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その差、一回り以上  作者: あさぎ
泣いても怒っても最後
173/188

31-1.バレンタイン

 


 目覚めたら放課後だった。


 真っ白な窓の外、でもやたら熱気がこもってる室内。


 もうとっくに帰って良いはずなのにほぼ全員残っていて……


 なかなか帰らないクラスメイト達、やけにそわそわしたその雰囲気……


(この感じ、見覚えがあるぞ?)




 どう考えてもあれだ、バレンタインだ。

 しかも高校生活最後の。


(と、とうとう来てしまった……この日が……!)


 カバンの中を漁ると、綺麗にラッピングされた『例のブツ』が入っていた。

 準備した記憶なんて、今回ももちろんない。


(うわぁ……これ、やっぱりきちんと五人分用意されてる感じ?うわぁ……)


 一人残らずちゃんと渡せって事ですか。さいですか。


(って……あれ?)


 よくよく見ると、五つ積み重なった下に何やら一際気合の入ったラッピングが一つ。

 他は金の針金で括ってるだけなのに、これ一つだけリボンが付いていて明らかに気合い入ってる。


 他のを掻き分け掻き分け、引っ張り出してみると……


(……?)


 可愛いハート模様の袋の中に、何かが入っているシルエットが見える。

 でも、他と違ってチョコじゃなさそう……?


 そーっと触ってみる。もにもに、もにもに。


 なんだかかなり柔らかい感じ。

 あんまり弄ると崩れちゃいそうだからこの辺で止めとくけど……これなんだろ?


(なんかすごくふかふか……ガトーショコラとかかな?)


 一個余分にガトーショコラが入ってるって事か、チョコの他に。


 って事はこれ……つまり……


(本命用だこれ〜?!)


 前回は義理も本命もチョコだったけど、今回は物を変えてきた……!

 露骨に差をつけてきた……!本気度が前とは桁違い……!




 って……いやいやいや、駄目だって!渡せる訳ないじゃん!


 よし、これは後で処分しよう……ってか自分で食べちゃおう。

 これは流石に危険すぎる、うん。







「はい!早乙女君!」


 ちょうど早速、席の近くにいた歩君に義理チョコを渡してみる。


 はい、ど〜ぞ。味は知らんけど。


「お〜!ありが……」

「……」

「とう……」


 なんだかものすごい嫌そうな顔をしている。

 そう露骨に嫌がらんでも……


「あ……あれ?チョコ、いらない?」

「……ありがと」


 顔といい、声のトーンといい、周りのオーラといい……露骨に嫌悪感を出してくる。


「これさ……義理、だよな?」

「え?何が?」


 え〜、なんのこと〜?七崎分かんな〜い。


 そうしらばっくれようとした私に、彼は皆まで言うなと言わんばかりに大きくため息をついた。


「はぁ……結局、最後までこれか」

「……」

「って事は、あれだろ?」

「あれって?」

「他の男に渡したんだろ……本命のやつ」

「えっ?!違っ、その……違くて!」

「……」


 こちらを見つめてくる、疑いの視線。


「いや、ほんとに違うんだって。そうじゃなくて……」


 本命用なんて誰にも渡す気ないんだってば、ほんとに。


「……いい、もういい」


 これ以上話を聞くつもりはない、彼の態度がそう言っている。


「じゃあな」


 一言冷たく言い放つと、スタスタとどこかへ去ってしまった。


(歩君……)




 ふと、このタイミングで窓の外をぼーっと眺めている彼がちょうど視界に入った。


(うっ。『次』が待ってらっしゃる……)


 ものすごくもやもやするけど、イベントは待っててくれないようで。

 今の事は正直すごく気になるけど、これ以上彼一人に時間を割く訳にもいかない……


(仕方ない、ここは心を鬼にしてビジネスライクで行くしか……)


 気を取り直し、秋水の肩をトントン叩いてみる。


「……神澤君」

「……」


 渋々といった感じで振り向く秋水に、チョコを突き出す。


「はい、これ!」

「は?」


 突っぱねるようなセリフ、そしてキッツい顔……


(……!しまった!)


