25-5-3.お姫様抱っこ再び
「いや〜、面白かったですね」
凹んだままエンドロールを迎え、そして心あらずのまま会場を出て……今ふと気づいたら、グッズ売り場の近くでなんとなく立っている。
これまでどういう流れだったとか、どんな会話したとか全然記憶にない。何をしたのかも全く。
とりあえずグッズ売り場の出口らへんにいるから、何か買った後っぽい。
それだけかろうじて分かった。
「……」
「先、輩……?」
心、ここにあらず。
「あの……先輩?」
ぽえ〜。
「先輩……?せ、先輩……っ!」
ぽえぽえ〜。
「せ、先輩!しっかりしてください……!」
ぽええ〜ん。
「ちょ……ちょっとすみません!少し、体触ります!」
「ほわっ?!」
(触る?!)
突然のびっくり発言で意識が無理矢理戻される。
(え?え?え?)
何かリアクションする間もなくガシッと掴まれ……あれよあれよという間に、私の腰は彼の胸元の高さにまで持ち上げられていて。
(えっこれ……まさか……)
密着する肌、すぐそばで聞こえる彼の鼓動、独特な浮遊感……
お姫様抱っこだな?これ。
唯の時以来久々の、お姫様抱っこ。
(え……そんな腕力あったんだ)
びっくりよりもまずそこである。
え、ほら、だって……
ちよちゃんって、腕結構細くて華奢だったはず……これだいぶ無理してない?大丈夫?
でも今は、体感的にすごい安定してる。
ほとんど揺れないし、手がプルプルしてるとかも無く。
力不足感は全然感じられなかった。
「あ、ご……ごめんなさい!正しい介抱の仕方、知らなくて……!」
あっ、なんかこれ……抱えてどこか連れていってくれる感じ?
っていうか、私いつの間に急病人になってる?
「ひとまずこれで!落ち着かないとは思いますが、しばらく我慢を……!」
(うおぉぉう?!)
いざ歩き出したら結構な振動で……これがなかなか揺れる揺れる。
そう思うと唯、かなり加減してたのね……かなり振動控えめだったもん。
(いやいやいや!比べるのは失礼だぞ七崎!)
と言いつつ、抱き方のホールド感というか安定感もやっぱり唯の方が上だなぁなんてまた思っちゃったりして。
ついつい唯の方に軍配が上がってしまう……
しっかし、人混みの中すごい体勢してるはずだけど……周りの人はというと無反応。
二、三人くらい振り向いた程度で、みんな涼しい顔して普通に動いている。
連休で混んでるせいか、雑音や人の多さで誤魔化され……気づいてすらいないようだった。
そんな人混みでお姫様抱っこなんて邪魔じゃん?とも思ったけどそこはゲーム、私の進路だけ都合よく隙間が開いてる……モーセの海割りかな?
「うわぁっ?!」
なんかの拍子に大きく揺れて、とうとう声が出てしまった。
「わ、大丈夫ですか?!」
急に立ち止まるもんだから、また結構な揺れが。
「おわっぷ!」
「先輩……!」
「ううん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
「……って!先輩、いつの間に意識戻ったんですね!」
本当は最初から普通に意識あったけどな!
「よ、良かった……!」
「ごめんね、今降りるから……」
自力で下にズルズル降りようとしたら、ストップがかかる。
「あ、待って!今下ろしますから!んしょ……」
床に足が着くギリギリまで支えてもらって、まるで本当のお姫様のようにふんわりと着地。
その途中で私を支える腕にグッと強い力が入るのが分かって、一瞬怪我するんじゃないかってドキッとしたけど、全然平気そう。
(見た目に反して、意外とパワー系?)
なんだかとっても綺麗な降ろし方で……ちょっとだけお姫様気分だった。
唯の時より、ここは上手……かも。
(あ〜!だから比べるなって、七崎!)
「ごめんね、急に……」
「いえ、こちらこそ突然変な事してすみません!人を運ぶ方法、他に思いつかなくて……」
「それにしても、すごいパワーだったね」
「そうですか?」
「うん。前はもっとこう……腕に力入ってる感あったもん」
唯の時はもっと腕がギュッて筋張ってるのが抱っこされながらも見えて、頑張ってます感出てたけど……
今の彼の腕は見てる感じ、まだ余裕がありそう。
ただ、この体勢に慣れてないってだけで。
(……って!しまった!)
『前は』って!前回があるってはっきり言っちゃった!
「なるほど、人によって違いがあるんですね」
やばい!唯の事、バレちゃう……!
