27-1.とってもずるくて
162話目にしてようやく一つのルートの終わりが……
鬱蒼とした木々の中……どこかから物寂しいひぐらしの声が聞こえる。
日差しは夏本番より気持ち控えめで、より一層寂しげな雰囲気を作っていた。
でも、肝心の気温はというと……まだそれなりに暑くて……
(汗が……止まらない……!)
今回はいきなり体中汗だくでのスタート。
ある意味最初からクライマックスだ。特に背中と胸元。
今すぐ拭きたい……なんならシャワー浴びたいくらいだけど……どうやらここは外、そういう訳にはいかないらしい。
(って、ここは……!)
ここは……知っている。
忘れるはずもない、初めてデートしたあの湖だ。
そして、今座っているベンチもまたあの時の場所。
「ふふっ、懐かしい?」
隣……私の右隣に座ってるのは、もちろん唯。
少し離れたところにあのバイクが停まっている……あの時みたいに、スマホをスタンドにつけて。
電話は鳴ってないけど。
「うん……懐かしいね」
「あはっ、ちゃんと覚えてくれてたんだ。嬉し〜」
側にある自販機からブーンと機械音がし出した……飲み物ぬるくなってきちゃったかな?
「んふふ〜」
なにやらニッコニコの唯。何か良い事でもあったのかな。
「どうしたの?そんなニコニコして」
「んふふふ〜」
「え〜、なによぉ」
「あのね〜静音ちゃんと会ってから、俺……毎日が幸せなんだ」
「え、なになに?またなんか人生変えちゃった?」
ふざけて言ったつもりが突っ込みはなかった。
というか、返事がなかった。
(アッアッ、言わなきゃよかった……)
コミュ障七崎、無事死亡。
「家の事とか、色々あって……殻に閉じこもってた俺を外に引っ張ってくれた。ほんと、感謝しかないよ」
今回イベント始まった時からやけにニコニコしてたから、ギャグ路線のお話かな?と思いきや……
表情とは裏腹に淡々と真面目な話が続いていく。
「……」
でもそのギャップがすごくて、なんだか落ち着かなくて。
気まずさのあまりチラッと彼の顔を見ると……ふにゃっとした笑顔が返ってくる。
「……」
「……」
あっ、また気を遣わせちゃった感じ?
「あっ、そうだ!」
「え?」
「俺、言うの忘れてた……家の事」
家の事?!なんかまたさらに……?!
「落ち着いてきたよ。おかげさまで」
「あ、ほんと?」
そっちかい!いや、嬉しいけど!
「うん。色々あってね……結局継がなくて良くなったんだ」
「おお!良かったね!」
良かった良かった。
あんな思い詰めるほど嫌だったんだもんね。回避できるならそれに越したことはない。
「でもね。こうなったのは……きっかけをくれたのは、静音ちゃんなんだよ」
「私?」
「うん」
急にまた真面目なトーンに。
「俺、ずっと殻にこもってて。問題の両親はもちろんだけど、味方まで拒否しちゃっててさ」
「……」
「薄々気づいてはいたよ、俺を助けてくれようとしてたの。でもずっと拒んでた……」
「……」
「けど、勇気出して助けてもらいに行ったら……めっちゃ楽になったわ」
「そうなんだ……」
「やっぱり一人じゃどうしようもできないし、変に意地張ってないでさっさと助けを求めるべきだったわ」
……って、あれ?なんか近づいてきてない?
(気のせい……?)
「だけど、そうやって人を頼ろうって思えるようになったの……静音ちゃんのおかげなんだよね」
「私?」
「うん。だって、ウダウダ悩みまくってるのカッコ悪いじゃん?」
「……」
「前に、うっかり喋っちゃった訳だけど……正直後悔してる。くっそダサいんだもん」
なんか、さっきから会話が進むにつれて唯との距離が縮んできてる気がする。
「それに……自分に余裕がなきゃ静音ちゃんに何かあった時、助けられないじゃん?そんなの、かっこ悪過ぎ」
微妙にほんのちょっとずつ、ジリジリと……体が近づいてきてる、ような……?
「ところで……」
「ん?」
「静音ちゃんは、さ……」
「……」
「好きな人とか、いるの?」
(あ……!)
膝同士がちょんと触れた。
ああ、やっぱり。確実にこっちに近づいてきてる……体と、顔が。
「あ、え、えっと?」
指に気を取られて聞き取れなかった。ごめん。
「いや、さ……好きな人、いるのかなって」
「好きな人?」
「うん」
近づいてきてるなぁと思いながら、彼の髪の毛が風で揺れるのに視線を集中して恥ずかしい気持ちを誤魔化してたけど……
「そ、そうね……」
とうとうここで、横に顔を逸らしてしまった。
駄目だった。
顔が良過ぎる。あと、めっちゃ良い匂い。
「静音ちゃん?」
「あ、ごめん」
私の顔の真横をスイーと赤とんぼが飛んでいく。
「好きな人は……いない、かな」
「そうなんだ」
「……」
「……」
ち、近い!近い近い!近いって!
