21-1.年に一度のそわそわデー
そわそわ、そわそわ……
目覚めたら今度は……え〜っと、放課後の教室?
授業っていうやらなきゃいけない事が終わったまったり感と、先生の目が完全に離れて自由になったことによる開放感。
(うん、やっぱり放課後っぽい)
右手には鞄。なんだろ、今ちょうど帰るとこって感じ……?
(……ん?)
ふと窓の外を見ると……なんと、超真っ白。
(驚きの白さ……ってもうそのCMやってないか)
人が通ったところは踏み固められ、そして誰も入らないところはそのまま雪が降り積もって……『ここをお通りください』と言わんばかりの通路ができていた。
校庭には人の背丈くらいの……いや、離れて見てるからほんとはもっと大きいのかもしれないけど……ともかくそんなクソデカ雪だるまが二つ。
その周りにも大小様々な大きさの雪の塊がいくつも転がっている。
作る途中で飽きたのか、はたまた時間が来て止めたのか……
あと所々、雪が少し分厚く積もってるところが大の字やTの字で型抜きされていて……何をしたかは言わずもがな。
うん、分かる。めっちゃ分かる。テンション上がるよね。
そんな雪景色に反して、教室内は超ぬっくぬく。
こうやって呑気に外を見てられるくらいに暖房ガンガンで、むしろ暑いくらい。
(あれ?ちょっと汗かいてきたな……)
意識し出したら余計に暑い。
気のせいかと思ったけどやっぱりなんか変に暑い。
なんだか妙に今日の教室はやたら熱気がこもっているような……暖房で窓閉め切ってるから?
(いや、それにしたって……)
「……で?どうするの、ミユ?」
不意に耳に囁き声が入ってきた。他の誰かと会話してるらしい、音量控えめの声。
「え〜?ま、まだ……」
「まだ待ってるつもり?」
「うん……」
盗み聞きするつもりはないんだけど、聞こえちゃう。
ごめん、ミユ。誰だか知らないけどごめん。
「え〜。今アイツめっちゃ暇そうだし、チャンスだって絶対」
「で、でも……近くに人が……」
「へーきへーき、見てないって誰も」
「で、でも……駄目……まだ無理……」
「そう言ってる間に他の子来ちゃうかもよ〜?いいの?」
「う。それは……嫌、だけど……」
「なら、早く早く!私応援してるからさ、ほら!」
「ううう……まだ心の準備が……」
なるほど分からん。今どういうシチュ?
ヒントを求めて周りを見回すと……
放課後のはずなのに、今日はいつもより残ってる人が多いような。
(おおお?)
もうとっくに帰って良いはずなのに、クラスのほぼ全員がその場に残ってて……それぞれ仲良い人同士固まってなにやらヒソヒソしている。
なかなか帰らないクラスメイト達、なんだかそわそわした空気感、女子達が後手に持っている意味深な小袋……
(はっ!これ、もしかして……!)
慌てて自分の鞄を漁ると、一口サイズのチョコがピンク色の小さな袋にラッピングされて入っていた。
中身がうっすら透けてて、小さなメッセージカードが一緒に入っているのが見える……
(なっ……?!)
もちろん、いつもの事ながら買った記憶もそれをラッピングした記憶も全くない。
もしかしては確信に変わり……ここで全てを察した。
いや、ね?そろそろだなぁとは思ってたよ?思ってたけどさ……
あの……まだ全然決めきれてないんですけど。
イベントの方から来られても、無理なもんは無理なんですけど。
(これ、あの五人の誰かに渡せって事……だよね?)
いやいやいや!
いやいやいやいや、だから決まってないんだって!
え、え、え……
って事は……義理チョコは?義理チョコ無いの?あるよね……?
(頼む、あって……!あってくれ……!)
ガサガサ、ガサガサ……
鞄の底に手を突っ込み引っ掻き回す。
見た目なんて気にしちゃいられない。
(あった……!)
メッセージカードが入ってないやつ、×5!
よかった!本命チョコの他に、義理チョコちょうど五人分ある……!
