表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その差、一回り以上  作者: あさぎ
泣いても怒っても最後
177/188

31-5.結末

※ちょっと暴力的なシーンあります。ご注意ください。

 


 どうしよう。


 今、屋上には歩君がいる。

 それも、怒りでかなり興奮した状態の。


 あと、声は聞こえないけど……

 ちょっと前に見た紫の髪……ちよちゃんももしかしたらそこに……


 コンコンコンコン。

 誰かが階段を上がってくる音がする。


「えっ……唯?」


(違う……!)


 上から見て、黄色じゃない色が見えた。


「む、紫……色……」


 コンコンコンコン……


 リズム良く階段を上がってくる。なんの躊躇いもなく、真っ直ぐに。


「……」


 唯に話しかけられた時、私は無意識に端に寄っていた。

 だから、今も脇に人一人ギリギリ倒れるくらいのスペースはあって。


「ち、千世君……」


 とうとう同じ段に来て、そして……


「……」


 何も言わずに彼はさらに上へ。


「え?え?あれ、千世く……」


 反応は一切ない。


「え、あ……お、お〜い?」

「……」


 表情はいつになく固く、なんだかすごく緊張した雰囲気で。


 私に話しかけられたことすら気づかないまま、吸い込まれるように上がっていった。


(え……ちよちゃんも……)




 直接見る勇気は……残念ながら、今回もない。

 結局また今の数段下がった位置から盗み聞き……


「はっ!な〜んだ、最後はお前かよ!」


 後輩が相手だからか、いつもにも増して傲慢な感じ。


「まぁ、神澤も姉小路も違うっつったら……残りはお前しかいねぇもんな」

「……」

「本命チョコ……もらったんだろ、お前」

「……」

「おい、何黙ってんだよ」

「……」


 ああ、それは怒りを増幅させるやつ……


 他の人なら違うリアクションもあったのかもしれないけど、歩君の場合はそれ絶対怒る……


「おい!」

「……」

「おいっつってんだろ!」

「……」

「おいっ!」

「……」

「ちっ、舐めやがって……!」


 言い終わるより先に、大きく振りかぶる腕。

 遠くからでもそのシルエットが見えていた。


(え?!ちょ、ちょっと!何して……!)


「なんか、言えよっ……!」


 言い終わると同時に、辺りに鈍い音が響く。


(やめて……!)


 まさかの事態だ。

 これまで怪しい発言はあったけど、まさか本気で言ってたなんて思ってなかった。


 まさか、こんな……本気で攻撃するなんて。


(やめて!お願い、やめて……!)




 そんなの、見たくない。


(いくら想いが重いキャラだからって……そんなの……!)


 二人の間に割って入りたい衝動に駆られるも、忙しなく動き回るのは頭の中だけで……足はまるで張り付いてしまったかのようにピクリとも動かない。


 防衛本能とやらがきっと私を邪魔している……いや、守ってくれていると言うべきか。


 あの場では歳の差なんて全くの無意味。

 向こうは男性、私は女性。幼い子供ならまだしも、ほぼ大人同然のその体格……考えるまでもなく力の差は歴然だ。


 今の私には何もできない……むしろ危険しかない。

 怒りに我を失っている彼、その目の前に行ったところでおそらく私は見えない……




 でも鈍い音が一発しただけで、倒れる音はしていない。


(つまり、最悪の事態は免れた……?)


「ここまでしても、何も言わない……やっぱりお前なんだな」


 返事は相変わらずない。


「くそ!こんなの……認められるかよ!どうして最近知り合ったばっかのお前が……!ぽっと出のお前が……!なんで!どうして!」


「俺がどんだけ愛してたか!俺にとって静音がどんな存在なのか!最近知り合ったばっかりのお前なんかと違って!」


 聞いていて胸が苦しくなるほどの、心の叫び。


「お前には分かんねぇだろうな!長い間片想いを続ける事がどんなに苦しいかなんて、お前には分かんねぇよな!」


「そりゃさ!ほんとはすぐにでも、気持ち伝えたかったさ!」


「けど、静音はまだそこまでじゃなかったから!静音にとっては、ただの幼馴染みでしかなかったから……!」


「だからその時が来るまで待つしかなかった!その気持ちの温度差さえなけりゃ、すぐにでも結ばれてた!」


「だけど!くそっ!お前も神澤も、姉小路も……みんな寄ってたかって邪魔しやがって!」


「もうとっくにその時は来てるはずだったのに!もうとっくに結ばれてるはずだったのに!お前らが気を引くから……!」


 耳を塞ぎたくなるほどの悲痛な叫び。


 これほどに愛されていたのか、と今更気づかされてしまった。




 ガシャガシャ、と靴の底が砂を擦る音がした。


 ここまで完全にノーリアクションだったちよちゃんが、ようやく少し身じろぎしたらしい。


「なんだよ、文句あんのか?」

「……」

「そっか、そっかそっか。じゃ〜、もう一発やってやろうか?」

「……どうぞ」

「……あ゛?」

「気が済むまで、どうぞ」


 淡々と落ち着き払った口調でそう言う、ちよちゃん。


(えっ?!ちょ、ちょっと、何言って……!)


