22.あれは不可抗力だから
「静……むぐぅっ?!」
「はいストップ!」
ほんと、出オチもいいところだ。
ああ、やっぱり。
バレンタインが終わってその次……何かやばいのがくると思ってた。
ホワイトデーイベントってやつ?
ホワイトデーって、リアルだとバレンタインと違って何かするってイメージあんまりないけど……ここはゲーム、何かしら起こるとは思ってた。
「んぐむぐ……!」
とはいえ……その何かしらがまさかこの赤い人なんて。
「……っぷは〜!あ〜苦しかった!」
彼の口を押さえていた手を外すと……出るわ出るわ今の行為への文句が。
「もう、なにすんだよ!やめろよ、苦しいじゃんか!なんだよ急に!」
「だ、だって!」
「だってって……俺が何かしたってか?!」
「した!名前呼んだ!」
「は?!呼んじゃ悪いかよ!」
「悪いよ!」
「なんで!」
「なんでも!」
「理由言えないような事かよ!」
「そうだよ!」
「はぁ?!なんだよ、せっかくプレゼントしようと思ったのに……ひどくない?」
「そりゃあ私だってこんな事したくなかったよ!でも……!」
「下の名前くらい呼んだっていいだろ?」
「だからそれが駄目なんだって!」
「なんで?」
「うっ。そ、それは……その……」
「まさか、他の奴気にしてる?」
ぎくっ!
「もしかしてお前……このクラスに誰か、気になってる奴いる?」
一気にピンチに。
こういう時に限って観察眼鋭いんだもんな……
「い、いや……」
「別にいいけどさ。どうせ俺には敵わない」
「えっ……今なんて……?」
「どうせ俺には関係ないっつったの」
いや、明らかに音が違うって。
もっと不穏な響きだったって、さっきの。
「……それより、ほら。受け取れよ」
「あ、ありが……」
えっ。
「あ、えと……これ……」
「開けてみて……ってか、つけてみて」
「え……」
「何躊躇ってんだよ」
いやさ、だって……ピンク色で透け透けの袋の中になんかこれまた透明な箱が入ってんだもん。
中身もうほぼ、モロ見えなんだもん。
「……」
「おもちゃだって。そんな緊張するようなもんじゃねぇだろ?」
「いや、そうだけど……でもこれ……」
いやこれ……指輪じゃん。
おもちゃなのは分かるけど、それでも指輪は指輪じゃん。
「だから作りもんだってば。本物みたく高ぇもんじゃない……そんなビビんなって」
本物じゃないっつったって……見た目がもう指輪な訳で……
「あ、ちょっ、ちょっと……後でつけてみようかな!あはは!」
「なんだよ、周りの目がそんなに気になる?」
「いやぁ、もらえてめっちゃ嬉しいんだけど……ちょっと恥ずかしくてさ」
ここは引き下がれない。
ここで付けたら、後が……怖いなんてもんじゃない。
「え、やだよ〜。だっておもちゃつけてテンション上がってるとこ、他人に見られたくなくない?」
「え、何?駄目なの?」
ああ、声が段々険しく……
駄目ですか。おこですか。
「あ、ああ、後で!後で、家帰って絶対つけるから!写真送るよ!」
「なんで?今つけてよ」
「今ぁ?だ、だって……ほらやっぱ恥ずかしいじゃん?」
「じゃあ帰り道」
「帰り道……」
ずももももも……
なんかドス黒いオーラが彼の周りに……
「うん帰り道!帰り道ね!それならまだ恥ずかしくないかも!」
ちょっとマシになったとはいえ、それでも危険な事に変わりないけど……もうこの感じもう他に選択肢ないみたいだから、そう答えるしかしかなかった。
「ってかさ……」
指輪付けると約束した事で満足したのか、ここで話題が変わる。
『ってか』『てゆ〜か』で話題変えるの、真面目に考えると謎だよね。
『というか』の略のはずなのに、唐突にそれから始めても許される謎の風習……日本語って不思議〜。
(おっと、脱線しちゃった……)
「なんか、思ったんだけどさ……」
さっきまでの軽いノリとは打って変わって、今度はなんか急にアンニュイな表情に。
「人を好きになるってさ、不思議だよな」
「……へ?」
な、なんだなんだ……?突然哲学語り出したぞ……?
