4-2.ダサすぎてむしろカッコよく見えて……こない
あれから急に時間が飛んで……ハッと気づいたら、もう駅にいた。
自分じゃ身支度全然してないけど……なんか適当なワンピースを着ていて、メイクもそれなりに。
(向こうの世界でもこの能力あったら、便利なんだろうなぁ)
朝起きてすぐ出勤できるから、つまり始業ギリギリまで寝てられる……!
素晴らしい、素晴らしいぞ……!
いや、待てよ。
むしろ……この感じで行くと、目覚めたらデスクにいるパターン?
朝ごはんとか、移動中に音楽聴いたりスマホ弄りもなし。
なんの楽しみもなしに……いきなり仕事?
あれ、思ったより嬉しくないな……?
「七崎!」
声がした方に振り向くと、真っ赤な髪の青年が駆け寄ってくるのが見えた。
パキッとした原色に近い赤は、人混みでも目立ってよく分かる。
「早乙女く〜ん!こっちこっち!」
彼に見えるように大きく手を振る。
駆け寄ってきた彼は、なんというか……見てる方がなんかビビっちゃうくらいに、大変ハイセンスでございました……
(こ、これは……!)
赤の長袖チェックシャツに鮮やかな紺のデニムパンツ、そして絶妙にダサいドックタグネックレスとシルバーブレスレット。
でもって中のシャツは、謎の青い上向き矢印がでかでかと印刷されていて……むしろどこで買ったのそれ。
GOOD BOY!とかcool☆とかそういう変な英字Tシャツじゃないだけまだマシだけど、これはこれでなかなか……
(まじまじと見ると……こう、なんか……すごいな……)
首を痛めてないだけまだマシかもしれない。
この服装でそれやられたら、ガチで『完成』してしまう……
「ごめん、待った?」
「ううん。全然」
目覚めたら今この瞬間にいたから、実際ほぼ待ち時間なし。
なんて、彼に言ったところで通じないだろうけど。
「七崎、なんか今日……雰囲気違うな」
「えっ?何が?」
「その……格好がいつもと違うっていうか……」
「ああ、これ?」
自分から話を振っておきながら、彼は何やら嫌そうな顔をしている。
「えっ?変、かな……?」
返事はなく。
むしろ、ふいっとそっぽを向かれてしまった。
大きなリボンが胸元についた丸襟レトロワンピース(大量のフリルつき)、そしてこれまたどでかいリボンで結ったポニーテールの……超絶甘さ全振り装備。
パンプスの先にまでリボン。
リボン、リボン、そしてリボン……
(やっぱり普通に考えてちょっと過剰というか、なんか変だもんね……この世界でなら通用するかと思ったんだけど、駄目か〜)
歩君もすごいけど、これもこれで割と大概……
あっ、こっち向いた。
「な、なんだよ?!」
それはこっちのセリフだよ。
なんとなく視線を感じたから、彼の方をチラッと見ただけなのに。
「早乙女君……私、何かした……?」
「なんでもないっ!」
またふいっとそっぽ向いてしまった。
ちょっと頬を染めながら。
お?このリアクション、もしかして……このリボンまみれコーデ、正解だったって事?
答えてくれそうもない彼の代わりに、赤くなった頬っぺたがはっきりと答えを示していた。
(う〜ん!甘酸っぱい!)
気になる子を見ていたい気持ちと照れとが混ざり合った、青春の味。
本当ならここで、くう〜っ!可愛すぎんだろお前……!って興奮してるところなんだけど……
その対象が自分っていうのがな……惜しい。実に惜しい。
推しと推しの恋人を見守る壁になりたいタイプのオタクとしてはせめて相手は誰か他の美少女にしといてほしかった。
いや、一時期……それこそ高校時代とかは夢小説とか読んだりしてたけど!
でも、大人になった今は違うんだよ……!自分が入ってくると、途端に萎えるんだよ……!
(それだけがなんとも残念で落ち着かない……ぬぬぬ……)
分かります?この気持ち?
この、めんどくさいけど大事なこだわりが……
あっ、またこっち見た。
「ねぇ、ちょっと。さっきから何を……」
「なんでもねぇよ!」
「でも……」
「うるせぇ!」
あっはい。
「……」
「……」
そんなぎこちない雰囲気のまま映画館行って、見終わったら今度はショッピングモールでぶらぶら。
えっ?映画館で何か起きなかったかって?
何も書くことないくらい、ほんとに何もなかったよ!
期待してた自分が恥ずかしい!
なんでって、歩君……映画の世界にどっぷり没入しちゃうんだもん。
映画終わって、照明が明るくなった瞬間の彼のなんとも言えない表情は忘れられない。
泣くのを必死に堪えて、しわっしわの……なんともすごい形相で。
一応これでも乙女ゲームのキャラなんだけど……
(彼の名誉のために詳細な描写はやめておきま〜す……)
それで、うろうろウィンドウショッピングして……いい時間になってきたから、最後にゲーセン寄ろうって話になった。
もう何年ぶりだろう。
クレーンゲームの筐体なんて、見るの超久しぶり。
「お、ポモケンのぬいぐるみだ。可愛い〜」
「やる?」
スッとお尻のポケットから財布を取り出す、歩君。
取ってくれる気満々のイケメン対応なのは素晴らしいんだけど……
だけど、違うところがめっちゃ気になる……!
(あああ!君もか……!君も、ケツポケに財布ねじ込むタイプなのか……!)
あ、ケツポケってお尻のポケットの事ね。
それ、危なくない?よく見かけるけど。
なんかボヨーンって飛び出てるの見てると、そのうち落ちちゃう気がして、おばちゃんは心配で心配で……余計なお世話?
「どうせお前、こういうの苦手だろ?取ってやるよ」
「いいの?」
「ああ」
「ありがとう。あっ、もしかして……早乙女君ってこういうの得意だったり?」
「いや、フツー」
スンッと澄ました顔のまま、静かに100円玉を投入口に入れる。
「……で?どれが欲しいんだ七崎?」
「ええっと……じゃあ、あのペカチュウ」
落とすところに近いし、アーム引っ掛けやすそうな角度だから、簡単かなって。
本当に可愛いと思ったのは別のぬいぐるみなんだけど、変に親心みたいなのが発動してしまった。
「……」
無言でアームを操作する歩君。
いつの間にか捲り上げられていた袖から、程よく筋張った腕が見える。
なんというサービスシーン。大変おいしゅうございます……
涼しい顔をキープしたまま、淡々と作業のように操作する歩君。
きっとそうやって簡単に取った風に見せて、後で盛大にドヤ顔を決めるつもりなんだろう。
(くうっ!可愛いなちくしょ〜!)
筒抜けの本音、丸見えなその思考!可愛いやつめ!
「ほら、やるよ」
二回目のチャレンジで無事ゲット。お見事。
「お、やった〜!ありがとね」
「……」
「あれ、早乙女君?」
「……」
「……?お〜い?」
(あれ?どうした〜?)
思いっきりドヤ顔してくるかと思いきや……私にぬいぐるみを渡した後、何をするでもなくぼーっと私の前に突っ立っている。
(疲れちゃった?電池切れか〜?)
一応目は開いてるし瞬きはしてるから、立ったまま気絶してるとかじゃなさそうなんだけど……