「はぁ?」

「どうぞって言ってるんです」

「お前……やんのか?」

「僕はやらない」

「ははっ、怖いんだ?」

「別に怖くなんかない。でも……」

「でも?」

「でも、自分の気持ちを押し通すために人を痛めつけるのは……おかしいと思う。だから、やりません」

「……」

「……」

「……っ!お前……!」


 勢いよく踏み込み、力いっぱいちよちゃんに掴みかかる。


 たった一歳しか違いがないとはいえ……歩君の方が背が高く、わずかながら体格もいい。

 誰がどう見ても、ちよちゃんの方が不利。


「っぐ……っ!」


 首元を掴んでくる歩くんの健康的な濃い肌色の手と、それを必死に止めようとするちよちゃんの細く青白い手。


 案の定攻防は一方的で、みるみる首が閉まっていく。


「……っ、く、っが……っ!」




「ま……待って!」


 気づいたら、もうすでに二人の目の前にいた。

 無意識で体が勝手に動き、二人の前へ飛び出していったらしい。


「静音?!お前、どうしてここに?!」


 鼓動がけたたましく早鐘を打っている。


「ちょっと!早乙女君、何してんの!」

「おい、なんでいんだよ?!誰に聞いた?!」


 微妙に噛み合わない会話。

 お互いに焦っているのがよく分かる。


「誰からも聞いてない!ただなんとなく嫌な予感がしたから来たの!」

「なんだよそれ!」

「と、とにかく……!あの、それ、やめて!」


 それって何だよ!と内心自分に突っ込む。

 焦りすぎて頭が真っ白で、名称の類が一切すっぽ抜けてしまって出てこなかった。


 けど、今はそんなのどうでもいい。それよりも……


「……」

「今すぐ、その手を離して!」

「……」

「聞いてるの?!やめて!」

「……やめない!」

「どうして!」


 歩君はキッと地面を睨んだまま、黙り込んでしまった。


 でもそのおかげで手から意識が離れたようで……ちよちゃんの体がへなへなと揺れ、地面に落ちていく。


「千世君……!」


 慌てて駆け寄り、ずるずると落ちていく上半身をどうにか引っ張り上げる。


「げほっ、げほ……っ!せんぱ、あ、ありが……っ!」

「無理に喋らなくていいから!今は呼吸に集中して!」

「で、でも……!」

「いいから、休んでて!」


 華奢な見た目の割にめちゃくちゃ重くて手こずったけど……引きずっていって、どうにかフェンスを背もたれに座らせる事ができた。


「……」

「……」


 これ以上喋る余裕は無いらしく、心配そうな目が私をじっと見上げている。




 それもそうだろう。

 さっきから手の震えが止まらなくて、ブルブルしてるんだから。


 心臓だってまだバクバクいってる。

 自分じゃ見えないけど、きっと顔色も真っ青だ。


 正直言って怖い。すごく怖い。

 立ってるだけで必死なくらいに。


 私なんかじゃ、今の歩君に対抗できる気がしない……力でも言葉でも。

 怖くて怖くて……今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。




 ここでふとなんだかドロリとした視線を感じて、そっとを向くと……


「……なぁ、静音」


 ずるりずるりとゾンビのような動きで、歩君がこちらを向いて近づいてきていた。


「静音はさ……どうなんだよ?」

「ど……どうって……」

「俺の事、どう思ってんだよ?」


 ここで答えないなんて選択肢は、おそらくない。


 息が苦しい。

 なんだか急に吸っても吸っても空気が足りなくなった。


「そ、それは……」

「好き……なんだよな?違うか?」


 強すぎる視線に思わず目を逸らす。


「俺は、今まで全力で静音を愛してきた。今まで俺の全てを捧げてきた……他の奴らとは訳が違う。積み重ねてきた重みが違う」


 分かってる。

 これまで二人で積み上げてきた思い出と、彼の積もりに積もった想い……それは知ってる。


「静音……なぁ、答えてくれよ……」


 ふと彼の長年の想いに応えるべきかと心が揺れる。


 ここで断っちゃったら……彼があまりに可哀想過ぎる……


「なぁ……静音……」


 なんと言われようとも、断るつもりでここに来た。

 彼にこうやって言われる事はある程度予想してたから……想定内の反応だった。


 断りの言葉はもう、自分の中である程度決めてある。

 あとは言うだけ。




 でも、果たしてそれでいいのか。


 今はもう元の世界に帰れる事になったんだし、答えはどちらでも良い。どちらでも問題はない。


 だけど……

 私も、彼も……その結末でいいのか。


(……)


