21-3.カレーと都と武将とカニカマ
あーもうめちゃくちゃだよ(会話が)
恐る恐るスマホの通知を見る……
(唯だ……!)
未読三件に、不在着信が一件……チョコ待ちだ、どう見ても。
何回も連絡来てるけど、怒ってる訳ではないと思う。そんなタイプじゃないから。
でも……内心きっとあんまり穏やかじゃないだろうな。
(……)
一瞬躊躇ったけど、勇気を出してLIMEを開いてみる。
『(穴からぴょこっと顔を出すうさぎのスタンプ)』
『静音ちゃん?』
『あれ?もう帰っちゃった?』
オオゥ、案の定めちゃくちゃ待ってらっしゃる……
秋水の番でだいぶ時間を食っちゃったからなぁ。
歩君の時も結構お喋りしてたし、他のキャラからしたら相当待たされてる訳で……まずいな。
ここからちょっとペースアップしてかないと、やばそう。
(そうと決まったら、まず狙うは……唯!)
急いで隣の教室の扉を潜る。
走りたかったけど、どこぞの生徒会長サマが怖くてここは早歩きで。
「はぁ、はぁはぁ……ごめん、姉小路、く……!」
「……ん?」
入り口に片足突っ込んだ瞬間、聞こえてきたのは唯のあの軽〜い口調じゃなくて、低い特徴的な声だった。
(うおっ?!ここでいっちー?!)
まさかのまさか。
いや、唯と同じクラスな訳だしいても全然おかしくはないけど……でもまさか、このタイミングで会うとは。
彼も彼でびっくりしたらしく、立ったまま首だけこっちに向けてじっと見ている。
ちなみに教室にいたのはこの彼だけで、唯はもちろん他の生徒まで綺麗に誰もいない。
(これはこれで地味に気まずいや〜つ……)
まぁいいや、せっかく会ったんだしチョコ渡しとこう。
「あ……えっと……お疲れ様、です?」
「なぜ聞く?」
「いや、えと……」
「姉小路なら、とっくに帰ったはずだが?」
「あ、そ、そうなんだ……」
「……帰らないのか?」
「いや、いっち……ノ川君こそ」
危な。
「俺か?俺は、みんながなかなか帰ろうとしないから注意して回っていたところだ」
一斉に人が消えた原因、君だったのね……
「今日はバレンタインだからとか言って、何度注意しても帰ろうとしなくて……やっと今さっき最後の一人を帰らせたところだ。おかげで自分まで帰るのが遅くなってしまった」
お疲れ様〜。
「そう言う七崎も、何をしているんだ?まさかとは思うがお前も……」
「うん、実はそのまさかでさ」
くわっと目を見開いて、私の顔をまじまじと見るいっちー。
「なっ……?!」
渡したいものがあるとか、まだそう言ったことは何も言ってないけど……もう、雰囲気で何やら察したらしかった。
これから何が起こるか、いくらそういうのに疎い彼とはいえ分かってるみたい。
なんか緊張してきた。
他のキャラと対して変わらないはずなのに……なんでだろ。
いっちーのオーラ?生徒会長サマの圧?
「渡したいものって……それは、つまり……」
「うん、ちょっと待って」
そのつまりなんですよいっちーさん。
ガサゴソガサゴソ……
ちょっと鞄の奥の方入っちゃって……あっ取れた。
「はい」
「こ、これは……!」
チョコをわざわざ手のひらに乗せて、まじまじと見つめるいっちー。
いやそれ、ただの義理チョコなんだけど……
「……」
「……」
目を丸くして無言でじーっと見つめ続ける。
小さなチョコの袋を。
「……」
「……」
(あ、あの〜。そろそろ次行っていいかな……?)
こうしてる間にも唯が待ってるんですけど……
急いでるんですけど、あの〜。
「こ……こ、こ、こんなもの!駄目だ……!」
急に大声。どうしたどうした。
「チョコ、つまりお菓子!」
「え?う、うん……」
「そんな、勉強に必要ない物を持ってきて……!規則違反だ!」
「でも今日はバレンタ、」
「お前までそれを!駄目なものは駄目だ!」
顔がみるみる赤くなっていく……声を張り上げてるせい?
(いや、多分違うな。これは……)
「こんなの、駄目に決まっている!没収だ没収!」
「は、はいぃ?!」
いや没収って……あなたにあげたんですけどそれ……?
