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その差、一回り以上  作者: あさぎ
泣いても怒っても最後
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31-2.また一つ、終わりを迎えた

 


 体育館の裏手に回り込むと、畳まれたパイプ椅子が二つ転がっていた……


 って、いやいやいや……都合良過ぎない?

 そりゃこれまでもそういう事あったけど……これは流石にひどくない?露骨過ぎじゃない?




 ふかふかの土の上でぐらぐらするそれにどうにか座ると、すぐに彼の話が始まった。


「……単刀直入に言おう」


 お、おう。


「僕がさっきもらったのは、義理チョコ。つまり本命が他にいるって事……そうだろ?」


(歩君とおんなじ事言うなぁ)


「……」

「……」


 なんと答えるべきか躊躇う私に、彼の表情がみるみる曇っていく。


「……」

「……」


 視線を外し、俯く秋水。


「言いづらいって事は……そうなんだな」

「……」

「やっぱりな」

「……」

「でも、」


 お、こっち見た。目だけ。


「で、でも……」


 ありゃ、また下向いた。


「……」

「……」


 そして、また黙り込む。


 なんとなく手持ち無沙汰で深く腰を乗せて座り直すと、ギギィ……と椅子が鳴った。


 ホラーものの扉開けた音みたいな、錆びついた音。

 よく見るとこの椅子、結構傷んでて所々錆びちゃってる。


(という事は……)


 目の前の彼がまだ話しかけてこないのを良いことに、こっそり手の匂いを嗅ぐと……


(うっ……!)


 案の定めっちゃ鉄臭い。

 たった数秒、それも軽く触れただけで手にあの独特な臭い臭いが染み付いてしまっていた。


 なんで嗅いだの?とか言わないで。嗅ぐじゃん普通。


(これで次のチョコ渡すのか……)


 渡す前から……なんかごめん、他の三人。




「……で、でも……でも……っ!」


(わっ!)


 び、びっくりした〜……いきなり叫ぶんだもん。


「でも、僕は……」

「……」

「僕は……っ!」


 勢いよく顔を上げたと思ったら、強い光を湛えた瞳がこちらを向いていた。


「神澤……君……?」

「き、君の事が……好きなんだ……!」

「へっ?!」


 ブワッと顔が赤くなっていく。


 そりゃ、ここまでされてりゃ分かってたし……!

 告白ってつまり、こういう感じになるって予測できてたけど!予想通りだったけど!


 でも!


(無理……!)


 無理なもんは無理なのよ。


 恥ずかしいし、照れるし、なんかもう……なんか……




「もう、結果は分かってる。答えるまでもない」

「……」

「今更こんな事して無駄なのも分かってる。何言ったって君を困らせるだけなのも知ってる……」

「……」

「けど、これだけは言わせてほしい……僕は……君が好きなんだ!」


 まさかこの彼からそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかった。


 いつもの態度とは打って変わって、直球で情熱的な告白。

 この前二人はある意味想定内だったけど、これは正直予想外だった。




 うっかり『はい』と答えてしまいそうな熱量と勢い……


(でも、断らなきゃ駄目なんだよな……これ)


「他人と比較してばっかり、落ち込んでばっかりだった僕を……君は変えてくれた!ピアノの事を真剣に考えるきっかけをくれて、こうやって前を向かせてくれた!」

「……」

「僕にとって……君以上の人はいないんだ!だから……っ!」

「そっか……ありがとう」


『ありがとう』の部分に彼の眉毛がピクっと動いた。

 これから話そうとしてる内容を、今のでなんとなく察したらしい。


「でも……ごめんなさい」


 彼の瞳からみるみる光がなくなっていく。


(秋水……)


 とうとう言ってしまった、あの言葉。

 本来はただの謝罪の言葉だけど……今みたいに、使い方によっては強力な拒絶となる鋭い刃を。


 あくまで相手を気遣うような優しい風を装いつつ……

 でも完全な否定の意味を持ち、そこから挽回する事を一切許さない禁断の六文字……


 私が発した『闇の魔法』によって、突然地獄の底に突き落とされたかのような絶望を彼に与えてしまった。


 理不尽さと空虚さの渦の中に、彼を強制的に閉じ込めてしまった……




「静音……」


 縋るような、細い声。


「ほ……ほんとに……いるの?」

「……?」

「他に好きな人……いる、の……?」

「……」


 いるともいないとも言えず。あえて言うなら、『迷い人』?


