21-2-1.君のための大嫌い
歩君と別れた私は、ひとまず廊下に出てみる事にした。
チョコ渡してないし、他四人はきっとまだ帰ってないはず……
でもどこにいるんだろ……やっぱり、どこかの教室?
(とりあえず……まずは隣のクラス行ってみようかな)
分かんないけど、もしかしたら唯とかいっちーいるかもだし。
「あ、あの……受け取ってください!」
(おお……!)
チョコ渡してる子がいた。
私のすぐ側、今まさに通り過ぎた横で。
いいねぇ、青春だねぇ。
ただの通りすがりの私までドキドキしてきちゃう。
(が、頑張れ……!)
「……まだ残ってたの?」
「うわっ?!」
アオハルのワンシーンにホクホクしてたら……背後からいきなり棘のある声が。
「か、かか、神澤君?!」
「……」
相変わらずの、人を見下すようなその視線。
私からしたらいつも通りの彼で、全然なんとも思わないんだけど……
この目でどれだけ敵を作ってきたんだろう……なんて。今ちょっとだけ思ってしまった。
だからどうって訳じゃないけど。
「何、急に黙って」
「ああ、いや……ちょうどよかったなって。神澤君にも渡そうと思ってて……」
「『にも』、ね……」
「え?あ、あぁ……うん」
うっかり口が滑っちゃった⭐︎えへ⭐︎
でも、君も一番じゃないの気になる?
歩君もそうだったけど……君も気にする派なのかぁ。
ちょっと予想外の反応だった。
「ええっと……ちょっと待ってね……」
間違って本命用渡したら怖いから、ここは慎重に。
「どれだったっけ……あっ、これだこれだ」
「……」
「はい、これ!」
「ん」
ん、て。
ん、って……あの……
なんか急に変な空気に。
これまで穏やかな感じだったのに、突然初めて会った時のような冷たさ。
「え?ど、どうかした?」
「……」
「え、何?なんか私、変なこと言った……?」
「……」
何事かと思って周りを見……るまでもなかった。
(あ……!)
な、なんか見知らぬモブ女子二人組に見られてるんですけど〜?!
(え、えっ?!いつからそこに?!)
ついさっきまでいなかったはずだけど……なんか今、普通にいる。
ここからちょっと離れたところから、二人とも腕組みしてこちらを見て……いや、睨んでる?
(え、こわ……)
それも『たまたま目に入っちゃって……』どころか、堂々鑑賞してらっしゃる。
離れてはいるけど……間に障害物ないし、顔はガッツリこっち向いてるし、これもうガン見じゃん。
(隠れる気ゼロ……)
「……」
「……」
ふとここで彼女達と目が合った。
こっちもまた、人を見下すような冷たい目……でも秋水のそれとは違って、本当にこちらを見下し嘲笑うかのような気持ち悪い視線。
(な、何?私の事?私が、なんだっていうの……?)
しばらくして、何を思ったか急に目を逸らし……今度は完全に顔を背けてしまった。
そのおかげで私は視線から解放された訳だけど……見てなくても、なんとも言えない気持ち悪さは続行中……
秋水はと言うと、彼の態度も依然として『ん』の時のまま。
なんだかすごいそっけない……
なんだ、なんなんだこの空気感……!
(私が何したって言うのよ〜!)
秋水は何も答えてくれないし!見てくる子達はまだしばらく帰ってくれそうにないし!
いきなり時間飛んで、シチュエーションを察するのは結構上手くなってきたと思うけど!
こういうのは流石に無茶振りがすぎる……!
(あっ、待てよ……もしかして……!)
そっか、思い出した!
そういや女子の人気高いって設定だったっけ、彼。
(げげっ、それじゃん!それしか考えられないもん!)
う〜わ、まじか!やらかした……!
そういやそうだった……完全に気を抜いてたけど、君の場合それがあるんだった……!
運が良かったと言うべきか、今まで彼と喋るイベントは人気が少ないところばっかりだったから全然問題なくこれちゃったけど。
それはあくまで例外であって、本当に運が良かったってだけ……本当はこうやって、他の女子がついて回るって訳で……
彼女達のどちらが秋水の事好きなのか、あるいは両方か、はたまたどっちもその気はなくただ興味本位で見てるだけか。
あるいは、さらに別パターンとして……
ほら、クラスのカーストみたいなのあったりするじゃん?
あの程度の子が神澤君にチョコ渡すなんて、ルール違反だ!みたいな……そういうのもありうる。
実際どうなのかは本人のみぞ知る、だけど。
でも、ともかく今ので確実に彼女達のヘイトを稼いでしまったって事……!
(地味にピンチ……!)
「……あの、」
「……」
そしてこの無言。目も合わせてくれない。
(なんだろ、怒ってる……?)
この現場を人に見られて恥ずかしくて怒ってる、とか?
「……」
だから無言やめい!何も分かんないのが一番怖いんだって!
