30-3.嫌な感じ
(変わる事は悪い事……)
なんだか、胸騒ぎがする。
今のは肯定するべきじゃなかったんじゃないかって。
だからって、でも今ここで反論したってきっと説得できない……
なんとなく違う気がするってだけで、なんの根拠もないから。
だけど……そうだとはいえこのまま行ったら何か悪い事が起きる、そんな気がして……
(……)
なんだか落ち着かなくて、コップに残ったココアを一気に飲み干す。
「ぷはぁっ……!」
「おお〜、いい飲みっぷり」
(飲みっぷり?)
口の周りにココアべっとりついてただろうけど、いつものような『汚なっ!』とかそういったリアクションはなかった。
というか、むしろなぜか褒められてしまった。
(……?)
「おいしかったな、ココア。めっちゃ濃厚でココアの味がしっかりしてた」
「あ〜……うん」
「屋台だからって舐めてたわ俺。もっと水っぽくてうっすいのかと思ってた」
「う……うん」
「なんだよその微妙なリアクション」
「いや……そこまで褒めるなんて珍しいなって思って」
「いいじゃん、おいしかったんだからさ」
屋台のココアまで褒め出すとか……普段とテンションがまるで違う。
どうやら相当ご機嫌のようだ。
心のざわつきを誤魔化そうと、ココアをまた飲もうとしたけど……
(あ、空っぽ……)
「もう無いって。今さっき飲み干したばっかだろ?」
「あはは……うっかりしてたわ」
「超うまかったもんな。無限に飲めるよなアレ」
「そ、そうだね」
バサバサバサ!
「うわっ?!」「うおっ?!」
私達のすぐ脇で、なにやらいきなり羽ばたく音が。
音の方に振り向くのとほぼ同時に、白い鳩が一羽どこかへ飛び去っていった。
それまで全然気づいてなかったけど、ついさっきまで足元近くにいたらしい。
「今の見た?!超真っ白!綺麗過ぎて作り物かと思った!」
とうとう鳩まで褒め出す始末。
「そうだね、綺麗な鳩だったね」
「あんなのテレビでしか見た事ないよ俺!やば!」
確かに突然過ぎてあんまりよく見えなかったけど、羽の先まで綺麗に真っ白な鳩だった。
鳩といえばグレーだったり黒とか白の模様が入ってたりとかするけど……白い部分が多いとかじゃなくて本当に隅から隅まで純白、真っ白だった。
「なんだろ、突然変異かな?」
目の色まで見れなかったけど、もしかしたらアルビノなのかも。
「え?そういう種類じゃねぇの?マジックとかで使うやつ……」
「あ〜そっか。あれか」
あの帽子とかから飛び出てくるやつ。
「そうそう。それにさ……だって、アルビノだとしたら可哀想だろ?」
「可哀想?」
「だってさ、運悪く『変わってしまった』可哀想な奴って事じゃん?」
ああ、また『変わる』話……
(良いか悪いかはさておき、本当に嫌いなんだなぁ)
「そう……だね」
「だろだろ〜?」
頷く私に、とても満足そうな彼。
「……あ!」
「え?」
「でもよく考えたら、白い鳩ってさ」
「うん」
「なんか……神社っぽくて良いな」
「へ?」
「ほら、縁起が良いって言うじゃん」
「ああ……確かに。じゃあ、この後良いことあるかなぁ」
確かにそうかも、今のは新年早々良いスタートかもしれない。
白い鳩、平和とか幸運の象徴って言うし。
あとほら、神様の使いとか……
(神様の……使い……?)
神様って……まさか。あの、神様……?
「……」
「なんだよもう、すぐ黙る〜」
監視つけてるって……まさか、これの事?
(いやいや、こんな分かりやすく?こんな堂々やる?)
「そんな、さっきの場所ガン見したって……いねぇよ、鳩」
突然黙り込んだ理由が、またなんか勝手に出来上がっていた。
そんなつもりはなかったけど、ありがたく便乗しておく。
「あはは、駄目か〜。もう一度くらい拝めないかなって思ったんだけどなぁ」
「ほんと、がめつい奴」
「それより……おみくじ行かない?」
だって、大吉のチャンス到来って訳じゃん?
そんなんやるしかないじゃん?
ビッグウェーブに乗るしかないじゃん?アゼルバイジャン?
「良いのか?それで今年分の運使い果たすかもしれねぇぜ?」
「うっ……!」
た、確かに……!
「やっぱやめとこ!」
「判断クソ早っ」
ふわり、と目の前に白い何かが落ちてきた。
(あ、またこれ……)
「どうした静……あ?なんだこれ」
「羽……かな?」
「羽ぇ?」
「うん、もしかしたらさっきの鳩の……」
歩君はその場にしゃがむと、まだ地面に届かずふわふわと漂うそれを片手で摘み上げた。
「お〜。ほんとに真っ白だ」
「わ、キレ〜」
日の光を受けて銀色にキラキラ光るそれは……場所のせいか、なんとも神々しく見えた。
「……痛っ?!」
ふわっと宙に放り出されたその羽根。
「早乙女君?!」
「なんか……なんか刺さったんだけど?!」
「刺さった……えっ、何?棘?」
(羽に……棘?)
別に何もしてない。彼はただ摘んで持っていただけ……
「ってぇ〜。ああ、びっくりした〜」
脱力した手のひらを下に向け、しきりに振っている。結構痛そう。
「え、大丈夫?」
「ああ、今は大丈夫。なんだったんだありゃ」
「何があったの?」
「急になんかビリって来たんだ。まじ痛かったわ〜、電気でも流れてんのかと思った」
「なんだろ、なんかのおふざけグッズかな?」
罰ゲーム用の、あのビリビリ系おもちゃとか。
(でも、羽って……珍しいなぁ)
あ、ここで意識がふわふわと……
終わりのあの感じが来てる……
「分かんねぇけど……なんか、不吉だな。幸運と不運が同時に来るとか……」
「そうだね……」
「さっさと帰ろっか。これ以上変な事が起きないように……」
(あ……)
また羽が一枚、ひらひらとどこかから飛んできた。
「せっかく乗りに乗ってる運気がさ……」
しばらく空中を漂っていた羽は、やがて彼の手の甲の上に……
「これ以上『変わらない』ように……痛っ!」
すごい勢いで振り落とされ、またその一枚もふわふわと宙を舞う。
(また……)
今ので確信した。これは多分……
「なんだよこれ!ほんと腹立つ!」
「……」
「なんかのイタズラか?!こんなもん!」
理不尽で唐突な痛み。
怒りと疑問でいっぱいの彼は、それを再度手に取ろうとしている……不信感を解決するために。
「早乙女君!」
「え?」
ならば、触っちゃ駄目だ。
また触れたらきっと……罰しようとしてくる。さっきの発言に対して。
きっと彼を痛めつけ、反省を促そうとしてくる……
「それ、触っちゃ駄目」
「何が?」
ああ、私の言葉を無視して……その手が下へ……
「だ……駄目!早乙女君、それは……!」
(あっ)
彼がもう一度羽に触れると同時に、私の意識は途切れた。