 今も正直、まだ誰か分からないまま……

 でも、この彼じゃない気はなんとなくしてる。




「そう、か……」


 無表情を装おうとするその目は、今にも溢れんばかりに潤っている。


「……」

「そ、そっか……それなら、仕方ないな」


 言い終わるなり……彼の頬に一筋、光の線が走った。


 言葉と態度がまるでチグハグだ。

 そのセリフだけ見るとあっさり諦めてくれそうな感じだけど……


(あ、また……)


 もう一筋、スーッと光の玉が軌跡を描いていった。


「……」

「……」


 諦めなきゃいけないという理性と、好きという想いが彼の中で衝突している。


「これってさ。諦めなきゃなきゃ、いけないんだよな……」


 とはいえいくら戦っても、気持ちという本能的な部分が抑えられるはずもなく。


「……」

「……」


 地面の上で、パタッと音がした。

 雫があまりに大きくなり過ぎたらしい。


「……やっぱり駄目。ごめん、僕……諦められない」

「神澤君……」

「こういう時はスパッと諦めなきゃいけないって、分かってるけど……ごめん、本当に無理……」

「……」


 体の内側がサーっと冷えていく。


 血管に氷が溶け込んで身体中を回っているかのような、そんな冷たさ。


 時々どこか引っかかって、チクッとするもんだから余計にそう感じる。

 まるで、適当に砕いて角張ったままの氷が回っているかのようで……




「なぁ、静音」

「うん?」

「その……一つ、我儘言ってもいいか?」

「我儘?」

「うん。もう一度、僕を……見てほしいんだ」

「……」

「……っ、お、お願い!ほんとに、お願い!」


 こんなに、断られても向かってくるような人じゃなかった。

 こんなに、自身をむき出しにするような人じゃなかった。


(……)


「なんでもいい、なんでもいいから……もう一度、チャンスが欲しい……」


 こんなに、無駄だと分かってる事に抵抗するような人じゃなかった。

 こんなに、恥ずかしい自分を出してくるような人じゃなかった。


「……だ、駄目?」


 そしてこの、縋るようなか細い声に潤む瞳。


「……」

「ねぇ、静音……」

「……」


 もう、もはや真っ直ぐ彼を見ていられなかった。彼のあまりの変貌ぶりに。

 だからと、つい目を逸らすと……それでもその視線は執拗に追いかけてくる。


「ねぇ……」


 彼はこんなキャラじゃなかった。

 もっと冷めてて、上から目線で……こんなの、いつもならみっともないとか言って絶対見せようとしないはず……


 そんな姿を見せてまで……そんなのを気にしている余裕がないほどに……


(それほどに……私を……)


 あまりに残酷な光景。

 私のさっきの言葉が彼をここまでにさせてしまった。


「どうか!もう一度……もう一度、チャンスを……!」


 頭の中で、『もう許してあげて!』と謎の声がこだましている。

 何を許すのかまるで意味不明だけど、許してあげたい気持ちが私の中でいっぱいになっていた。


 なんだか今の雰囲気、弱い人をいじめているような感じがしちゃって。

 別に全然いじめてる訳じゃないんだけど、ここまで弱るところを見せられちゃ、一刻も早く苦しみから解放してあげたくなる……


(だけど、そうは言っても……)


 でも、ここで譲ってしまったら。

 『いいよ』なんて言っちゃったら。


 もし、帰れなくなっちゃったら……私は……




「……ごめんなさい」


 私はよその人間だから。こうするしか、ないんだよ。


(言っちゃった)


「そうか、そうだよな。やっぱり……駄目、だよな……」


 これまで強張っていた彼の雰囲気が、みるみる緩んでいく。


「ごめん、しつこくて。なかなか自分の中で受け入れられなくて……変な事言っちゃった」

「ううん……」

「でも、こんなに好き勝手言って騒いでも……怒らないんだな」

「……」

「やっぱり……優しいんだな、静音」

「そんな事ないよ……」


 優しいっていうのは違うと思う。

 本当に優しいならきっとこんな結末にはさせない。


 彼を絶望に陥れる事になるって分かってて、その時をぼーっとしながら待つなんて……そんな馬鹿な真似はしないはず。


 ちゃんと考えて行動して……ちゃんと、こうなる前に手を打つ……それが優しさ。


(そう考えると、私って……)







「……あ!」

「わっ?!」


 ここまで静かな会話をしてたから、数分ぶりの大声に思わず飛び上がりそうに。


「まさかその本命って……!もしかして……あいつか?!」

「あいつ?」


 怒りに歪んでいく、端正な顔。


(おお……)


 今更だけど、秋水って綺麗な顔してるんだなって思った。

 そりゃ攻略キャラな訳だし、他のキャラ同様イケメンな訳だけど。


(だからって、これまでも散々見てきた顔なはずなのに……)


 存在が近過ぎて見れてなかった?

