30-1.寒い冬にホッと一口
「……初詣、行かね?」
歩君にそう誘われて、今年は二人で一緒に行くことに。
いや、他のキャラとかち合う可能性はもちろんあるけど……もう最後だし。
あといくつぐらいイベントがあるのか知らないけど、時期的にもうそんなに無いはず。
そんな、あと数回っていうなら……もう、彼らの望み通りでいいやって。
(とか言いつつ、これまでも流されまくりでほとんどまともに断れてなかったけど……あはは……)
時期的に、おい受験はどうした!って感じだけど……どうせいつものやつだろう。
本来のシナリオとしても、試験とか合格発表とかそういったイベントは一切無かった記憶があるから……
勉強系のイベントはもう、あの訳分かんない二者面談で終了って事なんだろう。
パラメータ上げるタイプのゲームだったら、きっとこうも行かなかったんだろうけど、そこはありがたいかも。
(なにせ私、一回もまともに勉強してないもんなぁ)
この状態で試験なんてしちゃったら……うん。お察しの通り。
神聖な雰囲気の中にふんわりと漂う、甘〜い香り……
「甘っ。なんだ、チョコか……?」
「チョコバナナかな?あるいはなんかのチョコクリーム?」
「それにしてはなんかすげぇ匂うけど……」
辺り一帯に充満していて……何かのトッピングとかそういう系じゃなさそう。
ただのチョコにしては、かなり匂い強め。
「……あ!あれ!」
不意に指差したその先には、屋台があった。
「え?『甘酒』って書いてあるけど……?」
ふわふわと湯気が出てる大きな鍋の脇で……あまり客が来ないのか、気怠そうな金髪のお姉さんがパイプ椅子に座ってスマホを弄っている。
キ◯ィちゃん柄のスマホに、黒いパーカー着てタバコ吸ってて……
そんなの完全にこっちの偏見なのは分かってる、分かってるけど……なかなか勇気がいる感じの……
(あ!)
屋台の屋根の部分、でかでかと『甘酒』の文字があるその脇に……幅広の黒ペンで小さくコチョコチョっと書かれた『ココアあります❤︎』の文字が……
(いやいや!よ〜く見ないと分かんないって、そんなの!)
「お〜、ココアあんじゃん。じゃあ俺ココア」
「あ、買う?」
「飲みながら歩こ」
「お〜」
じゃあ私もココアで。
「めっちゃ普通だったな」
「めっちゃ普通だったね」
書く事ないってくらい普通の人で、普通の屋台だった。
ヤンキーとか怖い人なんじゃないかってめちゃくちゃ緊張して頼んだけど、見た目によらず対応が普通過ぎて……むしろ空回りしちゃったくらい。
「なんだよ、『ふとつ』って」
「もう!忘れてよ!」
「『あ、あの……ココアをふとつ、あっ二つです!アッアッ、ハイ〜↑!二つでお願いします!』」
「声真似しないの!でも、それを言うなら早乙女君そもそも話しかけられなかったじゃん!」
「違ぇよ、お前に譲ったんだよ」
「嘘つけ!直前まで『やっぱやめとく?別んとこにする?』って、何度も耳打ちしてきたくせに!」
「違う!俺はあくまでお前に譲ったんであって……!」
このタイミングで鼻を掠める甘い香り。
「……ココア冷めちゃうし、一時休戦にしようか」
「だな」
それはいたってよくある市販のココアだった。
そこまですごく美味しいわけでもなく良くも悪くも予想通りの味だけど、なんだかホッとする味でもあり。
でもって、今みたいに冬の寒い時に……しかも外で飲む温かい飲み物って、普段よりも何倍も美味しく感じるもので。
「うんま〜❤︎」
今の一瞬であっさりと冬の美味しい飲み物上位にランクインしてしまった。
ちなみに一位はやっぱり甘酒。不動の一位。
あ……もちろん私の中で、だけど。
「やっぱ……冬はココアだな」
お、ココア派かい?