「あ!いやぁ、違くてその……ほら、幼稚園の頃の記憶で……!」
「あれ、そんな昔?もっと最近ありませんでしたっけ?」
「え?」
「ほら、体育祭で……違いましたっけ?」
ギクギクゥ!
「ソソ、ソウダッタカナー?」
「借り物競争かなんかで背の高い女子に抱えられて……」
「女子?」
セーフ……!違う人の話だった!
って、学校生活で三回もお姫様抱っこされたって事?
すごいな……そんなしょっちゅうされるもん?主人公だから?
「あ……ち、違ったらごめんなさい……」
「ああ、そう……かも!うん、忘れてた!そうだったわ!」
「そうですよね!やっぱり!」
「そうそう、そうだよ!私ったらボケてた!あはは!」
全然記憶ないけどな!ハハハハハ!
「あれは、ほんとすごい迫力でした。お相手はあの、女子で一番背が高いって有名な佐藤さんで……」
誰だよ!
「身長、確か185センチだとか……」
「でっか!……って、私持ってくってなんのお題だよ」
「え〜と、確か『オタク女子』だったかと」
「え、そんなお題?他にもオタクたくさんいるじゃん、なんで私?」
「う〜ん……佐藤さんから見て特にオタクっぽかったって事でしょうか?」
「ええ……ひどいわぁ」
「そうですか?」
「オタクっていうと、あんまり良い意味で見られてないんじゃない……?どちらかというと悪い言い方というか……」
「そ、そんな事ないです!ただの趣味ですし!それに、僕もそうだし……!」
「ん?千世君もオタクなの?」
「あれ?すみません、前に言ったつもりになってました……」
「あっ、そうか。だからさっきの映画もそういう……」
ガンダ……じゃなかった、ガムダンだもんね。
それでもただ流行りに乗ってるだけのパンピーの可能性もあるけど……
(オオゥ……)
でもよくよく見たら、彼の両手にはいつの間にかパンパンの買い物袋が……
前言撤回。
ごめん、普通に同族だね君。パンピーとか言ってごめん。
中途半端に会話が途切れて、なんとも気まずい空気。
しかも、彼は彼でまだ何か続きがあるのかソワソワしている……
(ど……どうぞ?)
「……」
「……」
(ええんやで……?)
視線で『続きをどうぞアピール』すること数分。
不自然な瞬きを何回かした後……やっと口を開いた。
「あ……あの……先輩、そろそろ……お腹空きません?」
なるほど、ご飯のお誘いかな。
「あ〜確かに。映画達見たらお腹減ってきたなぁ」
「あ、あの……この近くに、美味しいイタリアンのお店があるみたいで……」
「え?ほんと?」
「ど……どうでしょうか?イタリアン……」
「え、美味しそう!行こう行こう!あ、でも混んでるかなぁ?」
「その、じ、実は……よ、よやっ、予約して来てまして……」
雰囲気からして、きっと前もってこうしようと計画してたんだろう。
もちろん美味しいところに食べに行く事自体、普通に嬉しいけど……
それ以上に、デートとかそういうのに慣れてないけどそれでも頑張ってるのが伝わってきて……
その滲み出る本気さが、なんだか遠回しに告白されているような気分にさせていた。
自分でも何言ってるかよく分かんないけど……『好き』とか『愛してる』とか言われた訳でもないのに、今それくらいにドキドキしてる。
これで彼の事を好きになったかと言われたら、微妙だけど……『なんか気になる』程度には……
「じゃ、じゃあ……行きま、しょう……!」
「う、うん……!」
なんだこれ。
彼の緊張につられて、こっちまでなんだか変な感じに。
「タ、タノシミダナァー!」
「ぼ、僕もです……!」
変に上擦った声、ギクシャクした歩きになりながら、映画館を後にして……
(あれ?)
出た途端、辺り一面真っ白。
映画館の外が……ない。
(あっ、もしかしてこの辺は作ってない?)
しかも、彼がいたはずの方を向くと……彼がいない。
「ち、千世君……?!どうし、」
「な、なんで……!」
言いかけた言葉に彼の悲鳴のような声が被る。
「ここで、終わり……ですか?どうして……?」
姿は見えないけど、声だけまだ聞こえる。
「せっかく、やっと……ゆっくり一緒にいられたのに!」
でも、その声も段々小さくなってきていて。
「どう……て……!どうして……んな……!」
「千世君……!」
「せ……輩……!僕、僕は……っ!」
そして、じわじわと意識が遠のいてきて……
(これで……終わり……)
なんだか、腑に落ちない終わりだ。
この彼だけはイベントの『終わり』を認識できている……
って……だから、文章力ぅぅぅ!。゜(゜´ω`゜)゜。