「好きになった理由って、あるじゃん?ほら、顔がタイプだったとか性格が良いとか……」
「う、うん……」
「でも結局、意識し始める時って大体突然っていうか……理屈じゃないっていうかさ」
「……」
「恋って『落ちる』んであって、『する』もんじゃないんだよな」
なんかどっかで聞いたことあるかも、そのフレーズ。
「だから……一目惚れってそういう事なんだろうな」
「え、えと……ごめん。何の話?」
「いや、昨日見たドラマの話」
ドラマかい。
なんか急に真面目な話をし出したと思ったら、ドラマの話だったのね……
「見てる?『揺れる水面』ってやつ」
「ううん、見てない」
「そっか。まぁ恋愛ドラマなんだけど……主人公が社会人でさ、高校の頃の初恋の相手から連絡が来るところから始まって……」
「ほうほう」
ほう?詳しく?
「で、なんか……休みの日に会う約束して、良い感じになるんだけど……」
「ふんふん」
「でも、今度はなんともなかったはずの職場の先輩がやたらと距離近くてさ……」
初恋の相手と、職場の先輩!うひょ〜!
憧れと現実、みたいな……?
面白い話の予感!オラ、ワクワクすっぞ!
「んで今、一緒に残業したからって……その先輩の方ばっかり気になっちゃってんの主人公」
「へ〜、面白そう」
「面白くねぇよ、だって意味不明じゃん」
「なんで?」
「なんで全然何も知らない奴をそこまで好きになれんだよ……おかしいだろ」
「先輩じゃん、知らなくないじゃん」
「違うんだって。初恋の相手の方はちゃんとくまなく調べてるけど、先輩は完全ノーマーク……年齢すら曖昧なくらいだぜ?」
「う〜ん、まぁ……なんか感じるものがあったんじゃない?」
「そう、それなんだよな!」
突然パンっと大きな音がして、心臓が縮み上がる。
「うおわっ?!」
「あっ、ごめん」
いきなり『それな!』みたく手を打つもんだから……ああ、焦った。
「やっぱ、そうなんだよな……会って0.2秒でもう始まってるってやつだよな、きっと」
「何それ?それもなんか聞いたことあるけど」
「恋愛が始まるまでの時間だよ。やっぱ会って速攻始まってんだよな、そういうのって」
「ほぉ……」
「いくら濃い時間を過ごしてたって……波長が合うような奴が現れたらそっちに行くかもしれないって事だよな、つまり」
(……!)
「そそ、そうかもねっ!いやぁ恋って不思議だね〜!あはは!」
し、心臓が……嫌な感じにバクバク言っている。
「だろ?意外と深いっていうか、面白いんだよなあのドラマ〜」
「え、私も今度見ようかな〜結構ハマりそうな予感」
「だろ〜?」
『いくら濃い時間を過ごしてたって』……この言葉、なんだか歩君自身の話のようにも聞こえて。
自分以外に他にも恋人候補がいるって勘付かれた……?いやいや、まさか。
でも、なんだか今のセリフはそういう風にも聞こえてしまう……
今してるのはドラマの話な訳だし、気にし過ぎかもしれない。
でも、関係ないと言い切るには意味深過ぎる。
(まさか今の自分と重ね合わせてたり……する……?)
いや、今のはそんなに深い意味無いのかもしれない……そうであってほしい……
「お〜い、早乙女!先生呼んでる〜!」
彼を呼ぶ、モブ男子の声。
「え、何?先生?」
「なんか廊下でお前の事探してるっぽいぜ?」
「バレたか、補習すっぽかしたの……はぁ、めんど……」
なぬ?!
「え!今日補習あったの?!」
「あ〜、まぁ……うん」
「え〜っ?!」
すっぽかしちゃ駄目なやつそれ〜!
ホワイトデーどころじゃないじゃん、君!
「テストの点足りないから再テストする事になってさ……でも、赤点だった人はその前に補習も受けろって言われてて」
リトライするにしても、赤点じゃ〜……ね?
ちょっとミスったってレベルじゃないし、ここでちゃんと勉強しないとまた同じ事になっちゃう……
「で……君はそれをサボったと」
「まぁな」
まぁな、じゃないよっ!
再テストも落ちる気満々じゃんか!
「それじゃ卒業できないかもよ!」
「かもな〜」
かも、じゃ駄目だってば!卒業して!
「まいったな……」
どうしようかとこちらを見る彼に、はよ行けと視線で促す。
「まじか、今行く〜」
はぁ、とため息をついて渋々といった感じで廊下へ出ていった。
(いやいやいや!ため息なのはどっちよ……?)
学校の先生ってほんとに大変ね……こういうのがいるから……