「いやいや〜、そこは甘酒でしょ」
「ココア飲んでんじゃん」
「なんとなく気が向いただけ」
「じゃあその残り、俺もらおうか?」
「やだ」
「ほら」
「あ……もしかして、甘酒飲めないとか?」
「話変えんな」
「で?どうなの?」
「飲めなくはねぇけど……そこまで好きじゃない」
「へ〜。美味しいのになぁ」
「臭い」
「えっ」
「酒臭ぇんだもん」
「あ〜。お酒の匂いが駄目なのかぁ」
じゃあ、あれかな?魚の粕漬けとか、漬物とかも駄目なのかな。
美味しいんだけどな……残念。
「……」
「あれ?……早乙女君?」
あれ?露骨になんか……表情が暗く……
「今、子供っぽいって思ったろ?」
(あっ……!)
やば、地雷踏んだ。
超久々過ぎて頭からすっかり抜けてた……
「ち……違うって」
「……」
「そんなつもりじゃないってば」
ノー返事。
超久しぶりの拗ね拗ねモードだ。
「ほ、ほら。別に、甘酒苦手な人なんて大人でも普通にいるしさ……」
「……」
む、まずい。なんだかどんどん険悪な感じに……
「ええっと……逆にさ、なんで駄目なの?」
「……何が?」
(ひぇっ)
突き刺すような鋭い視線に内心ビビりまくりながらも、話を続ける。
「えっ、だ、だから……『子供っぽい』って駄目?」
「……」
「素直な人、って事じゃない。つまりは」
「それ、俺に説明させる気?」
オオゥ、切れ味鋭〜い。
柔らかいトマトも潰さずスパッと……なんて、ふざけてる場合じゃないか。
「俺自身、未熟なのは分かってる」
「……」
「でも……だからって、どうしたらいいんだよ?方法、無いじゃん」
「で、でもほら……頑張れば……」
「どう頑張るんだよ?」
私の声を途中で遮る、怒気を孕んだ声。
「いや、えと……それは……」
「何をどう頑張れって言うんだよ」
「……」
「そもそも静音、そう言うタイプだっけ?」
「つい最近、他の人も色々頑張ってるって話聞いたところだったから……つい……」
(あっ)
言わなきゃ良かったと後悔するも、時すでに遅し。
「他の人?」
「え、えっと……もうすぐ卒業だし、高校生活悔いのないようにしたいじゃん?」
「……」
「あ、ええと……別に無理に頑張れとは言わないけど……ほんとについ最近そんな感じの話聞いたからさ」
「へぇ……どうりで静音の周りが騒々しい訳だ」
「周り?」
ゾゾゾっと鳥肌が立った。
やっぱり見られてるんだ、私の周囲。
見られてるというか、監視というか。
どこでどうやって見てるのか知らない。
けど、ともかく私の身の回りの状況は私以上に把握されているって訳で……
(ちゃんと帰れる、よね……?これ……)
「ああいや、今のは俺の独り言」
「そっか〜」
これ以上に上の空な言い方はないんじゃないかってくらいの、全く気持ちのない『そっか〜』が口から溢れ落ちていった。
告白は全員断るつもり。それは変わらない。
唯もいっちーも、あっさり引いてくれた。
この彼を除いた他二人も、多分そんな感じ。どう転んでも大丈夫という意味で安心している。
でも、唯一この彼……歩君だけは違う。
自分が振られたっていう状況を、受け入れてくれるイメージが湧かない……
っていうか多分無理……おそらくこの彼は受け入れられない。
(う、う〜ん……)
この、想像だけでゲンナリするような重さ。
少なくともすんなり帰らせてもらえそうにはない。
あの爺さん、もとい神様は寝てる。やる事がなくなったからと。
つまり、この彼もどうにかなるだろうと踏んでるんだろうけど……
(でも、どうやって?)
どう説明したって、納得はしないだろう。
むしろ逆上して収拾つかなくなるまである。
……まさか。
(まさか、歩君が『迷い人』って事……?)
可能性はそりゃ、ゼロじゃないけど……