21-2-2.モテる男はつらいぜ?
LINEのやり取りなのに会話文並みにめっちゃ長々喋ってるけど、そこは気にしない方向で……
ブブッ。
スカートのポケットの中で、スマホが短く震えた。
(誰よ、こんな時に……)
ただスマホが鳴っただけなのに、イライラがつい滲んでしまう。
今の私、相当心に余裕がなくなっている……
『さっきはごめん』
見ると、秋水からのLIMEだった。
さっきああ言われて、正直今すごく嫌……
あれからまだ全然気持ちが落ち着いてないというか、今のこの状態でいつも通りに振る舞える自信がない。
(だって……あんなに言われちゃなぁ)
気分的にはもう無視しちゃいたいくらいなんだけど……でもだからって、そう言ってむくれてる訳にもいかないか。
流れを止めてたらイベントが進まないだろうから。
ほんとは嫌だけど……しょうがない。ここはあくまで今まで通りを装うしかない。
ある意味『迷い人探し』っていう仕事をしてるんだから……ビジネスなんだし、ここは大人の対応でいくしか。
(はい、深呼吸〜……)
「どうしたの?」
返信っと。
ついでにあの変な感じになった理由、聞けそうなら聞いてみようかと思って。
『アイツらが見てたから』
見てたから……ああ、つまり……
「あの女の子達の事……?」
しばらく返事はなかった。
(まずい事言った……?いや、気にしすぎかなぁ)
返事ない割に、既読が一瞬でついたのは気になるけど……何か忙しいのかもしれない。
向こうにも向こうの都合ってもんがあるし。二十四時間常にLIMEできる訳でもないし。
(じゃあ、この話はまた後で……って、うわっ?!)
『僕達が普段からよく話してるって事、知られたくなくて』
『もしバレたら、君にまで被害が及ぶかもしれない……それだけはどうしても避けたかったんだ』
『あの二人、二人とも去年入学早々僕に告白してきて……断ってからずっとああなんだ。いつもああやって見てくるだけ……』
めっちゃ語ってくるやん。
告白してきた……そうか、やっぱりそういう系か。
やっぱり秋水、女子にモテてるのね。設定にあった通り。
『別に何も変な事した訳じゃない、ただいつも通り断っただけ。それも、彼女達だけ特別変な対応したとかそういう訳でもない』
『なのに、変なのに当たっちゃったっていうか……あの人達だけだよ、あんな執着してくるの』
いつも通り断るって……さらっと言うけど、なかなかのパワーワードだ。
告白されたのが、一度や二度じゃないって事でしょ?
そりゃモテるんだから当然なのかもしれないけど……想像できないっていうか。
なんかすごい世界にいるのね秋水……
『だから、嫌ってるフリをしてた。君と仲が良いなんて気づかれたら、何されるか分かったもんじゃないから……』
『でも……フリとはいえ、相当嫌な思いさせたと思う。本当にごめん』
「いいよいいよ、むしろありがとう」
なぁんだ、そういう事か〜。
色々ひどい事言われてモヤモヤしてたんだけど……あれは私を守るためだった、と。
(そっか……)
心のわだかまりがスーッと消えていく。
もちろん、さっきまで嫌な気持ちだったのは本当に事実。
ちょっとイラッと来てたのも。
だけど……今の理由を聞いて、憤る気持ちはもうすっかり薄れてしまっていた。
だって、私のためって言われちゃうとさ……
怒ろうにも怒れない……怒れなくない?
(元々の顔の良さとかも相まって……うん)
しっかし……大変だなぁ、秋水。
ただチョコを受け取る事ですら、いちいち周りを意識しないといけないとか……しんどいなぁ。
ここでまた会話のラリーが止まった。
(お?)
やっぱりなんかあったのかな?あるいは移動中?なんかやってる途中?