 いや、違うな。彼というキャラでしか見れてなかったのかも。


『秋水』っていうキャラが強過ぎて、彼という存在を見えてなかったらしい。

 なんだか今、とても新鮮だ。目の前の彼が。


 もし、本当に彼自身を真っ直ぐ見ていたら……また違った結末になった……のかもしれない。


(とはいえそれはもう、ifの世界だけど……)




「静音!まさかそれ……本気で言ってるのか!」

「え……?」

「やめとけ!だって……あいつ、ああ見えてヤバい奴なんだぞ?!」


 ヤバい奴……つまり、あの彼だ。

 もうその一言で誰なのか分かってしまった。


「あいつ、ストーカーかもしれないんだぞ?!噂じゃ、静音ん家の周りウロウロしてるっつって……!」


 うん、大正解。予想合ってたわ。


「あいつが……!あいつなんかが、静音を幸せにできるかよ!」

「……」

「静音の好きな人って、あいつ……早乙女だろ?!」


 首を横に振った。それはもう、大きく。


「えっ!違うのか?!」

「違うよ」


 嘘だ、と言わんばかりに大きく目を見開き……


「……」

「……」


 しばらくパチパチ瞬きし、そして黙り込んだ秋水。




 ギギギー!


 私が足を組み直したら、椅子が大きく鳴ってしまった。


「あ、ごめん!」


 けど、いつもみたいな文句はない。

 今の彼には聞こえていないようだった。




「……そっか。なら、いいや……」


 突然、ガクッと体の力が抜けて……椅子から前に滑り落ち、地面にへたり込む秋水。


「か、神澤君?!大丈夫?!」


 駆け寄って体を支えるも、クタクタと地面に引っ張られていく。


「は……ははっ、はははははっ」

「か、みざわ……君!」


 思っていた以上に彼が重くて、私まで地面に引き込まれそう。


「はははっ、はははははっ」

「ちょ、ちょっと!しっかりして!」

「ふっ、ははははっ……はははっ……」

「神澤君!神澤君ってば!」

「ねぇ!ねぇって!」

「あははははっ、はははははっ」

「ちょ、ちょっとってば!」

「……はぁ」


 しばらく笑って、やっと落ち着いたらしい。

 何も言わずにぬるっと立ち上がり、また自分の椅子に戻っていった。


「……」


 それに合わせて、私も椅子に戻ることに。


 ギギー!


(うるさ……)




「……そっか」

「……」

「そっか、そうなんだ……僕達……いや、僕……何してたんだろ」

「勝手にライバル視してさ、張り合ってさ……僕、何やってたんだろ」

「……」

「ほんと、何してたんだろ。馬鹿みたいだ」


 何か言おうと口を開くも、


「……」


 声が……出ない。


「あ」

「……」

「また、騒いじゃった……ごめん。なんか気持ちの整理がうまくいかなくてさ」

「神澤君……」

「ほんとはサッと引きたいところだったけど……みっともないところ見せちゃったな」

「……」

「正直今も気持ちの整理ついてない。けど、これ以上変なところ見せたくないし……解散しようか、そろそろ」


 私が何か答える前にもう、秋水は椅子から立ち上がりこちらに背を向けてしまった。


「か、神澤……君……」

「今まで、本当に……ありがとう」

「こちらこそ……「それじゃあ」


 私の返事を遮り、さっさとどこかへ歩き出す秋水。

 多分もう限界だったんだと思う。この場にいるのが。


(……)


 そそくさと立ち去る彼の後ろ姿から、キラキラと輝く透明な雫が風に乗って滑り落ちていった。







 もやっとした気持ちのまま……いつの間にか教室に戻ってきていた。


 シーンがカットされた訳じゃない。ちゃんと歩いてきたのはなんとなく覚えている。


 心ここに在らずなまま、あの場所からふらふら歩き続けて……ここに戻ってきたらしい。


(……)


 やっぱり……断るのって、つらい。

 これが自分のためだけにやってると思うと、尚更つらい。




 こんな結末になるだろう事は知ってたし、もうすでに二人分済んでいる。


 どちらかというと大人っぽいタイプの彼らだから、気を遣って……あるいは本人の性格なのかもしれないけど……感情をそこまで出してはこなかった。


 でも、表に出さなかったってだけで……

 彼らだって本当はきっと……


(……)



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