25-1-3.不安しかないんですがそれは
「しっかしこの本棚、ほんとに漫画ばっかり……そんなに好きなんだ」
「まぁな」
「へ〜。ちなみにどんなの読むの?」
「どんなのって……まぁ、色々と」
なにその煮え切らない返事。
「せっかくだし、読んでいい?おすすめある?」
「なんでそうなるんだよ」
「え〜、だって……どういう系が好きか知りたいじゃん、こんなの見せられたら」
「は?やだよ」
「おすすめのやつ、読ませてよ〜」
「やだ」
「しつこいなぁ」
「それは俺のセリフ……っておい!」
腕を伸ばし、良い感じに目の前にあった漫画の背表紙に手をかける。
だってだって、取ってくださいって言わんばかりに目の前にあるんだもん。
「お、おい!何勝手に……!」
どんなに誤魔化そうったって、中身見ちゃえば丸わかりってもんよ……!
さぁ、さぁさぁ!どういう系だい!君はどういう系が好みなんだいっ!
(うふふ、うふふふ……)
「ちょっと!ちょっ、ちょちょっ、待てって!ほんとに!」
「えいっ⭐︎」
取れた!
えっとタイトルは……なになに、『僕たちの彼女』?
今にも泣き出しそうな顔をしたセーラー服の女の子と、顔がぼかされたチャラい感じの金髪の男が表紙に描かれている。
色々はだけて下着や肌が見えてしまってる女の子に、だるっとした服着てなんとなく悪そうな若い男……つまりこれ……
(おっと……そういう系?)
「うっわ、まじかよ……よりによって……それ……」
「これもしかして……18禁?」
「ちげ〜よ」
「ほんとだ、15禁だった」
「もうやめろって!戻せってそれ……!」
「ふむふむ……で、肝心の中身は……」
「だ〜っ!だから読むなって!人が止めてんのに!」
「解読完了」
「はや」
ごめんね、速読は得意なの私。
今の数秒間、冒頭と最後の辺りをパラパラっと捲っただけだけど……おおまかな感じは大体分かっちゃった。
「なるほどなるほど、寝取られ系が好きなのね」
「好きじゃねぇよ!全然違うわっ!」
「それも結構リアル寄りの話が好み、と」
「違うって、だから!」
いや、だってこれ……主人公の彼女がある日先輩と……な関係になるお話だったよ?
「ふ〜ん、こういうの好きなの?」
「違っ、こ、これは他の奴から勧められて……!」
自分で選んだな。これは。
「違くて、今クラスで流行ってて……」
「……」
「いやほんと!ほんとだって!」
「じゃあ、なんて薦められたの?何が良いって?」
我ながら意地の悪い質問。
「え……何って……いや、絵が綺麗で?女の子が可愛くて?みたいな?」
「それでそれで?」
「えっいや……その……」
ん〜、これはダウト!
(はは〜ん、やっぱり自分で選んだな)
「ふ〜ん。で、読んでみてどうだった?」
思ってた以上に反応が面白かったから、もうちょっと。
「え?」
「面白かった?」
「さっきちょっと読んで分かったんだろ?話の流れが」
「ううん、大まかな流れが分かったってだけだから……それより、このお話の面白いとこ教えてほしいな」
「え……なんでそこまで教えなきゃいけねぇんだよ?」
「そんなに面白いなら……私も読んでみようかなって」
「静音が読んでも、つまんないと思うぜこれ」
「なんで?」
「自分の彼女取られる話だよ?男じゃなきゃ分かんないっしょ流石に」
「分かるよ。私、本読むの好きだもん。性別の違いくらい、想像の翼を羽ばたかせて……」
「は?」
『何言ってんだお前』の顔。傷つくわぁ。
「で?どんなストーリー?」
「え〜、それ……俺に聞く?」
「うん、本気本気。ガチだよ?ほんとにこの本買おうかと思ってるもん」
七崎史上最高の真面目な顔。
「え、まじ?」
「まじ」
「ガチ?」
「ガチ」
あ、もちろんそういう演技だけど。
「その、なんていうか……バイトの先輩と彼女がさ、なんか最近やけに仲良いなって思ってたら……ある日店の裏でキスしてるの見ちゃって、みたいな……」
「ふんふん」
「それから段々エスカレートしてって……主人公の視線なんて気にしなくなって、堂々と昼間っから……」
そのまま続きを言おうとして……ピタッと止まる。
その先はおそらく(自主規制)とか、(自主規制)とかそんな感じが来るんだろうけど……どうやら気を遣って止めてくれたらしい。
「……なるほど、ありがと」
「ほんと、胸糞悪い話だよ。作り話じゃなかったらこれ、発狂もんだよ」
「発狂てw」
「いや、ほんとに」
「ふ〜ん」
「長く付き合ってたってのに、なんでぽっと出の男に取られなきゃなんない訳?まじふざけんなって感じ、途中から腹立ってしゃ〜ない」
「前言ってたドラマみたい」
「あれな……もう見てないや。途中で見る気失せた」
「あれ、そうなの?」
「きち〜んだもん、展開が。先輩とホテル泊まるシーン来て、即テレビ切ったわ。あれは無理」
「あらま、初恋の人劣勢?」
「違くて。先輩の押しが強過ぎんだよ、あと主人公流され過ぎ」
「そうなんだ……」
その嫌なシーンを思い出してきたのか、ちょっと彼の空気がカリカリしてきたのでここで話題変換。
「あっでも……この漫画は最後まで読めたんだ?」
「こっちは確実に相手が悪いってはっきりしてるから、最後に何かしら救いがあんじゃないかって思って」
「救い……」
「だってこの主人公、何も悪い事してないんだぜ?報われて当然だろ?」
ハピエン厨とまではいかないけど……ハッピーエンド派なのね、歩君。
「まぁ、うん……」
「だろ?」
「なるほど……シリアスだけどハッピーエンドって感じのお話なのね」
「いや、バッドエンド」
「えっ」
「完全に彼女が相手のもんになって終わり」
報われんのか〜い!主人公ェ……
「あ〜!思い出したらなんか本気で腹立ってきた……!」
(相変わらず感情がジェットコースター……)
「ま、待って!」
「……」
「ちょ、ちょっと落ち着こう?」
お互い一息ついて、カップをぐびりと……
(『ぐびり』……?)
