27-2.すっごく怖がりな
「……ははっ」
返ってきたのは苦笑いだった。否定ではなかった。
「そこまで分かっちゃうなんて、流石だな……あはは」
そう言って弱々しく笑う彼の表情には……どこか諦めのようなものが浮かんでいた。
「……」
「……」
(あ……終わっちゃった)
終わっちゃったというか、終わらせちゃったんだけども。
今回のイベント会話も。
二人の関係も。
(終わりにしちゃった……私……)
「……」
「……」
「そうだな。いつもならここまでだったけど……」
「……!」
「今日はやっぱり、もうちょっと頑張ってみようかな」
終わったと思いきや、まだ会話は続くらしい。
「今回は……諦めたくないんだ。どうしても……」
さっきまでヘラヘラしてた顔が、急にキリッと引き締まっていき……
「ねぇ、静音ちゃん」
本気の彼が、そこにいた。
「……」
「……」
さっきまであれほど強気だったのに、今の自分はかなり怯えてる。
怖いのか?と聞かれたら……多分、ちょっとだけ怖い。
いつもと彼の雰囲気が全然違うから。
でも、それ以上に強い何かが……よく分からない何かが……
(怖い……!)
それは彼とのストーリーが終わってしまうって事……それに対してのもの。
得体の知れない感情が、ざわざわざわざわ混ざり合って……胃の中で洪水が起きている。
本来ならそれを言うなら胸の中なんだろうけど、なんか違う……これはどちらかというと胸焼けだ。
胃の中で謎の冷たい液体がバシャバシャと……流れが激しすぎて、今ちょっとだけ吐きそうなくらい。
怖いというか、寂しいというか、悲しいというか、苦しいというか……なんなんだこれ。
今さっき挙げたそれら、全部合ってる。
正解なんだけど……でもそれだけじゃ不正解。他にまだたくさん……何かがある。
自分でも認識しきれないほどの、何かが。
うまくまとめきれない、この気持ち。
もはや気持ちなのかも分からないくらいの情報の洪水。
唯一分かるのは、さっき無意識に発した心の声『怖い』は……おそらくその全てに対してのもの……
「静音ちゃん……あのね、」
「うん……っ、けほっ!」
声を出すだけのつもりが、唾を変に飲み込み蒸せてしまった。
「あ、大丈夫?」
「……」
これ以上喋ると、緊張のあまりおそらく変な空気になる……会話が止まってしまう。
『いつもの感じ』が戻ってきてしまう。
「……」
「……」
ああ、ほら。唯、すごく不自然な目の動きしてる。
斜め上見たり斜め下見たり……多分悩んでる。
『いつもの感じ』に戻って……また『いつも』みたいに楽な方向に進むか、否か。
彼の場合、いつもその『いつもの感じ』ではっきりした答えは避けてきた。
フワフワさせつつ匂わせるだけの姿勢を保ってきた。
普段ならこのまま彼のお得意の流れに進むんだろうけど、今は……きっと……
だから、私は無言で頷いた。
何に対しての肯定なのか側から見たら意味不明だけど、彼にはおそらく通じるはず。
わざとその直後、真っ直ぐ彼の方を向いて目をじっと見つめるっていう『合図』もして……
「俺……さ。静音ちゃんの事が……好き、なんだ」
命運のかかった大勝負をしているという興奮と、やっと言えた嬉しさ。
今、彼の頬はふわっと赤みがかった鮮やかなピンク色に染まっている。
私もまた謎の高揚感に思わずハイタッチしそうになったけど……残念ながら今はそうじゃない。
(……それで、だ。観察してる場合じゃない、返事をしないと……)
別に嫌いな訳じゃない。イケメンだしめっちゃ眼福。
でも、断らなきゃいけない。
『迷い人』であろうもなかろうと……どのみち私には本来の世界が他にあって、そこに帰らなきゃなんだから。
(うだうだ言って変に勘違いさせちゃっても嫌だし、ここはシンプルに……!)
「え、えっと……」
「……」
「その……!ご、ごめん、なさい……!」
「あはっ。駄目だったか〜」
声は明るいけど……
「ほんと、ごめんね……」
「いいよいいよ!慣れてるし!」
それは真っ赤な嘘。そんなことはない。
告白したのが初めてなんだから、断られたのだってこれが初めてなはずだ。
「あははっ、恥ずかし〜!俺ってば勘違いしてたわ!」
「……」
「やべ〜!調子乗ってたわ〜!恥ずっ!」
変なテンションな上に、ひっくり返ったり掠れたり変な声。
顔も泣きそうなのを無理やり力入れて誤魔化してて……これまた変な顔。
「あはっ、なんかごめんね!じゃ、じゃあ、帰ろっか!」
「……待って」
あっ。
「……え?」
つい、『待って』って言っちゃった〜!わ〜ん私の馬鹿〜!
