25-1-2.おっさん時々お婆ちゃん
「……で、なんだっけ?」
「は?」
「何しにきたんだっけ私」
「は???」
いや、さ。今回って何のイベントなのかなって。
毎回毎回一人で考えてたけど、本人に聞くってのも一つの手なんじゃないかって今思って。
ここまでスムーズに会話してた訳だし、場も温まってきたところだし、あっさり答えてくれるかもしれないじゃん?
「は???お前……」
そしてこのドン引きである。
彼でも駄目か……そりゃそうか。
やっぱり、いきなりそんな質問したら変か。
「はぁ〜……頭大丈夫かよ。寝不足か?」
「オールしました」
もちろん真っ赤な嘘。
適当に合わせるの慣れてきちゃった。やたらそういう場面多いから。
「は?なんで?」
おっと、追及されるとは思ってなかった。
「あ、あ〜……えっと、え〜……勉、強?」
「お前がそんな夜遅くまで勉強する訳ねぇだろ、テスト前でもないのに」
「うっ」
「どうせもっとくだらない理由だろ?いい、もう……聞かない事にする」
ピンチかと思いきや、なんかうまいこと回避。
(解釈ありがと〜)
「……はぁぁぁ〜」
そして、このクソデカため息である。
「お前……前々から忘れっぽいとは思ってたけど、お前さ……」
「ごめんごめん」
「……」
「でもほんとに……なんか約束してたっけ?」
「してたわっ!!!」
おお、声でか。
「お前が言ったんじゃん!最近できたカフェ行きたいって言うから!さっきまで行ってたんだろ!」
「あ……ああ?ああ……」
発音はああ?↑で、ああ↓。
全然分かってないけど、分かったって事にしとく。
「けど、すげぇ人混みで席取れそうにないからって、俺ん家来たんだろうが!」
「おお、そうだったそうだった!」
「婆さんかよ」
忙しいね、今回。
おっさんになったりおばあちゃんになったり。
「いやぁ、ごめんて。急に記憶飛んじゃって」
「えええ……まじ、しっかりしてくれよ?俺らまだ高校生だぜ?」
「ほぇほぇ……まだまだいけるクチと思ってたんじゃがのぅ」
「おい婆さん」
「なんじゃ?」
唐突に始まったおばあちゃんと孫の会話。
「今更だけど、なんか飲む?紅茶でいい?」
「おお、ありがたい。可愛い孫が淹れてくれるんだ、あたしゃなんでも嬉しいよぉ」
「孫」
「なんか言ったかのぅ?」
「もういいです」
「おや?そういえば、他の家族はおらんのかのぅ?」
「だからそれ最初に……ってそうだった、こいつ婆さんだった」
「はて……?」
「父親は接待ゴルフ、母親は友達とランチ、妹は……知らね。どっか遊んでんじゃん?」
妹の扱いよ……
「父親も母親も、夕方までには帰るとか言ってたけど……まぁまだしばらく大丈夫っしょ」
「そうか、今日は休日か……」
「婆さん……」
哀れみの目、やめて〜。
自分から始めた話だけどやめて〜。
「休日ってか、ゴールデンウィークだろ?」
ゴールデンウィーク!そっか、今そんな時期なんだ……!
「あ、ああ……そっか、ゴールデンウィーク……」
思わずいつもの口調に。
(そっか、もう五月か……)
「……」
「……」
白い目やめて。まじで。
「って……さっき説明したんだけど、思い出した?ってか覚えてる?」
「あ、あ〜……」
「うち来て究極のジェンガタワー作ってくれんじゃなかったのかよ。『世界記録を超える!』とかって散々豪語してたじゃん」
「……?そうじゃったかのぅ?」
「おいおい、もうそれ本気で婆さんじゃんか……」
意外と便利だな、このロールプレイ。
「そんじゃ、紅茶淹れてくるから待ってて」
「すまんのぅ」
そう言って一旦姿を消し……しばらくして戻ってきた。
丸いお盆に白い小さなカップを二つ乗せて。
カップにはロイヤルブルーの帯がぐるっと一周していて、さらに何やら細かい金色の模様が入っている。
(おおう……なんか、結構なお値段しそうなや〜つ……)
「これ、お客さん用?」
「え?別に。いつもこれで飲んでるけど」
「え、これで?!」
「変?」
「いや、私なんかが使っていいのかなって」
「なんでだよ?」
「なんか……結構良いやつじゃない?これ」
「ん〜……いっぱいあるし、いいっしょ」
いや、駄目っしょ。
「いやこれ、もし割っちゃったりなんかしたら……やばいやつなんじゃ……」
「いいっていいって」
「いい、のかな……?」
「俺が割ったことにするから、いいって」
「でも……」
「……」
「……」
高いぞ〜きっと。怒られるぞ〜。
(でも本人がいいってんなら……)
「じゃあ、遠慮なく。いただきま〜す」
湯気もくもく、熱々のカップに恐る恐る口をつけて啜……ろうとしたら熱かったから舌先だけでちょこっと味わう。
「ペロッ。これは……ダージリン?」
「汚っ。どんな飲み方だよ」
「へへっ、猫舌なもんで」
「汚いのは否定しないのな。あとそれセイロン」
「セイロンかぁ……もしかして結構紅茶にこだわりあるタイプ?」
「俺が選んだんじゃねぇし」
「あ、違うの?」
「うちで紅茶っつったら、それしかないんだよ。そればっか買ってくるんだ、母親が」
「お母さん……あ、じゃあもしかしてカップが良いやつばっかりなのもお母さんの趣味?」
「多分な……良いやつなのかは知らねぇけど」
「ほ〜ん、そっか……」
コップのこだわりといい……歩君のお母さん、紅茶好きな人なのかも。
だからどうって話じゃないけど。
「……あれ?そういう早乙女君も猫舌?」
「え?」
「ほら、一口も減ってないじゃん」
「……べ、別にいいだろ、ゆっくり味わったって」
味わったところで……分かるのかい?
秋水ならまだしも、そういうタイプじゃないでしょ、君は。
「これ、もしかして……実は緊張してるな?」
「お前に限ってそれはねぇ」
「ほんと〜?余裕そうに見えて、実は内心ドッキドキじゃないの〜?」
「ねぇって」
そう言う彼の頬がポポっと染まっていく。
(おや?おやおや?)
「ジロジロ見んな!気持ち悪ぃ!」
「顔赤いじゃん」
「紅茶が熱いだけだし!」
「いや飲んでないじゃん」
「なっ……!ゆ、湯気だよ!湯気が熱いって話!」
「ほほ〜う?」
(うぐぐ、足がそろそろ限界……)
今度は足を伸ばして座ろうと、正座を崩して少し体が前のめりになった瞬間……
「なっ、おま、何すんだよ!」
ものすごい勢いで後退りされてしまった。
「何もしてないよ?」
「した!」
「何もしてないって。座り直しただけだよ?むしろ逆に何意識してんの?」
「……っ!」
面白っ。真っ赤なほっぺしちゃって、まぁ。
「違うから!べ、別に!そんなんじゃ、ないから……っ!」
「そりゃそうなるか〜、だって自分の部屋で美少女と二人きりだもんなぁ?」
「それ自分で言う?」
さっきから長々ずっと喋っているけど、このくだらないやり取りはまだまだ終わりそうにない。
(そういや、イベント全然終わる気配ないなぁ)
いや、いつも気配なんてなくて突然だけど……それにしたって、よ?
(別にいいんだけどさ、おしゃべり楽しいから)