 赤い瞳が不安げに揺れている。




 彼の顔をもう一度、まじまじと見た。

 見慣れたいつもの顔だけど……改めて見ると、印象が違って見える。


(……やっぱり)


 答えはもう出ていた。

 何度彼の方をじっくり見ても、私の結論は同じだった。


 それなら……

 いや、だからこそ……言わなきゃいけない。あの言葉を。


「まさか、俺の今まで全てが無駄だった……なんてそんなの、ないよな?違うよな?」


 今、あれを……言わなきゃ。


「そう、だよな……?」


 今だ、言わなきゃ。


「なぁ、静音……」

「……」

「静音?」

「あ、その……」

「……」

「……ご……ごめん、なさい……」


 大きく見開かれた彼の目に、私の影が黒く映り込む。


「ごめんなさい。その……ただの幼なじみとしか思えなくて」


 自分のものとは思えないような声。

 カスカスで音がほとんど出てない、変な声。


「……」

「……っけほっ!」


 強張った喉に唾液が溢れ、思わず咽せる。


「……」

「……」


 何も言わずとも、ただ立ってるだけでヒシヒシと伝わってくる。


「……」

「……」


 彼の絶望が……伝わってくる……




「あ、歩……君……」

「……」

「歩君……」


 頭は全然回ってない。まるで回せてない。

 けど……この場な空気に耐えきれず、口が勝手に話しかけようとしている……


「……う、う……う、嘘だ……!」

「……!ご、ごめんなさい……」

「そんなの……嘘だ!嘘だ、嘘だろ……!」

「……ごめんなさい」


 全く同じ返事。でも、今はそれしか答えられない。


「嘘だ!こんな事……!こんなのって……ありかよ……っ!」


 私が声をかける間もなく、怒りの勢いのまま走り去ってしまった。


「待っ……待って!早乙女君……!」


 階段を駆け降りるけたたましい音も、やがてすぐに小さくなっていって……




(……)


 最低だ。


 最低だ、私。彼を傷つけた。

 長年の強い想いを……今とうとう、拒絶してしまった。


 今の、どうにかできなかったのかな?

 もっと良い言い方、あったのかな?


(……)


 相手を傷つけずに断る事って、できたのかな?

 いや、きっと……できない。どうしたって、きっとこうなる。


 断られたら、誰だって傷つく。


 彼の場合、想いが人一倍強くて……

 人一倍、いやそれ以上だったから……傷もそれだけ深く……


(……)


 猪突猛進な愛。それが彼の原動力だった。


 本当は全然悪い人じゃない。

 でも、想いがあまりにも強すぎて……犯罪ギリギリな事とか色々やらかしてて……


 でも、根は真面目で情熱的で。

 長年想い続けて、その過程が無駄になるはずがないと素直に信じ込み……

 こちらの気持ち以上に押しが強く、独りよがり気味……


 優しさを少し履き違えている、そんなまだ成長途中の可愛いキャラだった。


(でも……彼の相手はきっと私じゃない)


 この経験を糧に……彼にはいつか、所謂『いい男』になってほしい。

 それこそ、振った私ですら羨ましくなるほどの器の大きな男性に。


 一途な彼なら、今みたいに方向を間違えさえしなければ……きっと愛情たっぷりのいい旦那さんになれる、そんな気がするから。


(なんて、罪滅ぼし代わりにちょっと良い感じの事言ってみる……)







「あ、あの……」


 不意に話しかけられ、ハッと我に返る。


「わ、ちよちゃん!」


 ごめん、今ちょっと忘れかけてたよ君の事。


「その……ありがとうございます。また助けてもらっちゃって……」

「いいよいいよ。それより……首は大丈夫?」

「今はもう全然大丈夫です。しばらく休ませていただいたので……」


 とは言うものの……彼の首には、まだ赤い跡がほんのり残っていた。

 薄いとはいえ、なんかちょっと痛々しい。


「あの……先輩」

「?」

「あの、ちょっとお話……しても……?」

「え、あ、うん」


 急にかしこまってどうしたんだろう。


「あの……実は……『迷い人』って、僕の事なんです」




 時が止まった。




 ……ような気がした。


 あまりに唐突過ぎて、耳を通った音を頭がなかなか処理できない。


『マヨイビトッテボクノコトナンデス』


 え?


『マヨイビトッテボクノコトナンデス』


 え?


『マヨイビトッテボクノコトナンデス』


 えっ???


 え、え……?ええっと……ええっと……え?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