25-3-2.初めてを僕が
「……分かった。別に習いに来てる訳じゃないし、適当に遊ぼう」
(おお、終わってなかった!)
なんか知らないけど、何かをお分かりいただけたようで。
「とりあえず、弾き方だけ教えようか」
「お願いしま〜す」
「まずは、手の構えから……まずはふわっと鍵盤に乗せてみて……そう」
「こう……?」
言われるがまま、両手の掌を乗せてみる。
「なんだか少し硬いな」
「あ、駄目?」
「鍵盤に恨みでもあるの?」
「へ?」
「音ってね、そんな力いっぱい押さなくても出るんだよ?」
久々のこの感じ。
普通ならカチンと来るところだけど、何度も言うけどこれはあくまで『秋水語』……ストレートに受け取ってはいけない。
どうやらうまくいかない私を安心させようとしてくれてるっぽいけど……言い方……
「下手くそだなぁ。もっとこう……力を抜いて」
「う、うん……」
私の手を掴んで、鍵盤の上へ乗せてくれた。
言葉は相変わらずキツいままだけど、どこかこちらに気を使ってくれてるのか……彼にしてはかなり優しめのトーン。
「こう。で、指は……」
指もそうやって誘導してくれようとしてるんだけど……強張ってしまってうまく乗らない。
「まだ固いな……緊張してる?」
「う〜ん、してる……かも。リラックスしてるつもりなのに」
「本当に初めてなんだな……」
「びっくりした?」
「いや……普通習い事なりなんなり、どこかしらで弾いてるもんだと思ってたから……まさか初めてを僕が……なんて」
あれ?なんか意味深……いや、気のせいか。
「あはは……ごめんね、やりづらいでしょ?」
「いや、それは別にいいけど」
瞬きした次の瞬間、隣に座ってたはずの秋水の顔がすぐ横に。
(えっ?!)
「じゃあ……まず、弾く事は考えないで形だけやってみよう」
お、おう……
良いけど……なんかすっごい顔近いな?
「弾いたりとかは後で。今は慣れるだけ……」
喋った時に揺れた彼の髪の毛先が、私の耳を二、三度コショコショくすぐってくる。
「わ、分かった……」
ヒソヒソ話でもするのかってくらいの……吐息まではっきり聞こえる、超近距離。
「でも……なんか近くない?」
「え?」
「近いって」
「しょうがないだろ、こうしないと手が届かないんだから」
「で、でも……これ、過剰に近いっていうか……」
「悪かったね、腕短くて」
そう言って秋水はスルスルと手を伸ばし、彼の目の前で鍵盤の上にふわっと乗せてみせた。
(そうだとしても……近いって……!)
「お手本としては、こんな感じ」
「……」
正当な理由があると言われても。
距離が異常に近い事に変わりはなくて。
(うわ、わわわ……!)
「……って、聞いてる?」
「……」
このままほっぺたにキスでもするんじゃないかってくらいの、至近距離。
心臓が激しめのビートを奏でております。
そりゃ〜もう、超アップテンポで……
「お〜い?」
「え、え……ああ、うん?」
「ほら……ぼーっとしてないで、真似してみてよ」
「あ……こ、こう?」
彼の動きを真似して、ふわっと乗せてみる。
「さっきよりはマシだけど、まだちょっと固い」
(あ……)
私の手の位置を直そうと、彼の手が上に被さって……
「手首も、もうちょっと下に……」
「こ……こう?」
「ほら……力、抜いて?」
「うん……」
「もっと……委ねて?」
「え……」
「不安なのは分かる。けど、優しくするから……」
(優しく……?)
おや?今そういうシーンだっけ?おや?おやおや?
「……静音?」
「えっ、な……何?」
「いや……なんか、挙動不審だったから」
そりゃあな!こんな状況じゃな!
「そ……そう、かな?」
そう答えた途端、急に私の額に手を当ててきて……
「ん……熱い?まさか、具合悪い?」
そりゃあな!(二回目)
具合気にするくらいなら、まずこの距離をどうにかしてくれ〜!
「いや、具合悪くはないんだけど……」
「だけど?」
あっ、しまった。変に含み持たせちゃった。
「だけど……」
「……」
こっち見てる。めっちゃ見てる。
どうにか誤魔化そうと言い訳考えてるんだけど……めっちゃ見てくる。
(う……!視線が……刺さる……!)
はいはい!分かったよ!本音言えばいいんでしょ!
ああ、そうかいそうかい!言うさ!
「なんか……さっきから顔が近い気がして」
「近いも何も。真面目に教えてるだけだけど?」
「そうだけど……」
「それとも何?変な事考えた?」
「……」
どっちとも答えづらいやつ……
『イエス』ならただの肯定だし、『ノー』だと他の言い訳を考える事になるけど……結局……
「考えてたって事ね?」
(ノ……ノーコメントで……)
「ドキドキしてたって事……?」
そう言いながら、突然俯く秋水。
何か持ってる訳でもないのに、じ〜っと手の辺りを見つめて……
「……だよね?きっと……」
「……」
「もし……ほんとにそうなら……」
あっ、目だけこっち向いた。
「ちょっと……嬉しい、かも……」
(およ?)
ほわ〜んと染まっていく頬。
「……」
「……」
そして、意味深な沈黙。
ここのところ最近ずっとツンツン度低くて、今日も割と最初からデレMAXで……
そして、この頬染め……しかも、どこか満足げな感じの。
これがニ◯ニコ動画とかなら大変な事になっていた。
『事後』『ふぅ……』とか変なコメントがいっぱい出てきて、収集つかなくなるところだった。
今いるここはベッドではありません!ピアノの前です!
なんて、わざわざ注意書きしなきゃいけないくらいのそれっぽい空気感……いや、だから違うんだってば。ほんとに。
(わ〜っわ〜っ!デンジャー!デンジャー!)
ここでお話終わらせて!頼むから!
これ以上時間経ったら、多分これ変な感じになるやつ!
(お〜い!爺さ〜ん!)
ストップストップ!タンマ!時間飛ばして!
やばいってこれ!
私、確か救世主なんだよね?何より最優先……なんだよね?
駄目?権力濫用?
(あっ)
目の前に白い球が……いや、羽?
あの時の羽だ。
結局これがなんの羽だか知らないけど……でも、あれだ。
(これ……!よかった、助かった……!)
前にこの……羽っぽい何かを見た時、イベントがそれで終わったから。
学習しました、七崎さん。
(あ……この感じ……)
(良かった、これで……)
(意思……が……ぽや〜って……)
(なって……く……)