(まさか、あの子達に絡まれて……)
「うわっ?!」
いきなり画面に通知が来て、またびっくり。
会話の再開もこれまた突然だった。
『ごめん、ちょっと今移動中で……なかなか文字打てなくて』
「え、移動?ああ、じゃあいいよ大丈夫。忙しそうだし詳しくは後でで……」
『忙しくはないんだけど、ただちょっと』
ここでまた途切れて……
『ごめん、途中で送っちゃった。で……もう少し続けていい?』
「(OKのスタンプ)」
『あの人達……僕が誰かに話しかけられる度にああやって見てくるんだよ』
「え〜、なんかやだね」
『でも、理由はなんとなく分かってる』
「すごい、分析してる」
『分析っていうほどじゃないけど……まぁ……』
「ふんふん、それでそれで?」
『他の人が自分と同じように冷たくされるの見て安心してるんだよ……性格悪いよね』
「安心?」
『諦め切れないって事でしょ、どうせ』
「あ、ああ、そういう感じか……そうか〜なるほどなるほど」
彼の説明のおかげで、彼女達のあの不思議な態度の理解がスルスル進んでいく。
「それにしても、すごいね」
『何が?』
「いや、すごい解像度高いなって」
『解像度?』
しまった!またうっかりオタク用語を……!
「ああ、いや……随分詳しいなって」
ポンポン来てた返信がここでスパッと止まった。
(あれ?)
これまでも途切れ途切れだったけど、ここでピタリと来なくなってしまった。
えっ、これオタク用語関係ないよね?だよね?そこじゃない、よね?
タイミングがタイミングだから……不安になっちゃう……違うよね?
ふと冷静になって辺りを見回すと、廊下には私だけ。
他に誰もいない。完全に一人。
一人で突っ立ってるとか、ちょっと恥ずかしくなってきたな……今更だけど。
(もう、次に行っちゃう?)
でもなぁ……今のイベント、なんかまだ続いてそうだし。
そんな状態で他のところ行ったら、また別のキャラとバッティングしそうでやだし。
お〜い。お〜い、秋水君や〜い。そろそろ終わってもいいか〜い?
次、行きたいんだけど〜?お〜い?
さっきからずっと待ってるけど……返事はまだ来ない。
(う〜ん、参ったな)
どうしようかなぁなんてぼんやりしていると……窓の外、どこか遠くからメロディと共にスピーカーの音声が流れてきた。
『灯油、18リッター……税込で〜……』
ああ、冬だなぁ。
外に雪積もってるし見るからにそうなんだけど、でもこれ聞くとやっぱ冬だなぁって。
しかもよくよく聞いてたら、今よりだいぶ安い……いいなぁ。
(まさか物価高をこんなところで感じる羽目に……)
ちょっとだけしんみり。
ブブッ。
「うわっ?!」
急に来るんだもんなぁ。
『そりゃ、向こうが分かりやすい反応してるからだよ。詳しいも何も』
「え、そう?もし私が神澤君の立場だったら、分かんなかったよきっと」
『鈍いからな、君は』
「(ほっぺたを膨らませるクマのスタンプ)」
『それに……君と違って僕も性格悪い方だからね』
「え?」
『人がいつまでも進めないのを見て、喜んでるんだから……』
「進めない?」
『自分から動く勇気がないからって、他の人が留まってるのを見てホッとしてるんだ』
「ええと……あ、もしかしてなんかゲームの話?」
またパタリと止まり、変な間が生まれる。
「ええと……ごめん、あんまり言いたくない話だった?」
既読付いただけで放置される事、数分。
(ま、まさか……怒った……?)
『別に』
溜めに溜めといてそれかい。
いや、ただ単に移動中で送れなかっただけかもしれないけど。
別に、って。どうでも良くないやつじゃん。
「え、えっと、ともかく……神澤君と話してるとこ観察したいっていう変わった人達がいる、と」
『なんか違う気もするけど……まぁいいや、大体そんな感じ』
「へ〜。しっかし、そこまでするほどの行動力……すごいなぁ」
「まったく……ほんと、よくやるよね」
(え?)
