28-3.結局誰だったんだ
さっきから心臓の辺りが変にゾワゾワしている。
そこまで危険信号というほどじゃないけど……
なんか得体の知れないなにかを見ているような、そんな気味悪さ……
「そうですね、やめておきましょう。理解できないもの話をするのは、精神に大きな負荷がかかりますから」
「……」
「またここであなたの精神負荷が限界値を超えてしまったら、帰還が難しくなってしまいますから。ここはやめておく事にします」
「……」
「ともかく、私が……我々が言いたいのは……あなたのこれまでの行いは正しかったという事」
「は、はぁ……」
そうですか。
何やら褒められてるらしい。よく分かんないけど。
「そしてこの紙は……それをあなたに伝えるためのもの……」
「何もしてないけどな、私」
「ええ。ですが、むしろそれが正解だったという訳です」
(な〜んかこれ、前にも同じ話聞いたぞ?)
そんなに大事な事なのかな、それ。
たまたま褒めてくれただけかと思ってたけど……
こう何度も言われると……う〜ん。
「それで?」
「と言いますと?」
「あなた、何が言いたいの?ただ『お疲れ様』ってだけじゃないでしょ?」
日がだんだん暮れてきて、床の影がだいぶ伸びてきていた。
椅子に机、そして私とこの先生の二人分の影が……
(ん?)
あれ?この影、誰のだ?
私と向き合って座る、長髪の人の影。
座ってても分かるようなボリューム感の、腰の辺りまであるさらさらのストレートヘア……
でも、実際目の前にいるのは頭が涼しげなお爺ちゃん。
位置的にも見た目的にも、これは私じゃないし……
そもそも先生は……何度も言うけど髪の毛が……だし、何かと重なって見えてるとか?
(でもそんな物周りに無いし、そうには見えないけど……)
「流石、察しが良い……そうです。一つだけ注意というか、忠告がありまして」
「忠告?」
「彼らの背中には、あまり触れないでいただきたい」
背中?
「え、いや……もう結構触っちゃってない?唯とか……」
「厳密にいうともっと上の方……肩甲骨の辺り」
「肩甲骨……でも、これなんの忠告?」
「そこに、傷跡があるのです。人間の姿に変える際にできた、大きな傷が……」
「傷……」
あれ……?
なんかどっかで、肩甲骨の話をしたような……?あれ?
「おそらくもうほぼ治りかけている……触れても痛む事はないでしょう。しかし、刺激を与える事で記憶を取り戻してしまう可能性があるのです」
「記憶?」
「今は贖罪に集中させるために、今の姿になる前の彼らの記憶を封じている……でも、その出来事と関連する箇所に触れることで、何か思い出してしまう危険性がある」
「……」
「もしそこでまた、その……『悪い行い』をしてしまったら……その者の合格は取り消され、今の生活をもう一周やらねばならなくなってしまうのです」
『悪い行い』と言う前に一瞬口籠ると言うか、躊躇っているのが見えた。
あんまり人に言えないような事なのかな。
「……なので、可能性な限り避けていただきたい」
「ええ〜、なんで今更そんな事……たくさん触っちゃったよもう」
「少しならいいのです、少しだけなら」
めっちゃアバウトな。
いや、少しって。どのくらいだよ。
「うっかり触れてしまった程度なら、セーフ。問題はありません」
「なんだそれ」
「普通に生活している分には問題ないはずです。自分から触ろうとしない限りは」
「よく分かんないけど、とにかくベタベタ触らないようにしろって事?」
「あなたは関係ないと言ってしまえばそうですが、彼らのためにも……どうかご協力ください」
「……わ、分かったよ」
彼らのためって言われて断れない女、七崎。
だ、だって〜……
(ん?)
また視界の端に白い物が。
(なにあれ?羽?)
でも、瞬きをしたらやっぱり消えた。
(あれ?)
これもまた、見間違い……?でも二回も?
「これで、今回のイベントは終わりとなります」
「え?歩君達が合格したって伝えに来ただけ?」
「はい、そうです。本来であれば、攻略対象達の成績や進路を確認するイベントですが……我々で書き換えさせていただきました」
進路かぁ。
いや、確かにこの世界から出ていく訳だし……今更どうでもいいっちゃどうでもいいけど……
歩君が卒業できるかだけは知りたかった……かも。
「卒業できますよ」
だ、か、ら!心の声を勝手に読むなと!
「あなたはもうすぐ本来の世界に帰ってしまう。ですから、進路を知るより結果を知る方が大事かと思いまして」
そっすか。
個人的にはそれよりさっきのスピリチュアル的な謎の話が、意味深で気持ち悪いんですが。
「あれは……まぁ、理解できずとも帰還に支障は出ないでしょう」
だからさぁ!
「ですが……せっかくですし、何か聞きたいことがあればお答えしましょう。何かありますか?」
「聞きたい事?」
「ええ」
「なんでも、なんでも……う〜ん……」
最後に質問は?って聞かれて思いつかないタイプ、それが私。
「……はは、そんな急に言われてもって感じですね」
うん、駄目だよ急は。前もって言ってよ。
「そうですか……」
「……」
「さて……では、そろそろ時間も来た事ですし」
見た目はあの担任の先生そのもの。
でも、今の話はまるで異世界の住人のよう……
「さぁ、次の話へ行きましょう。帰るのが遅くなってしまいますから」
あ、視界がぼやけてきた。
いつもの、終わりの感じ。
「あなたは……あの先生なの?」
「いいえ。少しばかり彼の体を拝借しているだけです」
「って事は、その……中身は別の誰かって事……?」
「おお、よくお分かりで」
で。
それは分かったけど。
分かったんだけど……
(で、結局……誰……?)
「ふふっ。それは秘密です」
だから!最後まで心の中読むなって!
「ではでは、おやすみなさい」
「そんな……軽い、ノリで……」
これでもはっきり喋ってるつもりなんだけど、毎度のことながら声が途切れ途切れに……
「軽いノリ?」
「アトラク、ション……の……スタッ、フ……みたいな……」
「ふふっ、最後に面白い事言いますね。あなたは本当に……」
「……」
「おや?意識が完全に飛んでしまいましたか」
「完全な理解は難しいようでしたが……でも、少しでもあなたにお伝えできてよかったです」
「シナリオの変異、自我の芽生え……一時はどうなる事やらと思いましたが、あなたは我々の想定以上にだった」
「あなたと私は別世界の者同士……もうこの先、お会いできる事はきっとないでしょう」
「人間とこうして直接話をするのはもう、何百年ぶりでしょうか……なかなか楽しく有意義な時間を過ごせました、ありがとうございます」
「では、さようなら……」




