21-4-2.気になる距離感
ふとここで、それまでずっと指を見ていた彼の目がくりんっとこちらを向いた。
「……!」
そして、私と目が合うなりニヤリ。
「え……」
「な〜んちゃって⭐︎」
指はようやく解放され、力なく腕ごとススス……と落ちていく。
「え?えっ?え?」
え?『なんちゃって』?
「……っ、ふふふっ」
「なっ……?!」
「静音ちゃん、ほんと真面目なんだもん。す〜ぐからかいたくなっちゃう」
「へ?」
「指にチューすると思った?」
「お、思った……」
「やだなぁ、冗談だよ〜」
君の場合それが冗談に見えないのよ!
「え、今の本気だと思った?」
「思った」
「普通に今の流れでそんな事すると思った?」
「うん」
即答。
「……そっか」
「……」
「そう思っちゃうか、普通。普段の態度からして……」
返事できなかったけど、心の中では大きくイエス。
「ほんと、損な性格だな。真面目にやったらふざけるように見えちゃう、逆にふざけてたら本気でやってると思われちゃう……」
ピッタリお互い合っていたはずの視線が、いつの間にか全く合わなくなっていた。
最初の一言の瞬間きら向き合って立ってるのに……
今の彼は私の顔を通り越してどこかの空中を見つめていて、その一方私は彼視線があっていた時のまま、顔の辺りをぼんやり見つめている……
「そろそろ、本気で変える時期が来たかな。心を入れ替えて、もっと真面目に……」
「え?真面目?」
「うん。駄目?」
「ううん、駄目じゃないけど……違和感すごいだろうなって」
「あはは、だよね〜。やっぱりそうかぁ」
「なんで?真面目になりたいの?」
「真面目になりたいっていうか、正直者になりたい?真っ直ぐ自分を出せるようになりたいっていうのかな?」
「ふんふん」
「このまま、今のままじゃ……うまくいかないなって思ってさ」
「うまくいかない……?」
「いやさ、静音ちゃんからチョコもらってる奴ら見てて、思ったんだ……素直なのって得だなって」
「あ、あ〜……」
素直……か?あれ?
「今までもそうだった。普段は真面目で分かりやすくて、かつここぞって時に素直に動く奴がいつも有利で……」
「……?」
「相手にはっきり伝わるんだろうな、その方が。良くも悪くも、だけど」
「ええっと……?」
「いや、それはこっちの話。とにかく、もっと真面目な人間になりたいなって思ってさ」
「真面目……市ノ川君みたいな?」
「……っははっ!あれはやり過ぎ」
完全にネタ要員でごめん、いっちー。
でも、今のでようやく唯がこっち見てくれたからいっちー様々だ。
「え〜、変えちゃったら唯らしくないよ。そんなに無理しなくていいんじゃない?」
「ありがとう。でもね……」
「……?」
「でも……駄目なんだ」
「どうして?」
「え……」
ほんの一瞬で目がまんまるになった。
この驚きの表情を見るのは久しぶり……バイクで出かけた時以来だ。
「あ、えっとさ……」
「うん」
「俺、さ……その、ほんとは……」
言葉が途切れるなんて、珍しい。
いつも同じトーンで安定してるはずの彼が、珍しく本気で動揺している……
「ほ、ほんとは……さ……」
言いかけながら、こっちを向く唯。
黄色い瞳が揺れている。
あくまでいつもの通りの雰囲気を維持しつつも、そこは誤魔化せていない……
「静音ちゃんがチョコ、他の奴に渡してるの見てて……その……動揺しちゃって」
こっちを向きつつも、その視線は私を通り越してどこか虚空を見つめている。
「こんなに他のみんな……とも、仲良いんだなって思って……」
『みんな』の後、ほんの少しだけ長い間があった。
なんだかまるで、何か言いたくない言葉を避けようとして言い直したかのような……やけに不自然な間が。
「でも、それを出さないように抑えてたつもりだったんだけど……駄目だ、今喋っちゃった」
「……」
「ごめんね、こんなこと急に言っても困るよね」
今にも泣き出しそうな、限界の笑顔。
これもまた久しぶりに見た。
ギリギリで維持してたらしい、彼の周りの明るい空気はみるみる暗く沈んでいく……
「や、やっぱ、今の忘れて!誰と仲良くしようと静音ちゃんの自由だから……!その、こう言っておいてなんだけど……今の、気にしないで!」
返す言葉に悩んでいる私を少し待って……
「……」
「……」
でも何の返事もない事から何か察して、彼はさらに話を続けていく。
「そういや、静音ちゃんてさ……」
「……?」
「好きな人……いるの?」
「えっ?」
(え、このタイミングで?!)
「えっ……えっと……」
「ああ、いや……言いたくないならいいんだけど」
「……いない、よ?」
答えはもちろん歩君の時と同じ。
すでに準備してたから、後は口から発するだけだった。
「……そうなんだ」
どんな気持ちなのか、声からはいまいち読み取れなかった。
かといって、またその目はそっぽを向いてしまっていて……
「ねぇ、静音ちゃん」
「ん?」
「一つ、わがまま……言っていい?」
「わがまま?」
「うん。別に好きじゃないんなら……その……もう少し距離を置いてほしいなって」
窓の外でカラスが一声、大きく鳴いた。
「ちょっとなんか、近いなって思う時があって……別にそれが駄目って訳じゃないんだけど」
「……」
「だけど、なんか……ただ仲良いってだけじゃないように見える時があって……」
「……」
「……駄目?」
それはもう、おっしゃる通り……
みんなとフラグ立ててるんだから、全くもってその通り。
その中の誰とでもいつでもすぐくっつけるように、いい感じを保ってるんだから。
(距離を置く……)
もうもはや好感度は全員最大値。
上がるだけで下がる事がないとされるこのゲーム、ここまで来てるならこれ以上何かする必要は全くない。
むしろ彼のいう通り距離を置いて、そのままエンディング目指すのがベストな進め方だろう。
無駄に好意を煽らない事で、安全に終われるんだろう。
でも、私はできない。これまでそれができてない。
人間だから……と言ってしまうのは主語が大き過ぎかもしれないけど、彼らとイベントで会話する以上無関心は無理。
だからって、無理矢理意識を変えてこれからのイベント全てを事務的な会話で済ますとしても……
これまでの流れがある以上、仲良くならないようにする方が難しい……