至近距離で声がした。
また、あの声……でもさっきまでとは打って変わって優しい声。
「か、か、か……!」
「『か』って。湯◯婆か」
「神澤君?!じゃあ、あの子達も……?!」
「いや、もういない。あんまりしつこく後をつけてくるから、適当に歩き回って撒いてきた」
あっそういう感じ?なんか物理的ね?
「話しかけようとすると逃げる、でも背中向けると追ってくる……」
テ◯サかな?某きのこ大好き配管工のゲームの。
「ほんと、めんどくさい奴らだよ……」
そう言う彼の髪は普段より少し乱れていて、より一層癖っ毛感が増していた。
いつものが『もふもふ』なら、今のは『ふかふか』……みたいな。伝わって。
ともかく、本当に校舎内をうろうろしてたっぽい。
「はぁ、疲れた……」
「お疲れ様。結構良い運動になったんじゃない?」
「ああ、おかげさまで」
嫌味ったらしく返しながらも、彼の顔がさらに緩んでいく。
満面の笑顔とまではいかないけど……なんかこう、ふにゃっと……
(う……だから、そういうの反則だって……!)
唯の時といい、七崎は笑顔に弱いって何度……
「しかし、まさか校内をマラソンさせられる羽目になるなんて……」
ここでふと、なんとなく辺りをキョロキョロ。
お互い同時だった。二人とも同時に何か思ったらしかった。
(あれ、誰もいない……いつの間に……)
少ししか時間が経ってないはずなのに、残っていた生徒達はもうほぼ帰ってしまっていた。
どうやら、それぞれみんな『今年のバレンタインが終わった』らしい。
(そっか……みんな、無事に想い伝えられたのかな?)
廊下には自分達以外誰もいないのを、今のではっきり確認して……
「「……ふふっ」」
今度は顔を見合わせて、笑う。
何を確認していたのかはお互い分かっていた……あえて言うなら、彼女ら。
とりあえず今のところここは安全地帯のようだ。
「……静音」
「わっ?!」
ここで来たか。
いや、いつか呼ばれるとは思ってたけど。
「あ……まだ、早かった?」
「いや……ううん、ちょっとびっくりしただけ」
緑色の瞳がこちらを向いた。どこか甘いオーラを漂わせながら。
「……さっきは……本当にごめん。あれは演技で……」
「うん、分かってるよ」
「本当はあんな事微塵も思ってない。むしろ……」
「……」
「チョコ、ありがとう。義理なのは分かってるけど……それでも嬉しい」
(デレた……!)
あの秋水が!
デレた、デレたぞ〜!祭りじゃ、祭りの始まりじゃ〜っ!
「か……神澤、君……」
「静音……」
ほんのりじわじわと染まっていく頬と耳。
恋愛ゲームらしい甘〜い時間が始まる、そんな予感に期待していると……
ブブッ。
握りしめたままのスマホにまた振動が。
出……る?
いやいや。とは言え、今は秋水と喋ってる訳だし……
(誰だろ……?)
まずい、まずいぞ。
他の四人の誰かなのは確定、でも誰からのでもやばい事に変わりはない。
「……?なんか来てるみたいだよ?」
「え?いや、いいよ後で……」
ブーッ、ブーッ。
(ひぃ!今度は通話……!)
「出ないの?」
「え、あ……あ〜……」
「……」
「いや、その……」
煮え切らない返事の私に彼は何か察したのか、くるっとこちらに背中を向けて。
「そうだな。またあの人達来るかもしれないし……あんまりここに長居しない方がよさそうだ」
「えっ、ちょ……」
「僕はただ謝りたかっただけだから、喋るのはまた今度にしよう。じゃあ、またね」
寂しそうな顔、そして声。
「あっ、待って……!」
今のままもっと話したかったけど、引き留めるうまい言い訳が思いつかなくて。
それに、この後三人分のイベントをキャラさっさと済ませたい気持ちもあって、中途半端に悩んでる間に彼の姿は消えていた。
(ごめんね……変に気を使わせちゃった)