのと、薄ピンクの頬に恥ずかしさが隠れてる……そんな表情。
(ええい!いっちゃえ〜!)
「じゃ、じゃあ……ハグ、する……?」
「お、お願いします……」
お願いされました(?)。
え、どうしよう。
ほんとにハグする事になっちゃった……
いや、でもまだそこまでの関係じゃな……いや、いいか。
ハグなら、まだ服越しだし。別に体が直接触れる訳じゃないし。
ほら、ハグなら親子とか友達同士とかでもやるじゃん。
別に異性じゃなくても、恋愛関係じゃなくても、普通にやるじゃん。
最後なんだし、せっかくだし……うん。まぁ、良いって事にしよう。
ハグまではセーフ、そういう事にしとく。
「あ……あの……」
あ、ごめんごめん。ちよちゃん放置で考え込んでた。
「あの、別にハグじゃなくてもよくて……なんでもいいんです」
「なんでも?」
「はい、別にこだわってる訳じゃなくて……」
でも、キス→ハグときて他まだなんかそういうのある?
(あれか、手繋ぎ?)
「あ、あ……えっと、僕が思いついたのがハグってだけで……その……」
「……」
「別に形は……な、なんでも……いいんですけど……」
なかなかまとまらない言葉だけど、何かを必死に伝えようとしてくれているのは伝わってきていた。
「でも……せめて、この世界が終わる前に……何かしたいんです」
「何か……」
「貴女がここにいたって事を……最後に感じたい」
「……!」
思わず視線を逸らす。彼の方が見れなくて。
「ここにいる貴女を……感じておきたいんです……僕の感覚に、刻み込みたい……」
唐突に飛んできた、砂糖たっぷりのセリフ。
大量の糖分の急激な摂取に、頭がぽーっとのぼせていく……
「貴女が……僕の愛する人が、本当にここに存在したって……帰る前に感じたいんです……」
言葉の言い方とその間の長さ、途中の息継ぎや瞬きの仕方、目やその周りの表情筋の微妙な動き……そんな彼の動き全てから、これでもかというくらい愛情が溢れていた。
(愛する、人……)
そんな大量の愛情を全身に受けて頭をふわふわさせながらも、そこだけなんかちょっと引っかかって。
頭は回ってないけど、なんかその言い方をする時にちょっとだけ彼の顔が強張ったような……
これでも一応今まで色んな漫画や小説を読んできた。あとアニメも。
だから、こういう展開の後の流れについてある程度推測というか、パターンは知ってて。
知ってるからこそ、おや?ってなった。
と言っても今この状態だし、気のせいかもしれないけど。
愛した人じゃない……『愛する人』。現在進行形。
別にそこまで考えて言ってないのかもだけど、それじゃあなんか……
(いや……流石にないない、考え過ぎ)
「先輩……どうか……!お願いします……!」
ぼーっとしてたらまたお願いされちゃった。
「うん。えっと……じゃあハグで……」
我ながら、言い方。
なんかの注文かよ。『ハグを一つ』みたいな。
ちよちゃんから返事はなかったけど、赤くなっていく顔が代わりに返事してくれていた。
「えっと、じゃあ……」
「ま……待ってください」
始まると思いきや、ここで唐突にストップ。
「こ、ここじゃちょっと……あの……」
そう言って彼は木陰を指差した。
ここで、じゃなくて移動しようって事か。
そりゃそうか、デリカシーなくてすまんね。
この人ほんと頭働いてないんです、今。
(とはいえ、移動するとなるとそれはそれで余計に恥ずかしいような……)
そして、そそくさと木陰の方に移動した。
と言ってもほんの数歩移動したってだけだけど。
『蜂の巣注意!』の張り紙があって一瞬違う意味でドキッとしつつ、ちょうど人目から隠れられる良い角度を発見し、そこにいる。
「じゃ、じゃあ……」
「ど、どうぞ……?(?)」
別に変な事してる訳じゃないんだけど、妖しさ満点。
いや、そもそもハグするってこう……いきなりというかなんとなくでやるものであって。
こうやって予告されると……
(ううう、なんか緊張する……!)
「「……」」
木陰の暗がりに、無言で向かい合って立つ二人。
「「……」」
参った、どうしよう。
なんかお互い変にかしこまっちゃって、始め方が分からない……
「な、なんか合図した方が……?」
「い、いえ……だだ、大丈夫です……」
大丈夫……じゃないだろうな、この感じ。
彼の目にぐるぐる渦巻きが見える。
「そ、その……え、え〜い!」
そして突然、気の抜けた掛け声と共にパフっと飛びついてきた。
(わ……)
感触は完全にただの布だった。
漫画とかドラマみたいに、暖かいとか柔らかいとかもなく……布って感じ。
いや、むしろ若干硬め?
触れるか触れないかの直前で硬直し、完全にお互いの体がくっついた時には石のように固くなっていて……布を被った石像みたいになっていた。
(緊張してる……よね、そりゃあ)
向こうのほうが背が高く、首を曲げて私の方に埋めるような形になっていて……今どんな顔しているのかはこちらからは見えない。
でも、その全身の硬い感じからしてこの上なく緊張しているのを感じる……
(……)
背中には彼の腕が控えめに回り込んでいる。
本来ならガシッと体をホールドする形になるんだろうけど、恥ずかしさと不慣れさでその手が若干浮いてしまっていた。添えるだけ、な状態。
「「……」」
お互い、無言。なんとも言えない空気が流れている。
(う〜ん、気まずい……)
「「……」」
(なんか、言わねば……なんか……)
「「……」」
(なんか言葉を……あっ)
気づいてしまった。
というか、感じ取ってしまった。
(あっ、これ……)
若干の……どこかの、物理的な盛り上がりを……
『それ』がなんなのかも、どういう事なのかも知ってはいる。
むしろ二次創作なんかじゃ、『その現象』をネタにした事も何回かあったような。
(朝とか疲れてる時とかのシチュで……攻めのち……げふんげふん!)
でもこれは創作ではなくて、現実。
まぁ……超不快ってほどでもないけど、ふ〜んって感じ。
そういう事が起こってる、ただそれだけの認識。
(ほぉ〜ん)
まぁ、そうだよね。好きな人とこれだけ密着してりゃなぁ。
でもまぁ、ここではもちろん触れないでおく。