31-3.そんな事より糖分だ!
ちょっとインターバル的なお話を。
「……しず!」
あ、友達の声。
「もう!暗い顔して!」
すっかり冷たくなった体に、一声一声がじんわり滲みていく。
相当冷え切っていたようだ。
「あはっ、そう見える?」
「見えるも何も!ほら、チョコ食べな!」
そう言って突然手渡された友チョコ。
袋は淡いオレンジ色で、不織布みたいな質感。ふかふかしてる。
しかもそれをリボンでちゃんと留めてて、これもうもはや好きな人に渡すやつなんじゃ……?
「今年も駄目だったの」
私の疑問を察したのか、いきなり説明が始まった。
「何が?」
「次元の壁がね、越えられなかったの」
(あっ)
その言葉で全てを察した。
「推しへの愛は誰にも負けてないはずなのに、液晶が邪魔でさ」
「……」
「去年は駄目だったから……今年こそ、と思ったんだけどな……」
(むしろなぜ今年は渡せると思った)
「はあ〜あ……」
長く大きなため息をつきながら、悩ましげな表情。
その様子は、まるで恋する乙女のようで……いや、ある意味恋する乙女か。これはこれで。
「まぁそんな事は良くて……だからさ、しず食べてよ。手元にあるの虚しいからさ、消して?」
「わ、分かった……」
なんか色々いわく付きではあるけど……そもそもは、凹む私の事を思って渡してくれたって訳で。
さっきまでの事があったから余計に、彼女のいつも通りの態度が今はすごく暖かくて優しく感じられた。
(ありがとう……)
「しず?もしかして遠慮してる?」
「え?あ、ううん……」
考え込んでつい手が止まっちゃった。
「何があったんだか知らないけど、凹んだ時は糖分だよ!」
「そうね、ありがと〜」
「男なんて星の数だけいる訳だし!」
「男?星の数?」
ん?なんかこれ……勘違いされてる?
「いいからまずは糖分だ!さっさと糖分キメるんだよ!」
「え……あ、うん?」
「見る目のない男なんて、さっさと忘れちゃいな!」
あ、振られたと思われてるっぽい。
「でも、せっかくのラッピングが……なんかもったいないね」
「いいからいいから!食べちゃいな!」
もったいない感すごいけど……本人がそこまで言うなら……
丁寧にラッピングされた小袋を解いて、中に包まれていた一口サイズのチョコを一つ、摘んでパクり。
「……!」
「どう?うまいっしょ?」
口の中にこってりとした甘みが広がっていく。
(んま〜!)
ザ・手伝りチョコって感じ。
絶対に市販じゃないって答えられる味……でも、それが良いんだ。
チョコを大量に溶かして固めている、まさにそんな感じの味。
砂糖たっぷりでもったりと甘くて、最後ちょっと味が濃過ぎて咽せそうになる……そう、これだよこれ。
「どう?私の力作?」
「うん、めっちゃ美味しい!ほんと!」
「でしょ〜?」
これまで感傷モードだったけど、今のでちょっと気持ちが切り替えられた。
甘いものが効いたのか、彼女のいつもの態度が効いたのか。果たして。
「あっ」
今、開けっぱなしの教室の扉から……特徴的な紫色が廊下を通り過ぎていくのが見えて。
ちょうどいい、探しにいく手間が省けた。
すっかり元気も戻ったし、今ならパパッとチョコ渡せるかも。
「しず?」
「ああ、えと……」
「ん?あ……ああ!」
何かを察してくれたらしい。
「行ってらっしゃい!頑張って!」
それ以上追求することもなく、スタスタとどこかへ行ってしまった。
多分それもまた勘違いかなんかだと思うけど……弁解するより、この世界の話を進めるのが先か。
けど、そうやって私がようやく廊下に出た頃……彼の姿はもうなかった。
(くそ〜!遅かったか……!)
「どうしたの〜?」
ぽっちゃりボディと、こののんびりとした口調は……
「ポテチ!」
ポテチじゃんか、久しぶり!
あとその『今食べました』感満載の、のり塩まみれの指も久しぶり!
バレンタインでもブレないね!
「誰か探してるの?」
その口ぶり……私が探してる人も、その行き先もなんとなくバレてると見た。
「今知ってる人が通ったから、話しかけようとしたんだけど……見失っちゃってさ」
「ん〜?さっき通った二年生の事?」
「そうそれ!」
「ん〜と……その人なら確かねぇ、あっち行ったよ〜」
あっちと言って指差した先には、廊下の突き当たりがあった。
「へ?あっち?」
「うん、そこにドアがあるの。近くまで行ったら分かると思うよ〜」
「へ〜」
「多分ね〜、そこから外階段上がって屋上行ったんだと思うよ」
「屋上……」
「ちょっと前にも、赤い髪の男子が屋上行ってたよ。屋上でなんか集まりでもあるのかな?」
丁寧に説明ありがとう。欲しい情報ほぼ全て、今ので分かった。
ついでに、危険性まで確認できた。
(そこに歩君もいる、と……)
「なんだろね〜。もらったチョコの数で自慢大会でもしてるのかな〜?」
「そうね〜」
「いいな〜私もお菓子たくさん欲しいなぁ〜」
この先の展開への不安を、彼女特有のおっとりとした空気感が癒してくれる……
「んしょ」
おもむろに肩にかけたバッグをかけたままで広げ、中に腕を突っ込むポテチ。
ガサガサと何か袋の中を漁るような音を立てて、取り出したのは……
「……でもさ〜」
あっ出た!やっぱりポテチだ!
右手の人差し指と親指でポテチを一枚摘み出して、そのまま口へ。
「やっぱり……バリバリバリバリ……」
会話中なんだけど……構わず食べ出したポテチ。
ゴーイングマイウェイというか、マイペースというか……
「バリバリ……むしゃむしゃむしゃ……あは、ごめんごめん。お腹空いちゃって」
(お、おう……)
「でも……なんだかんだ言って、やっぱりポテチが一番なんだよね」
「甘いのより塩辛い系が好き?」
「ううん。甘いのも大好きだけど、鼻血出ちゃうと思うと思いっきり食べれないんだよねぇ」
あっ、そこ?
「バレンタインみたく、ポテチデーみたいなのあれば良いのになぁ。そしたらいっぱい食べれるのに〜」
突っ込みどころ満載だけど、癒しをありがとう。
これから多分波乱が待ってるだろうけど、今ので元気出たよ。ほんとに。
「それじゃ、そろそろ行くね。ありがとね」
「あっそっか、人探してたんだっけ。こっちこそ呼び止めてごめんね〜」
めっちゃええ子や……一日の塩分摂取量が気になるけど。




