31-6.迷い人
「確か先輩はもうご存じなんですよね、『迷い人』の事……」
知ってるけど……知ってるけど、ちょっと待って!
「えっ、え……千世君が……?!」
「そうなんです……」
「え……全然分かんなかった。そうだったんだ……」
「先輩をこの世界に来させてしまった原因は僕なんです。それに……」
「それに?」
「さらに、ここまで先輩の滞在が伸びてしまったのも僕の我儘のせい……」
そういやそうだったっけ。
あまりに急展開が続くもんだから、その辺忘れてきちゃったよ……あはは……
「だから、その……本当に申し訳ないです。なんとお詫びしたら良いか……」
「お詫び?いいよいいよ」
「いえ、先輩を色々と巻き込んでしまった……僕が悪いんです」
「いいってば。もう結果オーライじゃん、もうすぐ帰れるんだし」
「……」
「でも、どうして……ていうか、どうやってこの世界に?」
「僕は……元々このゲームを知っていました。いや、むしろかなりやりこんでいました」
「え、このゲームって……乙女ゲームだけど……?」
いや、人の好みにどうこう言うのはよくないんだろうけど……
でも、乙女ゲームって結構男性からしたらウゲー!みたいなシーンあるって言うじゃん?
そんなん言わねぇよ普通!みたいなセリフとか、同性からしたら違和感バリバリの仕草とか……
「あ、ええと……それは、好きなのがこのゲームってだけで、別に乙女ゲームが好きな訳ではなくって……」
「へ〜そうなんだ。それは、なんかきっかけでもあったの?」
「きっかけ……そうですね、あれは僕が両親に連れられて従姉妹の家に行った時の事でした」
なんか色々理由がありそうな言い方……ほうほう?詳しく?
「僕とその子で遊んでいるようにと言われましたが、異性ですしそんなに仲良くなくて……それぞれ別々に遊んでいました」
「その時僕は適当な漫画を読んで時間を潰していたんですが、何かの拍子にふと従姉妹がこのゲームをやっているのが視界に入って……」
「最初は横目でチラチラ見てるだけだったんですが、ついつい展開が気になって……結局最後は彼女が電源を切るまでずっと見入ってしまいました」
「幸い本人には気づかれず、特に何とも言われませんでしたが……なんか怒られるんじゃないかって、ちょっとだけヒヤヒヤしたのを覚えています。じゃあ見るなよって話ですが……」
「そこにいたのは一時間かそこらだったので中途半端にやめた形になって、どうにも不完全燃焼で……僕はそれからその先がどうしても気になってしまって」
「それで必死にソフトを探し回り、自分のお小遣いでなんとか買って、いざやり始めたら……うっかりハマってしまった、って訳です」
へ〜。沼の入り口は、ほんと人それぞれだなぁ。
「ですが……」
「ですが?」
「本来、このゲームでの僕のポジションにいるのは『時久 鳴』という名前のキャラでした」
「え?ちよちゃんじゃなくって元々別のキャラがいたって事?」
「はい。鳴は僕と同じような性格で、いじめられているというところまで一緒。でも鳴の方は主人公が彼の代わりに毎回追い払ってくれて、やがていじめられなくなるという展開でした……」
え?まじ?
当時全然後輩キャラなんてアウトオブ眼中だったから、全然覚えてない。
「僕はそんな彼を羨ましく思っていました。主人公の子はただ可愛いってだけじゃなくって……すごく精神的にしっかりしてて、しかも助けてくれる」
すごいな。
可愛くて強いなんて、どんだけパーフェクトガールよ?
「そんな彼女の方から近づいてきてくれて、しかも最終的に付き合えるなんて……羨ましいなぁって。自分を重ねながら、鳴のルートを何度もやりました。今でもセリフ一字一句空で言えますよ、本当に」
「……」
「そうやって鳴みたいになれたらいいのになぁ、って強く思いながら何周も何周もやって……ある日突然ふと気づいたら、いつの間にか鳴に代わって僕自身がゲームのキャラになっていました」
「えっ?!話飛んだな急に!」
いきなり謎の力発揮するのやめい!
今時、そんな雑な導入ある?!
「何があったのかは……未だによく分かりません。その時の事なんて全然覚えてないし……」
「えっ、何それ?怖くない?」
「う〜ん、それが……全然怖くなかったんです。むしろ嬉しさの方が強くて」
「えっ……それは、どうして?」
「向こうの世界じゃ誰も助けてくれないけど、この世界だったら主人公の子が助けてくれるって確実に分かってるじゃないですか。だから、僕にとってメリットしかないんですよ、この世界は」
メリットしかない……
元の世界に帰りたがらなかった理由って、もしかしてそれ……?
