23-2.ててんてん天使の羽
ららんらん♪ランドセルは〜♪
天使の羽で真っ先に出てくるの、何故かこれ。
どんなに真面目なお話考えてても、どうしてもこれ出て来ちゃう……なんで?(聞くな)
洗面台の前に立ち、蛇口を捻る。
そして、その下に手を出して……水に触れようとしたその瞬間、ふと鏡に何か映った気がして。
(えっ?)
「……よ……」
顔を上げても鏡には何にも映ってない……
(……?)
けど、なんか聞こえる。どこかで聞いた事のある声が。
「あっ、この感じ……!」
「……ね、よ……七崎 静音よ……」
「この声……あの時の爺さん!」
「神様な」
「爺さん!生きてたんだ!」
「いや全然生きてるし、そもそもだからあのワシ……やっぱもういいや」
何か色々弁解したげな感じだったけど、やめたらしい。
「……おほんっ!それはさておき……君に伝えなくてはいけない事があってな、今こうやって声を掛けたという訳じゃ」
伝えなくてはいけない事。
この手のフレーズって、あんまり良い意味じゃない事多いよね。
(ドキドキ……)
「……ありがとう」
「へ?」
「君のおかげで、やっと『迷い人』に声が届くようになったのじゃ」
「え、まじ?」
「まじ」
え、早くない?もう終わり?
まだ私ギリギリ二年生よ?
まぁ、もうすぐ終わるっていうか……まだ新学期始まってないってだけで実質ほぼ三年生だけど……
とはいえ卒業までまだ一年近くあるよ?早くない?
「ワシもこんなに早く終わるとは思わなかった。まさか君の力がここまで強力だとはな……ワシの予測を良い意味で裏切ってくれた」
え、という事は……もしかして……
やっとこれで……
(私、帰れるんだ……!)
「……!ど、どうしたのじゃ……?!」
「……え、何?そっちって私の事見えるの?」
「そりゃあ、神じゃし」
「見ないでよ!今すっごい顔してんだから!」
多分今、相当ひどい顔してる。
顔中シワシワにして、真っ赤になって……とてもじゃないけど人には見せられないような。
「……っ、……っ!」
嗚咽混じりの、もはやただの音の切れ端にしかならないような何かが口から漏れていく。
「な、七崎……大丈夫か?」
そんなつもりはなかった。
別に全然悲しい話でもなんでもないし、普通に話を続けられてるつもりだった。
でも、駄目。涙が……止まらない。
「……っ、……っく!……っ!」
(と、止まれって!止まれったら!もう……!)
これまで頑張って来てたのが終わる、ようやく終われる……
そう意識した途端、まるで別人が操作してるかのように目から勝手に水が溢れて止まらない……
(泣くつもりなんて、全然ないのに……!)
「……っ、……っ!」
世界滅亡を救うため『迷い人』を探せ。そしてその者と恋人になれ……なんて無茶振りされて。
緊張と困惑と先が読めない恐怖……そしてなにより、仲良くしてくれるキャラはいてもそれはおそらく生身の人間ではないって事……
本音を言えるような仲間ゼロで、完全に心理的に孤立しているこの状況。
自分的には全くなんとも感じてないつもりだったけど、どうやら心は疲労困憊だったらしい。
それらに加えて……ゲームであるために、違和感が多くてなかなか慣れづらかった周囲の環境も。
中途半端に途中で参加したせいで、自分は初めましてなのに勝手に仲良い風になってる人間関係に、恋愛ゲームだからって、直接だったり遠回しだったりしつつもとにかくガンガン来るキャラ達……
そんな環境で落ち着いていられる訳もなく。
次々目まぐるしく変わるシーンに意識が行って、まるで疲れなんて感じてない風に思っていたけど……今になって、なんだかドッと疲れが出てきた。
いや、出てきたんじゃない。
気づかなかったってだけで……きっと最初からずっとこうだったんだ。
「……ひっく、……っ!」
「七崎……」
最初から、不安でいっぱいで……つらかったんだ。
「……そうか、そこまで君を追い詰めてしまっていたのか」
「……っ、……っく!……っ!」
ああ、もう駄目だ。
もう駄目、人様に見せられない顔。