(……はっ!)
ここでふとまた視線を感じた。
もう一度見る気にはなれないけど、多分また彼女達だ。
また、見られてる。
「……」
秋水は無言。視線は変わらずチクチク。
「……」
無言。でも視線は(略)。
(ど、どうしよう……)
「……これ、手作り?」
あ、やっと喋った。
「え?う……うん、そうだよ?」
「そう……」
「……」
そして、また黙り込む。
(手作りなの、なんかまずかったかな?)
秋水の方を見ると、眉間に皺寄せて何か悩んでいる。
悩んでいる……いやなんか違う。
なんだか苦渋の決断を迫られているような、もっと切迫した表情……そんな困るような返事だったかな?
こうしている間もあの女の子達の視線がしつこく張り付いてきている……
(ううう、だからなんなのさ……)
ここでいきなり、スマホを取り出して弄り出した秋水。
(お?)
何かを検索してるというより、文字を打ってるような感じ。
そして、打ち終わるなり画面をこちらに見せてきた。
「……見て」
なにやらメモアプリの文章が表示されている。
『今から言う事、真に受けないでね』
「え……?」
「以上」
(いやいや、以上って言われても……)
これはまたあの『秋水語』?
でも、それにしても……タイミングといい、シチュエーションといい、意味不明過ぎる。
そんな突然、真に受けるなって言われても……
「分かんない?いちいち説明してる暇ないんだけど」
おおぅ、なかなか刺々しい……
いやでも、そう言われましても……今のじゃ何も分かんないよ……
「あ、え……えっと?」
戸惑う私を彼は意味ありげにじっと見つめて……
「……」
「……」
サッと目を逸らした。
「えっ待ってよ、今のはどういう……?」
答えは返ってこない。
「……」
「……」
こちらに中途半端に謎かけをしたまま、彼はさっさとスマホをポケットにしまってしまった。
「……か、神澤、君……?」
ようやくこっちを見た。
(……っ!)
見たは見たけど……
冷たく見下すような視線……まるで剣のようにこちらを突き刺そうとする鋭い視線が、私の方を向いている。
その姿はもちろん秋水。視線の主ももちろん秋水、のはずだけど……
(え……だ、誰……?)
なんだか、どうしても同一人物とは思えなくて。
私の知ってる彼とあまりに違い過ぎて。
「……ふっ」
(鼻で笑った……どういう事……?)
私を見つめてから……いや、スマホの画面を見せてから……彼の様子がなんだかおかしい。変だ。
いつもと全然雰囲気が違う。妙にキツい……
「……神澤、君?」
「今ので、正解だろ?」
「……?」
「ふっ」
また鼻で笑われる。
「図星過ぎて声も出ないか。レシピ、今見せたのと全く同じだろ?」
図星?レシピ?
「いくら料理しないからって、僕だって馬鹿じゃない。作り方くらい知ってる」
???
「市販のチョコをそのまま溶かして、それを固めただけ……そんなの、美味しい訳がない」
「なっ……?!」
まさか、今渡したチョコの事……?
じゃないよね?違うよね?
いくら秋水だって、面と向かってそんな事言う訳が……
「だから、素人の作るチョコは駄目なんだよ」
「……」
「石のように固くて、ボソボソしてて……食べられたもんじゃない」
「ねぇ、それって……まさか私の渡したやつの事?」
「まぁ、それも含まれるかな」
「……!ひ、ひどい……!」
それ本人に言う……?!しかもこんな、もらってすぐに……?!
「はぁ……色んな女子からこうやってゴミを押し付けられて……もうたくさんだよ。僕はゴミ箱じゃないんだから」
「そ、そんな……!」
(自分で作った訳じゃないけど……でも、そんな……ひどい……!)
じーっと監視するような鋭い視線がふっとここで弱まり、今度はクスクスと笑う声に変わる。
「え、何?」
「……」
「何か言いたそうな顔だね。何?文句ある?」
クスクス、クスクス……
「無いよね?だって正論だもんね」
クスクスクスクス……!
笑い声のボリュームも勢いも、今が最高潮だ。
「まぁ、教室のゴミ箱には捨てないでおくよ……先生に見つかったら後々面倒だから」
「どうしたの?さっきから静かだね。僕としてはそっちの方がありがたいけど」
もう、何も返せなかった。悲しみと驚きで頭が真っ白だった。
「返事がない……じゃあいいね、もう言う事ないよね?僕だって暇じゃないからさ」
「……それじゃあ」
一方的に言うだけ言って、秋水はスタスタとどこかへ行ってしまった。
最後までいつもと違う雰囲気のまま。
こちらの気持ちの整理は全くついてない。
でも、もうなんか……勝手に終わってしまった感じだった。
(……)
私を見ていた二人も、秋水がいなくなった後もしばらくこちらに意味ありげな視線を送り続け……満足したのかくるりと体の向きを変えどこかへ走り去っていった。