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その差、一回り以上  作者: あさぎ
終わりへ向かっていく
159/188

25-5-2.暗闇の中で蠢く

新世紀で天元突破な機動戦士。

 


(わ!)


 何気なく瞬きしたら、ふっと目の前が真っ暗に。

 厳密にいうと、真っ暗に限りなく近い暗さで目の前のスクリーンの光がぼんやり辺りを照らしていて。


(もう切り替わった……)


 映画館始まる前のシーンはあそこまでで、もう上映始まったらしい。


(この感じ、トイレ行ってきたのかな……)


 不安がよぎる……


 映画館、寒いじゃん?拘束時間地味に長いじゃん?

 いくら集中して見てるったって、膀胱には勝てないじゃん?


 開幕寸前くらいに行っとかないと……ダム崩壊するじゃん?

 なんなら他のお客さんの前で横切る羽目になるじゃん?

 他の人への申し訳なさと社会的死の恐怖の狭間で、死ぬじゃん?




(ん?)


 ふと、私の手に向かって何かがスーッと近づいてくるのを感じた。


 暗い中だしほとんど見えてない訳だけど、多分これは勘違いなんかじゃない。

 モヤっとしたシルエットと手の周りの感覚が私にそう言ってる。


 肘掛けに乗せた状態の私の手の甲の近くに、その何かが……


(手……?)


 映画の点滅で照らされる手。


 やっぱり近づいてきてる。

 静かに、こちらに悟られないように……でも着実に近づいてきてる。


(あっ)


 ここでようやく事態を察した。


 我ながらぼーっとしてた。

 そう……おそらく『そういう事』だ、これは。

 完全にそれはないだろうって油断してたけど、『そういう事』だこれ。


「……」

「……」


 本人はあくまで映画に集中してる風を装っている。

 私の視線にも反応せず、真っ直ぐ前を見てる。


 いや、前を見るしかないのか。

 変にこちらを向いたら怪しまれるし、何より恥ずかしいし。


 でも、そうやってどうにかうまく隠しているつもりの彼の本心を……震える彼の手が台無しにしていた。

 モロバレである。




『僕、出来ないよ!ガムダンなんて、乗った事ないんだから!』


 声優さんの良く通る声が辺りに響く。ええ声や……


 映像からして実写ではなくアニメ映画で……しかもどうやら今、結構緊迫したシーンのようで。


(って、どんな話よこれ?)


 ガムダンって……もっとマシな名前無かったん?


『いいから乗れ!』

『どうして?!』

『つべこべ言うな!さっさと乗れ!』

『と、父さん……!』

『シンヅ、早く乗れ!でなければ帰れ!』


 名前言いずらっ!あとそれ違う話!


『で、でも……!』

『そうだぞ、シンヅ!父さんの言う通りだ!』

『兄貴……!』

『お前が信じる、お前を信じろ!』


 それ以上混ぜるな!

 訳分かんなくなるから!やめなさい!


『わ……分かったよ!』

『分かったなら、早く乗れ!』『行くんだシンヅ!』

『う、うおぉぉぉ……!種類設定完了、スチームミルク、コーヒー濃度正常、パラメータ更新、喉乾き限界、豆挽きパワー正常、全システムオールブラウン!カフェオレシステム起動!』

『そうだ!行け〜!』『どうか、世界を救ってくれ!』

『カフェオレ、行きます!』


 早口言葉すごいね。


 元ネタがどうとかはもうなんか、めちゃくちゃ過ぎて考えるのをやめた。

 とりあえず、もはやパロディでもなんでもないことだけはよく分かった。




 そうこうしてるうちに、さらに手は近づいてきていた。

 スーッと近いところまで来て、あとは位置の微調整といったところか。


(が、頑張れ!)


 あまりに焦ったさ過ぎて自分から応援する始末。


 私の手のすぐ真横で中途半端に浮遊してて、なんとももどかしい。

 本人的には多分暗闇で見えてないつもりなんだけど……残念、バッチリ見えてるんだなこれが。


(いけ!今がチャンスだ!)