もうこれあれじゃん!
キスする直前みたいじゃんこんなの!
(わ〜っ!わ〜っ!)
「静音ちゃんってば」
「……」
「お〜い?」
そっち見れないんだよ!なんて答えたら余計に恥ずかしいじゃん?
かといって無視もできないし……
(ううう……ど、どうしよう……)
もうこの先の展開は知ってる。
真面目に受け取った私が顔真っ赤になっていって、この後ふっといつも通りに戻った唯に笑われる……いつものあのパターン。
からかわれてるだけなんだ、今回も。
「静音ちゃん?」
できる事なら完全無視しちゃいたい……!
でも、なんか待ってるっぽい!駄目だ……!
(ひ〜、視線が!めっちゃ待ってる……!)
あ〜もう!分かった分かった!
もうこうなったら、せ〜の!で一度唯の方向こう!
んで、耐えきれなくなったらまた横向く!で、呼ばれたらまたそっち見る!
うん、それで行こう!
あれだ、ヒットアンドアウェイ戦法的な!(?)
(はい、せ〜のっ!)
「ああ、ごめんごめん。今ちょっと蜻蛉見……」
目の前に、唇。
そして、私の顔のすぐ横に意味ありげな彼の片手が浮いていて。
「て……た……」
その手は私の頬に触れるかどうかギリギリのところまで近づいてきて……
けど、あともう少しのところで突然ビクッと小さく震えたかと思ったらスーッと離れていった。
「……」
「……」
いや、違う。離れていったんじゃない。
今のは私が避けたんだ。
離れていった(ように見えた)のは、私が避けたから。
「……」
「……」
避けるつもりなんてなかった。
そもそもそこまで頭が回ってなかった。
けど、無意識のうちに体が勝手に避けていた。
ひぐらしはまだ鳴いている。
「……」
「……」
気にならないはずの沈黙も、今回ばかりは流石に気まずい。
唯は至近距離に座ったままそっぽを向いている……
あのゆるゆるふわふわな彼が、こんなはっきりとマイナスの感情を表すの……これが初めてかもしれない。
「……」
「……」
体の汗はいつの間にかすっかり引いていた。
……とかいって、自分を傍観できるレベルには案外落ち着いているようだ。
いつもと違う彼の雰囲気に内心動揺はしてる。
でも、冷静さもそれなりにまだあった。
カナカナカナカナ……
こうしている間にも、ひぐらしは必死に鳴き続けている。
切ない声振り絞ってワンフレーズ歌って、数秒息継ぎというか小休止して……
それでまた、必死に歌い出す……
「……」
「……」
もう何周目か分からない繰り返しのメロディの、これまた何度目か分からない合間のタイミングで……ゆっくりと唯の顔がこっちを向いた。
視線は合わせないまま。
会話をしようという意思なのはなんとなく分かった。
と同時に、私はあれを言おうと思った。
「もしかして」「あのさ、」
会話の始まりは二人同時だった。
「あっ、どうぞ」「いいよ、どうぞ」
「どうぞ」「そっちこそ」
「いいよいいよ」「どうぞ」
譲り合いの末、私から話すことに。
「ええと……あ、あの、今のさ……」
「……」
「キス、するつもりだった?」
「……うん」
(ああ、やっぱり……)
「今の、さ……」
ここまで喋っておいて……この先を言うべきか躊躇う気持ちが、私の口を重くしていた。
むしろ今の、なんで聞いた?ってくらい。自分史上かつてない、超強気発言だ。
自分から拒否っといて、それをさらにわざわざ掘り返してる訳だから。
こうやって強く出られる理由は、確信があるから。
なにせ前回がある……犯行未遂のあのイベントが。
今のこれは初めてじゃない、二度目。
だからって別に、聞いたところで意味は無い。
今の行為の意味がどうであろうと、私が元の世界に帰るって事に影響はない。
むしろ、曖昧に濁したまま帰るっていうのも手だ。
でも、ここで聞かないと……彼の場合、はっきりしないまま終わっちゃいそうだったから。
なんだかすごく後悔しそうな嫌な予感がしたから……聞くという選択をした。
こういうよく分からないタイミングで変な勇気があるタイプ、七崎。無鉄砲とも言うけど。
聞かないで、あ〜!あの時結局どうだったんだ〜?!ってなるよりは……
きっと、今こうして気まずい気分を味わった方がいい……
(きっと……多分そう、だから……)
「もしかして……怖い?」
彼の黄色い目がまん丸になった。
「え……」
「怖いの?断られるのが」
断られるのが怖くて、告白の言葉が言えない?
「……」
「……」
沈黙がやけに長く感じた。




