31-7.貴女が救ってくれたから
「あの!し、静音さんっ……!」
「えひゃぁっ!」
彼の口からそんな大きな声が出るとは思わなくて、思わずヘンテコな悲鳴が漏れた。
「あ……驚かせてごめんなさい」
「う、ううん!ちょっと変な声出ただけだから(?)大丈夫!」
お察しの通り、全然大丈夫ではない。
「そ、その……」
ピンクほっぺた可愛い。控えめに言って、可愛い。
まだ話が始まってすらいないってのに、もう抱きしめてよしよししたい。七崎、駄目です。
「その……!ぼ、ほぼ、僕と……結婚を前提に付き合ってくれませんか……っ!」
「へ……?」
「貴女が僕を救ってくれた……!だから……ここ、今度は……僕が貴女を幸せにしたいんです……!」
は?
は??
ピュア!そしてキュート!真っ直ぐな愛……!
可愛過ぎんだろ?!おかしいって!!!
告白するためにわざわざ延長申し込んだのもこの彼な訳じゃん?!
男気ありまくりだな?!勇者だな、君?!
って……おいおいおい!待て待て待て!
私、この後元の世界に帰るんだってば!
内心ドキドキしてんじゃないよ!ほら、さっさと帰るんだよ!
『本命なんていません!だって、みんな大好きだから!』みたいな穏便な終わり方を目指してるんだってば!
平和的解決!これぞベスト!
誰か一人に決めなければ何も悩む事はないっ!スッキリ爽快!
彼のまっすぐな視線が私の目を突き刺してくる。グサグサと。
(視線が目を刺すって新しいな……?)
我ながらなんかすごく文学的なセリフ……エモくない?
って、いやいやいや!違くて!
そうでもなくって!現実逃避してる場合じゃなくって!
ってか、そもそも問題はそこじゃなくって!
ここで本気で手を出したら、歳の差やばいって!
なんてったってこっちは三十路、向こうはティーンエイジャー。
これ絶対、『はい』なんて答えちゃ駄目なやつ……
(可愛いけど……でも、駄目だから!)
よし、やっぱりこの彼もキッパリ断ろう!おばちゃんの最後の良心だ!
「ありがとう」
「……!」
「気持ちはとっても嬉しい。だけど……」
「……」
「今の年齢じゃ無理よ。だって私達、高校生だもん」
一番しっくりきて、それでいて明確な理由。
言うのが楽ってのもあるけど。
「……」
「……」
泣き出すまではいかなかったけど、ショックはそこそこ大きかったようで。
精一杯堪えてはいるけど、彼の目は今まさに溢れそうな限界まで潤っていた。
(うっ。やばいぞ、このままじゃ泣かせちゃう……)
「ほ、ほら、そういうのは大人になったら……ね?」
よし決まった!ナイスフォロー!
……とか自画自賛してみる。
まぁ、君が大人になるって事はつまり……私も同じだけ年取るんだけどな!
どのみち歳の差は縮まらないから、君とは釣り合わない!
(すまんな、少年……!)
「……ごめん、なさい……少し、取り乱してしまいました」
「こっちこそ……ごめんね」
「なるほど、大人になったら……そっか、分かりました」
なんだか納得してくれたようだけど……あれ?あれあれ?
「でも、その代わり……一つ約束してくれますか?」
「えっ?」
「大人になったら、僕と付き合ってくれますか?プロポーズ前提で……」
「……え?」
おっと?情報過多だな?渋滞してんな?