口癖で、口が勝手に動いちゃった〜!
びっくりした時とかさ、よく言うじゃん!『待って!』って!
尊過ぎる場面見て、『待って!無理!』みたいな!
そんなノリで出ちゃった!わ〜ん!
「静音……ちゃん?」
ひぃぃ!違うんです違うんです!
ほんとは何も言う事ないんです〜!
「あ、えと……」
(な……なんか!なんか言わねば……!)
「えっと、その……今の、別に唯自身が嫌いな訳じゃなくて……」
うわ〜!混乱して変な話し出した!
喋ってんの自分だけど!自分だけど我ながら変な話の膨らませ方〜!
「え?え?どういう事?」
ほら〜!唯めっちゃ困ってんじゃん!
「え……その……今の唯、すごいと思う」
「すごい……?」
「嫌な自分をきちんと理解してて、しかもなりたい風に変えて……さらに今、ちゃんとはっきり想いを伝えられた」
「……」
とうとう無言になってしまった唯。
「それって……かなりすごい事だよ。普通の人にはそうそうできない」
「今のこの、唯の努力……きっと無駄にはならないと思う」
「むしろきっと、この後いつか……私よりもっとずっとレベルの高い、素敵な人に会えるよ。私なんか霞んじゃうくらいの、すごい人に」
いや、ほんとに。
ここまで必死に努力したんだもん、報われなきゃおかしいって。
言うつもりはなかった言葉達だけど……嘘はついてない。
全部、本当の気持ちだ。
私の言葉が終わると同時に、唯は私の目を見てふにゃっと笑った。
「……そっか。ありがとう」
『いつもの顔』に極限まで近い……けどまだ微妙に違う、その表情。
これを初めて見たなら、嬉しそうに笑ってるなぁって思うだけで終わるんだろうけど……これまでずっと見てた身からしたら、違いは歴然だった。
そりゃそうだ。
何言ったって、結局振られてる事に変わりはないんだから……つらくない訳がない。
「いや……こちらこそ、ありがとう。そんなすごい人の好きな人になれて嬉しかった」
「あはっ、ほんと?そう言ってくれると嬉しいなぁ」
「うん、ほんとだよ」
「じゃあ、後でユウにも自慢しちゃおっかな」
調子が戻ってきたような口ぶりだけど……
「……」
「……」
ふとした瞬間に、表情がスッと暗くなって。
まるで笑顔という仮面が外れて、その下の彼本来の気持ちが出てきているような……そんな感じ。
でも、こちらの視線に気づくとまたスッと明るくなる。
「ん〜?なになに、見惚れちゃった〜?」
軽口も健在。
「もう、違うってば!」
お互いなんかちょっと口調にキレがないけど、あくまでいつも通りのフリを貫く。
もう、今日からいつも通りにはできないのはお互い分かってる。
分かってるからこその暗黙の了解だった。
「さてとっ!そんじゃ……こんなとこにずっといててもなんだし、帰ろっか?」
「うん!」
(あ……)
ここで終わりですか。さいですか。
「じゃ、乗った乗った!」
「はいは〜い」
意思が段々ふわふわしてきて……
(とうとう、唯を振っちゃった)
今更だけど、段々とその事実が現実味を帯びてきていて。
振った直後は特になんともなかったけど……今更なんだか胸の奥がモヤモヤし始めていた。
本当に振ってしまった後悔と、今後彼からのアタックがなくなる不安のような気持ちと、彼との別れの悲しさと、いつか二度とこうして会えなくなるんだっていう恐怖と……あと……
根本的なところはただをこねる子供と同じなんだと思う。
手に入らなくなったものを、後になって欲しがるような……手に入らないと確定したからこそ生じた気持ち。
そんなの駄目だって頭じゃ分かってるんだけど、心がいまいちついてこれてない。
体の一部を引き剥がされるかのような感覚がして……緊張してる訳でもないのに心臓が変にドクドクしている。
「……で、……ね?」
「……から、……」
「……の、……」
これをあと、四人分……また毎回こんな気持ちを味わう事になるのかな。
(もしそうなら、やだな……)
目の端が湿っぽく感じて、人差し指でゴシゴシ拭う。
(あ〜あ……)




