24-5.終わりに向かっていく
「いやいや、何もしてないって私」
「うん、それでも充分だよ」
「へ?」
「何もしなくていい、聞いてくれるだけでいいんだ。自分を受け入れてくれる誰かがいる、その事実だけで頑張れる」
(???)
ここまで話してるけど……全く見えてこない。この話の目的が。
「うるさく口出しするでもなく、かといって完全放置でもなく……ただ見守ってられる。それってすごい才能だと思うよ」
「どちらかというと放置気味だと思うけど……」
「ううん。完全無視とは訳が違うでしょ」
(そ……そう、かなぁ?)
「だからって……いやいや、ないない。頑張る理由が私な訳ないじゃん、褒め過ぎだよ」
「だって、俺だってそうだもん」
「唯も?」
「静音ちゃんに会ってから、自分を変えたいなって思えるようになった。でもそれ、あくまで静音ちゃんに影響されてって事だもん」
「そうかなぁ……だって唯、変えなくていいじゃん。もう充分すごいし」
「ははっ、ありがと」
「いやいやお世辞じゃなくて!ほんとに!」
いや、ぶっちゃけ君すごい方だよ?
気遣い力はもはやカンスト、顔はもちろん声まで良い……そこまで揃ってて、むしろ他にまだ何かあるのかって。
「うん、ありがとう。ほんとにそうだと、よかったんだけどね……」
あっ、この顔。見覚えのある表情。
前に自分の家のことを話してくれたあの時の、あの感じ。
ほんのちょっとだけ暗く翳った、でもぱっと見はいつも通りの笑顔の……
「俺も……静音ちゃんに会ってから、変わりたいって思えるようになったんだ……」
私の返事を待たずして、彼は続ける。
「俺、こう見えてめっちゃ臆病でさ。あと一歩がいつも踏み出せなくて」
「毎回もうあと少しのところで悩み出して、結局他の奴に先越される……いつもそう、ほんと嫌になるよこの性格」
「……でもね、もうそれはやめるんだ。失いたくない人ができたから」
ダレノコトダロウナー。ゼンゼンワカンナイナー。
「また変に躊躇ってぐずぐずしてるうちに失うなんて、もう嫌なんだ……」
「だから、さっきも言ったけど……俺もさ、変わるんだ」
「いや、『も』じゃない……俺は、変わるんだ……」
「お、おおぅ……」
すごいなぁ。決意表明……ってやつ?
「……」
「……そ、そっか〜」
「……」
それはそうとして……返事に困る……!
「えっと……その、なんだろ……」
「……」
「なんていうか……」
「……」
「……なんか、すごいね(?)」
小学生かっ!ごめんほんと。
「あはっ、ごめんごめん。そんなの聞かされたって困るよね。完全に独り言だもん」
あ〜ほら〜!そうやって七崎、すぐ気を遣わせる〜!
「いや、違くてその……」
「いいっていいって。俺も言いたかっただけだし。何かアドバイス欲しい訳じゃないからさ」
「……」
「気にしないで⭐︎」
それ、一番本人に刺さるや〜つ。
コミュ障つらい。ほんとつらい。
(しっかしなぁ、変わる……かぁ)
つまり、という事はだ。
この先、唯以外も変わる可能性がある……『迷い人』が動くって事以外に、何か変化があるかもしれない……
まぁ確かに今三年生、もうすぐ卒業っていうリミットが来る。
他のキャラ達も、なんとなくそれに焦りを感じているのかもしれない。
終わりがくるって思うとなんか焦るもんね。
締切とか、一年の終わりとか……あと年齢の10の位が変わるタイミングとか。
(年齢……うっ、頭が……!)
三十、ゲフンゲフン!ワタシハジョシコーセー、ティーンエイジャー、ピチピチジェーケー……よし!(?)