 去年の今頃の、あの出来事が脳裏にフラッシュバックしてくる。


 そうだ。しまった……こうして渡しても、彼の場合は簡単に受け取れない事情があるんだった。


 また、あの変な『お芝居』が始まってしまう……


「あ、あ……えと、ごめんなさい……」

「……」


 案の定、返事はない。


(わ〜!やっぱり〜!)




 まだ彼からのリアクションがないのをいい事に、横目で辺りをチラチラ観察してみる。


 うまくいったのか、なんとなく甘い空気の二人組もいれば……気まずそうに一人コソコソと帰り支度を進める人がいたり。

 振られちゃったのかな?


 他には……振られたらしく本気でボロ泣きする女子と、ティッシュ片手にそれを一生懸命慰めてる男子のペアが。

 それが教室に1組……いや、2組いる。優しいね、君達。


(こうしてまた違う恋が始まっちゃったりする訳で……むふふ……)


 おっと。あんまり見てるとニヤニヤしてきちゃう、やめとこやめとこ。

 目の前の彼、まだ険しい顔してるから。


(あれ?)


 ふとここで気づいた。去年の二人組の姿が見当たらない。

 前回あれほどジロジロ見てきたのに。




「……あの人たちなら、いないよ」

「いないの?」

「二人とも、先生のところ行って面談受けてるよ」

「面談?」

「噂だと、試験ボロボロで志望校全滅だって……バチが当たったんだよ」


 あ〜、結果が振るわなかったか……それ、地味にピンチなやつじゃん。


「だから、候補を一から考え直さなきゃいけないんだってさ」

「なんか大変だね……」

「まぁ、それはいいんだけど」


 何か言いたげに、ふんす!と鼻を鳴らす秋水。


 うんうん、可愛いね……じゃなかった、え?駄目?やっぱり君も義理チョコは駄目?


「え、えっと……いらない……感じ?」

「……」


 む、無視……


「あ、そっか!そういや手作りチョコ嫌いだっけ?ごめんごめん!」


 前回そんな事言ってた気がする。人前だと受け取れないって。


「あっ……だ、だよね!こんなの渡されても、だよね!」

「……」

「毎年処分に困ってるんだったね!ごめん、やっぱこれ自分で食べるわ!」


 ちょっとそろそろ泣きそう。これじゃ、独り言だ。


「私、チョコ大好きだし!」

「……」

「三度の飯より好きだし!小さい頃、大袋の一口チョコ一人で食べ切ってお腹壊した事あるし!」

「……」

「駄菓子屋の前で、買ったばっかの◯ーブルチョコの蓋開け失敗して、全部排水溝に落とした事あるよ!」

「……」

「たまにアレ、蓋がめっちゃ固い時あるのよ!」


 ちょっと何言ってるか分かんない感じに。

 七崎、大変動揺しております……


「まじ大好きだから!だから、大丈夫!イエー!」

「……」

「むしろ自分で食べれて嬉しいわ!あははは!」

「……」

「あは、あはは……」

「……」


 嫌な空気に変な汗がじわじわと……




「……着いてきて」

「へ?」


 あまりに唐突過ぎて、聞き逃すところだった。


「え、着いてきてって?」

「……」


 無言で教室のドアへ向かって歩き出した秋水。


「え、ちょ、待っ……どこへ?!」

「……」

「ねぇ、どこ行くの?待って……待ってってば!」


 ようやく振り返ったと思ったら、嫌そうな顔レベル100がそこにあった。


 レベルカンストおめでとう!全く嬉しくないけど!


(あっこれ、『どうしても言わなきゃ駄目?』の顔だ……)


 これで分かっちゃう私も多分レベル100。




「……体育館裏」


(わ〜お!)


 体育館裏……!それって絶対あれじゃん!どう考えてもあれじゃん!


(やっぱり!とうとう来たか……この時が!)


「……って、あれ?もういない……」


 心の中で突っ込みを入れてたら、もう姿がない。


 まぁ体育館の位置はゲームで履修済みだから、一人でも全然行けるけど……


 謎のブーストかかってない?突然のターボ秋水やめて?


「遅い!」


 不意にひょこっと教室のドアの向こうから、生首が。


「はいは〜い、今行く〜」


 今ので、こっちがあんまり乗り気じゃないのうっすらバレてそうだな。やだな〜。



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