そう思って彼の顔を見ると……
(わ〜お……)
目には見事なぐるぐる模様が描かれ、頬は真っ赤っか……
なんかもう、分かりやす過ぎて……逆に困るレベル。
「またそうやって、すぐ規則を無視する……!」
「ごめんて!」
「許されると思っているのか!」
「きょ、今日ぐらいは……駄目?」
「そんな上目遣いされたって駄目に決まってるだろうがっ!」
「う、上目遣いぃぃ?!」
してるつもりは全くない。
っていうかそれ、単純にいっちーの背が高いから視線が上向いてるってだけ……
「とにかく駄目だ駄目!」
「で、でも……今日は特別な日だし……」
「駄目だ!なにせ、こんなのもらうなんて初めてなんだぞ?!分かってるのか?!」(?)
「よ……よかったね?!」
勢いすごいけど……だいぶ混乱してるな?
「まさかこの後、俺の事好きだなんて言い出さないだろうな?!」(??)
「ええっ?!いや、それは……ないかな……」
告白しちゃ駄目って言われちゃってるし、私。
「ふざけた事を言うな!俺は今すぐにでも言えるっ!」(???)
お?
おおお……?これって……
(これってまさか……)
これって、判定どう?
(これ、告白?じゃないよね?)
ズコーってなった方、ごめんなさい。
そっちです、まずそっちの心配。身の回りの安全確認。
う〜ん、でも特別変化ないから……今のもセーフ?
「おい!なぜ黙る……っ!」
なぜ涙目になる!このタイミングで!
ぐるぐる目で赤面で涙目とか、要素渋滞し過ぎだよ君!
「そもそも、なぜこんなものを渡した?!」
「なんでって……バレンタインだし……」
「だからって……!こんな、手の込んだ物を……!」
「いやいや、義理チョコよ?量産して、他の仲良い人にも渡してるやつだから……」
「なっ?!他の……仲良い人……?!」
「うん……」
「そ……そうか……」
あ、しょんぼりしてる。
ごめんね、君だけじゃないのよ。
「……はっ!待てよ?!」
今日のいっちーはなんだか忙しないね。歩君並みに感情激しめ。
いや……歩君がほんのちょっと恋愛方面リードしてるってだけで、実質二人とも中身一緒な気がしてきた。
激情家タイプってやつ?
外から見える性格は全く違うけど、内側のもっと根本的な部分は案外似た者同士なの……かも。
「……って事は、だ!俺はその『仲良い人』なのか?!」
「そりゃそうだよ」
「なっ……!なんだと?!」
あっ、余計に混乱に拍車が……
「で、でも!それはあくまで義理チョコだから……」
「義理と本命の何が違う!同じだろうが!」
「違うって!」
「スパイスふんだんに使った本格インドカレーだって、ただのレトルトカレーだって同じカレーだろう?!」
「カレーだけど!違うって!」
「平安京だって平城京だって、都だろう?!織田信長だって伊達政宗だって、武将だろう?!」
「括りが雑!あと微妙に違う!」
「カニカマだって蟹だって、どっちも美味しいだろう?!」
「だからどういう事?!両方美味しいけどさ!」
「だろう?!」
いや、だろう?!って。だろう?!って言われましても。
「いやそれ、チョコとどんな関係が?」
「え、どんなって……」
説明求む。
だってレベルというか、比較対象違くない?
蟹と海老じゃなくて、カニカマって……あの……お値段が全然……
「だ、だって……」
「うん」
「義理だろうがなんだろうが、これじゃあ……その……」
段々と声が小さくなっていく。
「そ、その……」
「……?」
「これじゃあ七崎が……俺の事、好きみたいじゃないか……」
「いや、だから嫌いだったらそもそも渡さないって……」
「……」
あれ、黙っちゃった。
「と、とにかくだ!これは俺の方で預かる!今日の事態について後日生徒会で話し合いさせてもらうからな!」
「え?い、いいけど……」
いいけどそれ、君にあげたんだってば。
「さっさと帰るんだぞ!じゃあな!」
ドタドタと激しい足音立てて、どこかへ足早に立ち去ってしまった。
「……あ!」
もしかしてと思って、慌てて廊下に出ると……すごい勢いで遠ざかっていく背中が見えた。
どうやら今回は事故らず真っ直ぐ戻れたようで……ホッ。