(そもそもプロポーズって……プロポーズって君……)
そんな言葉が、まさか高校生の口から飛び出すとは思ってなかった。
あの歩君さえギリギリ言わなかったパワーワードが……まさかここで出てくるとは。
さっきも結婚とか言ってたけど、てっきり勢いとかそういうのかと思ってた。
(分かってて言ってたんだあれ……)
「えっ、ああ……うん?えっと、うん。ぅおとななら……いいんじゃ、ないかな……?」
ぅおとな、ってなんだよ。噛んだ舌が地味にジンジンする。
高校生男子にペースを乱されている大人の図。
「ほ、ほんとに?ほんとに僕と……?」
「う、うん……」
「……やったぁ!」
今まで暗い声ばっかり聞いてたから、一瞬誰の声か分からなかった。
「……」
「やったぁ、嬉しい……!ほんとに嬉しい……!」
赤らんだ頬、皺くしゃの目尻、キラキラと輝く瞳……彼の表情が全てを物語っていた。
(嘘ついちゃった……)
ついつい、傷つけたくなくて咄嗟に嘘ついちゃった。
ほんとは全然付き合うとか考えてないんだけど……つい、ね。
まぁいっか。
どうせ私達元の世界に帰るんだし、ここでお別れ……
(今のは優しい嘘って事で……)
「絶対に、約束ですよ!」
「うん、約束ね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ほっほ、なかなか良いものを見せてもらったわい。
まさかこんな結末になるとは、ワシでも想像つかなかった。
やはり、人間は面白いのう。
あの青年、自力で自らの恋に決着をつけると言って……本当にやりおった。
世の全てを恨み憎んでいたあの彼が、な……七崎と出会って、随分と成長したようじゃ。
初めの頃は、まさに甘ちゃんだった。
誰かに助けてほしいという甘い願望を抱きながら、自分以外の誰かが現状を打破してくれる事をひたすら待つだけ……そんな、他力本願な奴だった。
しかし、そんな都合の良い誰かなんてそう簡単に現れるはずもない。
他人に自分の人生を変えさせようだなんて、うまく行くわけがない。
かといって……いくら周りが努力するよう訴えても、彼は動かなかった。このワシでも、な。
まぁそうじゃな、やれと言われてやる気になるかと言われたら……気持ちは分からなくもないが。
じゃが、ある日突然頑張る『目的』ができてしまった。
恋をしてしまった。
そこからの彼は目まぐるしい変化を遂げた。
今まで築き上げてきた分厚い殻を、自ら破り……自分自身をまるっきり変えてしまった。
『自らの意思』で考え、努力する……文字にすると簡単じゃが、常人にはなかなかできぬ。
考えるだけなら良い、しかしそれを実行まで移すとなると……途端に難易度は跳ね上がる。
緊張・恐怖、億劫さ……そして、なにより今の現状を変える事の心理的抵抗感。
自らが動く、という事の難しさよ……
じゃが、彼はそれができた。できてしまった。
ワシはなにも別に彼に変化を促した訳ではない。
ただ、ここから元の世界へ帰らせたかっただけで……途中で声が届かなくなったから、七崎という人間の手を借りたまで。
流石にそこまでは計算していない。
ほっほ。面白いのぅ、人間は……
さて、さてさて。
決着がついた以上、彼は約束通りここを出て元の世界に戻ることになる訳じゃが……
きっと今度はもう……断らないじゃろう。
今の彼には……この世界はもう、必要ない。
きっと、もうこんな幻の世界に縋らなくとも前を向けるじゃろう。
もうこんな狭いところに篭らなくとも、どうにか生きていけるじゃろう。
もう傷はだいぶ癒えた。そして、少しとはいえ強くなった。
だから、シェルターはもういらない。
しかし……厳密に言うと、彼が帰れるようになったのはもっと前なんじゃが……
彼の意思を尊重したいからといって、だいぶ七崎に働いてもらってしまった。
しかも、それはほとんどタダ働き同然……彼女には本当に感謝せねばならんな。
それに……他の四人だって色々とつらい思いをさせてしまった。
彼らにも何か報いてやりたい……
う〜ん、どうしたもんか……
よし!
この世界の人間達、ここに残る彼らの恋心を……なかった事にしてやろう。そうしよう。
ある意味残酷じゃが……
去る側も送る側も、お互い後ろめたい気持ちが残ってしまっては……きっとそれ以上に苦しい……
お互いそれぞれの世界で再スタートする訳なのじゃから……ここは綺麗さっぱり、すっきりした気持ちで終わろうじゃないか。
うむ……そうだ、それがいい。そうしよう。
本当は、この世界の者達には一切関わらないつもりでいたが……これだけはやらせてもらおう。
そして、七崎にはさらに特別に感謝の気持ちを込めて……向こうの世界に戻るその瞬間に、とっておきの魔法をかけてやろう。
どんな魔法かは……秘密。
この先、彼女にとって幸せな存在が……おっと!口が滑った!
と、ともかく……彼女が幸せになれるように仕向ける魔法じゃ。
では、もう少ししたら実行に移すとしようか……