『くっ……駄目だ!』

『どうしたシンヅ?!』

『カフェインが全然効いてない!コイツ、耐性がついてる!』

『な……なんだと?!』

『むしろ撃てば撃つほど元気になって……くそっ、駄目だ!』

『まずい!後ろだシンヅ!』

『なっ?!ぐあぁぁぁ!』

『シンヅ〜〜〜!』


 だからなんなん、この映画。




 そんな中でも私の手の上を掠めて……でも、何かに怯えるかのように急にヒュッと去って。


(去るな!頑張れって!)


 そしてまたゆっくり近づいてきて、でもやっぱり引っ込んでいく。


(あっ、ちょっ!もう一踏ん張り!)


 これ……なんの応援?


(よし、そこだ!行け行け行け!)


 そもそもなんで私が応援してんだか分かんないけど……とにかく、今応援はクライマックスに来ていた。




『退くな!お前が退いたら、世界はどうなる?!』

『……っ!』

『行けシンヅ!全てはお前に掛かってるんだ!』

『だ、だけど!』

『これまでお前のために散っていったみんなのために!行け!』

『う……うおぉぉぉぉぉ!喰らえ!これで最後、僕の本気ドリップだぁぁぁ!』


 映画の方もなんだかクライマックス?




(あっ)


 手の上にサラサラ〜っと何かが、確かめるように触れて……

 そして、ガラス細工の上にでも乗せるかのように慎重にそ〜っと……


(乗っ、たぁぁぁ〜!)


 だからなんの応援、これ。


(しかし、あっつ……!)


 猛烈な手の熱に襲われ、もう早速手汗がやばい。


 いや、これは元々向こうの手汗なのかもしれない。

 でも私も私で汗が染み出してる感があるから……もはやどっちだか分からなくなってきていた。


(わ、おっき……)


 私よりだいぶ大きい手。

 一番長いところだと、私の指の先からさらに関節一つ分くらい長い。


 私の手を潰さないようにか周りの空気ごとガバッと包み込んでいて、余計に大きく見えるのかも。

 でもそのせいか全ての指に余計な力が入って、すごく強張っている。


(……)


 いや、さ。こういう事した事ない訳じゃないよ?

 中身は年相応のおばちゃんだし、一応はね?


 だけど……だからってドキドキしないかと言うと、また別問題で。


(わ……うわわわ……)


 舞い上がるなって方が無理。

 肌と肌が直に触れている……厳密にいうとまだ若干浮いてるんだけど……でも、そうされて冷静にいられる訳がない。


 いや、そもそもこれが嫌いな人とかだったら話は違う。

 完全に『ナイ』し、ときめきなんてゼロな訳だけど……多分この反応からして、どちらかという『アリ』の分類のようで。


 そもそもまだ付き合ってもいない段階で触るって事自体、本来なら結構微妙なラインなんだけど……この場の雰囲気とここがゲームの中っていう意識がこれを『アリ』にしていた。


 自分で言うのもなんだけど、かなりのチョロい女だから……そこまで嫌いじゃない相手っていうのと、この場のシチュエーションにときめいてるだけだと思う、多分。


 なんて、他人事みたいに説明してるけど……

 実際のところ、自分の気持ちはというと……正直分からない。

 ほとんどこの彼とはイベントがなかったし、考える要素が少なくて判断がつかなくて……


(やっぱり……雰囲気でドキドキしてるだけ……?)




『よくやった、シンヅ!世界は救われたんだ!』

『と、う、さん……!父さん!父さぁぁ〜ん!』


 なんか終わったっぽい。いつの間に。




 スクリーン全体に明るい青空が映し出され、周りがうっすら明るくなっていく。


(あっ)


 そうして明るくなったと同時に、手がスルスルと去っていった。

 長いような、あっという間の出来事だった。




 そのつもりはなかったけど、反射的につい彼の方を向いてしまい……


「……」

「……」


 でも、彼はというとあくまで映画に夢中というスタンスは崩さなかった。


(あれ……?)


 でも、それに対してなんだか寂しいような気分になっている自分がいる事に気づいて。


(え?なんでよ?)


 そこまで好きかどうかも分からないような人相手に、なに名残惜しいとか考えてるんだか。

 あの雰囲気がそんなに嬉しかったのか。


(そんなに飢えてるのか、私は……)


 なんかちょっと気分が下がってきた。それって、ただの安い女じゃん。

 恋に恋する女だったってか。


 他のキャラでも、多分きっとこうなってる。


(これ、まじか。私ってそんなに……)


 嫌な現実突きつけられてなんだか凹む……



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