こっちは涙を抑えようと必死だってのに、鼻水まで滝のように出てきて。
力一杯啜ってもそれ以上に垂れてくる……もう顔面全部ぐずぐずだ。
「見知らぬ世界のために頑張らせてしまった、いや頑張らせ過ぎてしまった……」
爺さんのセリフが終わるか終わらないかのうちに、辺りがふわっと白くなった。
涙で視界潤んでて、ほとんど目の前なんてもう見えてないけど……視界が霞んで白くなっていくのだけはなんとなくで感じられた。
「世界のためとはいえ、つらい思いをさせて……本当に申し訳なく思っておる」
「……」
あれほどひどかった嗚咽が、ここで急にピタッと止まった。
これまで止めたくても自分で止められなかったのに。
「この世界を救うためには君が一番適していたから……だから呼んだのじゃ。しかしそれがまさかここまで君を苦しめていたとは思っていなかった」
「……」
「本当に、本当にありがとう。そしてこれまでお疲れ様……よく頑張った」
別にお疲れ様を言って欲しかった訳じゃないはず。
もっとつらくて、苦しくて……
でも、自分の心はなぜかそれに対して満足そうにしている……
「……ありがとう。やっと落ち着いたや」
「やはり強いのじゃな、君は」
いきなり視界の端にふわふわと白い何かが現れて、優しく目元を拭っていく。
目の前はそのせいで真っ白になって何も見えないんだけど……それがなんだか白くて大きい何かに顔を埋めてるような気分で。
小さい頃親の胸に飛び込んだ時のような、暖かい安心感でいっぱいになった。
(ハンカチかなこれ?)
違うな、もっと柔らかくて綿のような触り心地。
いや、むしろもっとだ。もっと純白で柔らかい素材……そう、例えるなら天使の羽のような……
「えっ」
薄ら目を開けたら、目の前に折り畳まれた白い翼が……
私が見ているのに気づいたのか、その翼はサッと引いて……背中に羽の生えた人が……
「え……て、天使……?」
パチン!
「うわっ!」
突然の大きな音に思わず目を瞑る。
音の近さや種類からして爺さんが指を鳴らした音なのはすぐ分かったけど、びっくりしてしまって。
「ほほほ、すまんのぅ。大丈夫じゃ、目を開けてごらん」
再び恐る恐る目を開けると……そこにはもうさっきの人はいなかった。
そして同時に、周りの白いオーラはみるみる消えて元通りの色合いに戻っていく。
「……今のは?」
「心に溜まったものを空中に溶かし出す魔法じゃよ」
「なにそれ」
「悲しみや苦しみ、それらを完全になくす事はできないが……ああして空に溶かして、減らす事ならできる」
「なにそれ、ポエム?ってかさっきの人は?」
「さっきの人?」
「背中に羽ついてたけど……あれなに?コスプレ?」
「……?知らんな、きっと気のせいじゃろ」
「いたってば、ちゃんと。しかも、羽の先モジャモジャでちょっと不気味だった……」
ぱっと見綺麗なんだけど……よ〜く目を凝らして見ると指みたく細かく分かれてて、ちょっと気持ち悪かった……
「ここにいるのは君とワシだけ……きっと何かの見間違いじゃろ」
「……そっか」
「しかし本当に強いな、君は」
「強くないよ。さっきまで取り乱して泣きじゃくってた訳だし」
「いや、今こうして立ち直れたのは強いという証。なかなか大したもんじゃ」
「……」
「ワシが見込んだ通り……いや、それ以上じゃった」
「じゃあ、」
「……うん?」
「じゃあさ、とっとと帰らせてよ爺さん」
軽口復活。
「いやぁ、それがのぅ」
「何よ」
「このタイミングで……その……とても言いにくいんじゃが、実はまだ話に続きがあっての……」
「ええ〜まだなんかあんの?」
そう言い返せるレベルにはすっかり元気になっていた。
と言う訳で、主人公に一旦お疲れ様を言うだけのお話でした。
誰得とか言っちゃいけない。
誰だって疲れるよ、異世界生活。
クラス替えとか異動とか引っ越しとか……その程度でさえ大変なのに、異世界って。
そういうお話読むたび、よくやっていけるなぁなんて思っちゃう。
……とか言いつつ、そんなお話を自分でも作ってる訳なんですけどね!超ノリノリで!
∵(゜ε(○=(゜∀゜ #)鬼かっ