25-2-2.彼女じゃない人
あれから10分くらい経った……と思う。
時計は見てないけど。
なんの邪魔もなく余裕で見れてた青空が、今や木々の隙間からほんのわずかに見える程度……って事はつまり、結構な距離移動してきたんだろうなって。
その分、時間もまたそれなりに経ってるはず……
とは言ったけど……なんだか、まだ着きそうにない感じ。
どうしたんだろう。何かあったのかな?
(じっ)
唯の方に視線を送ってみたり。
「……ん?ああ、ちょっとね……さっき、遠回りしたの」
説明する前にもう答えが返ってくる。流石。
「あ、やっぱりそうなんだ」
「気づいた?」
「なかなか着かないな〜って思って」
「ごめんごめん。予定変更してちょっと遠いルート通ってるの」
「何かあったの?」
「なんか〜、通行止めで……昨日の大雨で崩れたとかって」
「通行止め……そっか、そりゃあ仕方ないね」
「でも、あともうちょっとだよ。もうすぐそこだもん」
「あ、ほんと?」
「うん、ほんとほんと。ほんとすぐ、すぐ向こうだよ」
(向こう……)
私の視界には木がもさもさしてるのしか見えない。
「あははっ、見えないか。道がくねっててよく見えないんだけどね、ほんとそこだよ。直線距離だったらもうとっくに着いてる」
「ほんと?やった〜」
彼の言うすぐそこがどこだかいまいち分かってないけど、やった〜。
(……)
そしてまた、沈黙。
そよそよと心地いい風が頬に当たる。
実際にバイク乗ってたらこんなに穏やかじゃない……っていうか風切ってもっと耳がヒュンヒュンいってるはず……なんだけど、この世界の『なんちゃってバイク』はめちゃくちゃ眠気を誘う仕様のようで……
山の中だけあってちょっとひんやりしてるのがまたちょうど良くて、なんだか眠くなってきちゃうけど……寝ちゃ駄目なのよな、うん。
(あ、今の車……可愛かったな)
あまりに暇過ぎて、反対車線の車を無意味に観察し出すレベル。
(おっ、これもいい)
メーカーロゴじゃなくて、うさちゃんマークがついてるやつ。
前から気になってはいたんだけど……やっぱり可愛い。
(お?今度はなんかちょっとスポーティなのが……)
次に向こうから来たのは……見るからに走るやつ。
ちょっとレトロな感じの車だけど、それがかえって『走るやつ』感を強めていた。
いや、『走る』というより『奔る』やつか。
(あれ?この独特な四角いライト……)
これもしかして某豆腐屋さんの……
って、ああ……見えなくなっちゃった……
(安全運転、お気をつけて〜)
この後も同じような景色がしばらく続いた後……
ある時急に目の前がバッと開けた。
「……あっ」
「うし、着いた!」
(おお〜!)
ゴツゴツとした岩の隙間を、ドドドドと轟音を立てて滝が流れ落ちている。
そして、白と灰色という地味な色味のそれらを際立たせるかのように周りには溢れんばかりの新緑が。
勢いよく水飛沫を上げる滝、荒っぽいゴリゴリの岩肌、そしてそれらに張り合うかのようにこちらにせり出してくる周りの木々。
なんだかまるでそれぞれに意思があって、お互い負けじと張り合ってるみたいな……そんな感じ。
「うわ〜……すごい景色!」
「でしょ〜?これが見せたかったんだ。待って、すぐ停めるから」
近くにバイクを停めて、さぁ見るぞ〜と一歩踏み出した途端、どこかから声がした。
「あれ〜?その子、彼女?」
(えっ?)
振り向いた先には唯と同じようなパーカー来てラフな感じの人が。
モブキャラだからか、顔が全体的にぼやけてのっぺりしている。
(声の感じからして高校生っぽいけど……見た事ないモブだなぁ)
背景にいるだけの人かもしれないけど……
それにしたって記憶にない……誰なんだろ?
「あはっ、違うよ〜ユウ」
(ユウ?)
知り合い?ってか友達?
「な〜んだ、『まだ』か」
「ちょっと!余計なこと言わないの」
「はいはい。あくまで秘密ってことね……」
(???)