「だから、本当はずっとここにいたかった。元の世界はあまりにつらい事ばかりで……」
「……」
「でも……僕だって、このままじゃ駄目だって分かってる。こんな性格のままじゃ駄目だって、もっと強くならなきゃって……」
「え?でも、それはいじめる側が悪いから……」
ふと初めて会った時の景色が脳裏に浮かぶ。
その時にも、確か同じ事言ったんだった。
「ふふ、ありがとう……静音さんは相変わらず優しいですね」
目の前には穏やかでふんわりとした笑顔。
(……)
だけど、本来なら思わず一緒ににっこり……なんてなるはずが、なぜかうまく笑えなかった。
何かとても違和感があって。何かは分からないけど、何かが違う……
私の考えを察したのか……彼はここで一度黙り込み、何やら考えてる風に視線を下に。
「……」
そして、何を思ったかまた私の方を見て話を続けた。
「そう……ですね。『向こうが悪い』……そうかもしれません」
「……」
「でも、本当にそうだったとしても……きっかけを作ったのは自分自身だから、僕も悪いんです」
「千世君……」
「この世界でもいじめられるようになったのも……元々は僕がきっかけを作ってしまったからですし」
「きっかけ?」
「……」
「え?なんかあったの?」
彼は答えない。
「……」
「……」
お互い黙り込み、シーンと静かになった。
静かになったというか、元々このくらいで私達の声が唯一の騒音だったってだけだけど。
彼の返事はそのだいぶ後だった。
体感5分。といっても、あくまでそう感じただけで、会話の間なんだし多分実際はもっと短いんだろうけど。
「……ごめんなさい。何があったのかは、ちょっと……言えません」
「……」
「けど……とにかく、この世界でも僕は駄目な奴だった」
これは、なんと返すべきだろう。分からない。
胸の内は、彼を励ましたい気持ちでいっぱいだけど……きっとこれはそういう問題じゃない。
どちらかというと悲鳴に近い心の声……励ますなんてとんでもない。
ようやく治りかけの傷口をズタズタに切り裂いてしまう。
頑張れ!とかそういう言葉が効くような話じゃない……
(だからって……じゃあ、どうすれば……)
言葉に詰まってしまった。
「……」
「……」
結局、またお互い無言に。
(うっ。き、気まずい……!)
目の前には真剣な顔をした彼がいる。
「……」
「……」
前を向いていられなくて、なぜか私は咄嗟に上を向いた。
視界いっぱいに空。
ここが屋上なだけあって、むしろ空しか見えない。
(夕焼けだ)
日が暮れて、ほんのり桃色に染まってきている水色の空。
水色に橙色、そして桃色のふんわり優しいグラデーションになっている。
(綺麗……)
穏やかな景色に、ほんの少しだけ心の中が落ち着いた。
「……僕が悪い、それは分かってるんです」
「おわっ?!」
「あ……ごめんなさい、急に」
「ううん、気にしないで。こっちこそごめん、続けて続けて」
「ええと……どこまで話したか……」
変に止めてごめん。
「ああ、そう。だから……本当は変わりたかったんです。強い人になって、反撃してやりたかった」
「でも、向こうじゃ誰も仲間がいない……あまりにハードルが高過ぎて、できなかった……」
「僕は……高校生活の間ずっと苦しめられ続けて、暗く捻じ曲がった性格になってしまった。卑屈でネガティブで……自分でも普通じゃないのは良く分かってた」
「だから……そのままこの先ずっと生きていく事になると思うと、元の世界に戻る気にはなれなかった。この世界にいた方が全然マシだから」
「神様は僕をどうにか元の世界に帰そうとしてくれていたけど……僕は拒み続けた。戻りたくなかったから」
ああやっぱり。
本人が拒否し続けてたんだ……神様の声を……
「でも……そんな僕を、先輩が助けてくれた」
「え?」
助けたって、私が?なんかしたっけ?
「初めて会ったあの日の事……僕が食堂で無理矢理席に座らされたあの時の……」
ああ、あれ?
「あの時はその……本当にありがとうございました」
「いや、私は何にも……」
「あれがなければ……今の僕は無かった。感謝してもしきれません」
「ほんとに何もしてないって……」
彼の目に強い光が宿る。
相変わらず前髪越しだけど……でもはっきり分かった。
「いいえ……あの一瞬で、あのおかげで僕は生き返ったんです。それまでずっと死んだまま、ただそこにいるだけだった」
「……」
「先輩があの時、僕の存在を認めてくれたから……僕を僕として認識してくれたから……僕はここまで来れたんです」
「……」
「そして、そこからさらに……あなたに恋をすることによって、こうして強くなれた」
「こ、ここ……恋ぃ?!」
「だ、だから……先輩……」
え、えっと……これは……あれだな……?
(来る、のか……?)