話逸れちゃった。
で、それと……システム通りじゃなくて本人の意思で動いてる説、前に彼と海に出かけた時にふざけて言ったつもりだったけど……あれ、結構本当なのかもしれない。
今の唯の発言で確信した。これはシナリオじゃない、本人の意思だって。
唯が臆病だなんて、元々そんな話はゲーム内に全く出てこなかった。確か設定にもない。
いや、昔唯を推してた人のブログとか見れば考察とかであるのかもしれないけど……それは非公式、あくまで妄想だし。
つまり……ある程度自分の意思があって動いてるんだ、やっぱり。
シナリオじゃない、誰か他の人間が作ったストーリーで動いてる時もある……けど、今のは多分本人だ。
だって……それ以外考えられないんだもん。
あまりにぶっ飛んだ説だけど、かといって他に考えつかない。
ゲームのシステムとして説明しようにも、あまりにも意味不明というか、説明つかない事が多くて。
(そういうことか……)
どういう理屈だか知らないけど、きっとそうなんだ。
それに、おそらく唯だけじゃない。彼がそうって事はつまり、他のキャラも……
(だからあの、様子が変だったちよちゃんも……)
唯の今の説明からして、ちよちゃん以外もそうやって何か変わる可能性も無きにしも非ず……
(まだまだこの先も気は抜けないって訳か。とほほ……)
使命がなくなったからって、もう全部終わった気分になってたけど……まだしばらくイベントはあるんだもんね。
ほんとはやること終わった訳だし、楽しんで帰るつもりだったんけど……そうはいかないか。とほほ。
「なんか……口に出して言ってみたら、やる気出てきたかも」
自分でやろうと決めたこと、誰かに話してみるとやる気出るってことあるよね。
理屈は分かんないけど……結構気合い入る、あれ。
「よし、あともうちょっとだし……頑張ろっと」
「もうちょっと?」
そう言う表情は見えない……こちらを見ず、まっすぐ前向いて言うもんだから。
「後輩もああやって頑張ってんだし……俺も、ね」
「……」
「夏の終わりまでには……ケジメ、つけようと思うんだ」
「け、ケジメ……?」
「ああ、いや……『自分の気持ちに』、だよ」
ほっ。
「やだなぁ、そんな物騒な意味じゃないよ。も〜」
いや、君の場合冗談じゃない可能性ゼロじゃないから……
「そこははっきり決めないと。今度こそは……」
「はっきり、決める?」
「……知りたい?」
このもったりぶりようからして、どんな感じかはなんとなく想像できた。
でも、この流れで『やっぱりいいや、言わなくていいよ〜』なんて言えず……
「それはね……」
囁くような優しい掠れ声。
それと共に私の方に彼の肩がススス……と近づいてきて……
(わ……)
もうすぐでくっつくところでピタッと止まり……そこでやっと、顔ごとくるっとこちらを向いて。
「ゆ、唯……」
そして、ふにゃっとした笑顔が目の前に咲いた。
「ふふっ……やっぱ秘密っ⭐︎」
いつも通りの可愛い笑顔。
そうやってからかってくるのもまた、いつも通りで。
(……)
だけど、今の話があったからか……今までと雰囲気がほんの少し違って……
なんだか、『何かを決心した顔』のようにも見えた。
(そっか。本当に……終わっちゃうんだな)
これはあくまでゲーム世界なんだし、当然エンディングはいつか来る。
それはそうなんだけど……それをやっと実感したというか、この話の『終わり』を初めて感じた瞬間だった。
「……ん?どうしたの?またまた見惚れちゃった?」
「違うってば。ってか『またまた』って」
「前も見惚れてたじゃん。今みたくぼーっとして」
やっぱりパッと見はいつも通り。いつものゆるい雰囲気。
「だから違うってば」
「んふふ〜?ほんとぉ?」
だけどちょっとだけ、ほんのちょっと違う……
「じゃあさ、静音ちゃん」
「ん〜?」
「その時が来たら、俺さ……で……」
(お?)
「……だから……して……」
唯の声が、周りの風景が……どんどん遠くなっていく。
(はいはい、いつものね)
「……じゃん?……でさ、」
「……で……」
「……けど、か……さが……」
か……さ?まさか……『神様』?
(いや、流石に考え過ぎか……)