なんのこっちゃ。
モブ男子と唯を交互に見ながら、どうしようか悩んでいると……不意にそのモブが体ごとこちらを向いた。
なんだか急に改まった雰囲気で。
「初めまして。俺、ユウってんだ」
「は、初めまして……私は七s「はは、そこまでかしこまらなくていいよ」
「え?」
「俺らだってそこまで挨拶した事ないんだから、いいよ」
言うほどかしこまってるかい?これ。
そもそも私、途中で遮られて名乗れてすらないけど……いいの?ありなのこれ?
「で、唯とは、ツーリング仲間なんだ」
「そうそう。たまに一緒に出かけるの」
へ〜。いいなぁ、同じ趣味の仲間。
オタク趣味でもなんでも、好きなものを分かり合えるのは良いものがある……
「そっか〜、親友なんだね」
何も考えずなんとなくで言った言葉だったけど……二人の反応はどこか微妙で。
「親、友……かな?」
「う〜ん?まぁ、そう……かも?」
二人とも微妙に歯切れの悪い感じ……なんか違ったかな?
「親友っていうか〜、ツーリングの時だけなんとなく一緒に行くって感じ?みたいな?」
「うんうん、そうそう。別に普段から遊んでるって訳じゃなくて〜」
そうは言うけど、掛け合いの軽快さからして結構仲良さそう。
いや、仲良くなきゃ一緒に遊んだりしないだろうけども。
「自己紹介……そういやしてなかったっけ、俺ら」
「言われるまで全然その頭無かったわ……ユウがどこの学校なのかも俺、まだ知らないんだよな」
「あ、俺?中退だよ、中退。好き勝手してたら学校追い出されて」
「そうなの?へ〜」
今更自己紹介って。
何年の……いや、何ヶ月の付き合いだか知らないけど。
しかもさらっとすごい事言ったな?
唯も唯で、さらっと受け入れてるけど……それはそれですごいな?
あと、中退じゃなくてれそれ多分退学な。
「は〜、しっかしまじ金欠。つらいわぁ」
「え?バイトしてない感じ?」
「バイトっていうか……従兄弟んとこでなんか色々手伝ってはいるけど」
「じゃあ余裕じゃん」
「それがさぁ……全然足りねぇのよ。欲しいもん全然届かねぇんだわ」
「欲しいもの?」
「車」
「軽?」
「ははっ、まさか。安くていいけどせめて外車」
ユウ君……それ、普通の人でもなかなかハードル高いと思うよ。
「親父はまだお前はバイクで充分だ!って買ってくれねぇし、大した金額貯まんねぇし……ダリィわ、まじ」
「先は長そうだねぇ」
頑張れ〜。
「あ、」
ここまで二人でポンポン会話してたけど、モブがまた急にこちらを見た。
今度は視線だけだったけど。
「そういやこの……彼女、じゃない人さ……」
(どうも、『彼女じゃない人』です……)
間違っちゃいないけど言いづらいね。
「なんか、お前としっくりくる気がする」
「え、ほんと?」
「ほんとほんと。なんか似合ってんな〜って」
「あはっ。嬉し〜」
「なんだろ、なんか違ぇの。なんか、今までの彼j……」
「しっ!!!」
何かを言いかけたけど、唯が鬼の形相で静止をかけて強制ストップ。
と言ってももうほぼその発音からして内容はなんとなく分かっちゃったけど。
(今までの彼女、ね……)
「あ……ごめん、その……かなり落ち着いてる子だな、って」
そりゃあ、だって中身は……ゲフンゴフン。
「ほんと?ありがとう」
とりあえず返事だけしとく。あざっす。
ブーッ、ブーッ。
「……げっ、電話!なんだよ、タイミング悪ぃなおい……」
君もマナーモード派かい。ナカーマ。
「出るまで粘るってか……はぁ、めんど」
ブーッ、ブーッ、ブーッ。
「……悪ぃ、俺はここで!じゃあ……お二人さん、ごゆっくり〜!」
その言葉を最後に、ユウ君は携帯を耳に当てながら慌ててどこかへ姿を消した。