間違えた、お酒飲む時の効果音だなこりゃ。
(って……やっぱり私、おっさん……?)
自分で思ってたよりおっさん化が進んでるようで。
無意識でこんなのが口から出ちゃうくらいに。
さっきの歩君の発言、割と本当だったのかも……
(ガーン……)
「あ、えと……ごめんね、嫌いな漫画の話させちゃって……」
「いや、いいよ。それに……」
「それに?」
「どっちというと好きだし、それ」
「え……嫌なのに?」
「うん。嫌な気持ちにはなるけど……なんかやめられなくて」
大丈夫かい、それ。キマってない?大丈夫?
「こうはなりたくないって思えるから、好きなんだ」
「へ」
「こんな風にはなりたくないって、こんな結末は嫌だって……自分の気持ちを再確認できるから、好き」
「さ、早乙女……君?」
「……っと、これ以上は静音を困らせるだけだな。この辺にしとくわ」
いやいやいや、これまででもう充分過ぎるくらい不安ですけど。
「わりぃわりぃ、なんでもない。今のは気にしないで」
「……」
「でもさ。リアルでさ、好きな人取られたなんつったら……気ぃ狂うよ、ほんとwマジ無理だわ〜w」
(えっ)
草生やしながら『あくまで冗談です』みたいな風に言ってるけど……
だって……もしかしたら最後、そういう話になるかもしれない訳じゃん?
いや、歩君が『迷い人』だったんなら問題ないけど……
違ったら、この彼だってごめんなさいしないといけない訳で。
彼にとって他四人はほぼ接点のない『ぽっと出の男』。
でもそんな彼らに……好きな人、私を取られるっていう事も十分あり得る訳で。
『迷い人』の人、動き出してるらしいから……この先ついうっかり惚れてしまう可能性も……少ないけどゼロじゃないし。
もちろん、私のスタンスとしては全員断るつもりではいるけど……
『迷い人』の行動次第でうっかり……なんて可能性もあるにはある訳じゃん?
「え……」
「『え』って……そりゃそうだろ、普通。正気でいられる訳ないじゃん、そんなん狂うわ」
「狂うって……」
「気ぃ狂うじゃん……?」
「え、えと……ああ、つまりあれ?右目疼いちゃう系?」
「……」
「使い魔召喚しちゃったり?右腕になんか封印されてたり?」
「……」
「『くっ!魔力が暴走して抑えきれない……!みんな、早く逃げ……ぐわ〜っ?!』みたいな?」
1ミリも笑わない歩君。
(あっ、これマジなやつ……)
「早乙女君……?」
「……」
「……ふざけてごめん」
「だってさ……好きな人だぞ?そりゃ落ち着いてなんかいられないだろ」
「いやいやいや……そこはさぁ、こう……穏便に……」
この後に響きそうだから……それとなく制止をかける。
「無理無理。もしそうなったら……俺まじバチくそキレるぜ?」
「いやいや、駄目だって。リアルはちょっと……」
「そうは言ったって……」
「ほ、ほら……そうなったら、もしかすると警察沙汰とかなっちゃうかもじゃん?まずいじゃん?色々と」
「……」
「相手の子にも迷惑かけちゃうじゃん?ほら……」
「……そっか。それもそうだな」
「でしょ?でしょでしょ?」
「うん、そうだな……ありがとう。警察の世話にならない程度にしとかないと、後々問題になるよな」
ん?んんん〜?
「程度ってもんを考えないとまずいって訳だな、うん」
(うん?うん……?)
なんか物騒だな?
これ以上深入りする勇気はないけど……蛮族みを感じるぞ?
元の世界に生きて帰れるかな……今のでかなり不安になってきた。
(まさか、帰れるは帰れるけど……こっちで一度死んで、向こうでまた人生やり直すとかそういうパターン……?)
よく小説とか漫画である、あれ。
流石にそれは無いって信じたいけど……
(……)
けど……
「……だよ?……な?」
「……が、……」
「……けど、……がさぁ、……」
「……」
(ああ、この変なタイミングで……意識が……)