これって多分、渡す相手決まらなかった時用って事だよね?準備いいなおい!
え?それでどうすんだって?
そ、そりゃあ……もちろん五人とも義理チョコだよ。
(う〜、まじか……やだなぁ)
いつも受け身ばっかりだったのもあって、なんか気が進まない。
「……あっ、いた!」
(ややっ!この声……!)
振り返らずとも、誰かは余裕で分かる。
「なぁ、静……」
「しぃぃぃぃぃぃっ!」
ちょ!ちょちょちょ、待っ……ストップ!
(教室のど真ん中、みんなの前で呼び捨てすな!)
そうだ。そうだった、忘れてた。
彼の場合、常に今みたいに下の名前呼び捨てされるっていう危険性があるって事。忘れてたわ。
(危ないからさっさと済ましちゃおう、そうしよう)
危険物処理みたいな言い方……いや実際、この彼自体爆弾みたいなもんだけど。
いつもなら何が起きるか分かんないから急ぎようがないけど……今回はイベントのゴールというか、目的分かってるし。
『チョコを渡す』って事がメインなの分かってるんだから、それだけならさっさと終わらせたいじゃん?
いつもなら大体イベント一つに対して決まった一人相手にしてればいいけど……今回は五人とも関わってくるの確定じゃん?危ないじゃん?
「しぃぃぃぃっ!」
「えっ、え……?」
「言いたい事は分かるから!あれでしょ、あれ!今ちょうど渡そうと思ってて〜!持ってきたから渡すね!ちょっと待ってて!」
内容はごく普通なのに、空中にどうしても『オタク特有の早口』ってテロップ見えるのなんで?オタクの性?
「……?」
今だ!あまりの勢いに、彼がポカンとしてる間に……!
何かやばいこと口に出される前に、先制攻撃!
「はいっ!これ!」
(くらえ〜!)
バッシィィィ!と勢いよく袋を彼の手に叩きつける。
「おぁっ?!え……あ、ありが……」
さぁさぁ、受け取りたまえ!
そして満足したら、早めにお引き取りを……!じゃないと次の人が来ちゃうから……!
できれば次が来る前に……鉢合わせしちゃう前に、君のターンは終わらせたいんだ……っ!
(緑とか黄色とか……あの辺カチ合ったらめんどくさいからね!)
「あ、これ……義理チョコって事だよな?」
「え?まぁ……ね」
「そっか……」
うっ!悲しそうな顔が堪える……!
分かってたよ!こういう反応されるの、分かってたけど!
(心が痛むぜ……っ!)
「あ」
「何?」
「もしかして、他に本命いるとか……?」
「ううん、いないよ」
(本命渡す予定の相手は)いないよ。
「ほんとに?」
「ほんと」
疑いの目で私の顔を見つめてくるから、私も嘘じゃないよと見つめ返す。
「……そっか」
「うん」
どう?納得した?オーケー?
「そういやそうだな……お前、そういうのより食欲だもんな。花より団子だもんなお前」
男に興味ないか、苦手意識がある……恋愛系の主人公あるある。
そういえば、このゲーム主人公も例に漏れずそういうタイプだったっけ。
せっかく良いネタもらったんだし、ここは便乗させてもらおう。
本命についての言及を避けるためのちょうどいい設定、ありがとう。
「そりゃそうだよ!イケメンじゃ腹は膨れない!」
「まぁな」
「それよかご飯!ご飯大事!腹が減っては戦はできぬ!」
「途中で時代バグってんぞ」
「今の私に必要なのはイケメンじゃない!炭水化物だ……っ!」
「はいはいそうですか」
あれほどしょげてた顔がみるみる嬉しそうになっていく。
なんとも分かりやすい……
「そうだとも!」
「うん……よく分かったわ」
「分かればよろしい」
「なんでそんな偉そうなんだよ」
「くるしゅうない!」
「腹立つわぁ」
会話がぐだって来たところで、突然爆弾が投下された。
「そうか……まだ挽回の余地ありって事か……」
ポツリと、彼自身に言い聞かせるような小さな声。
私に向けてというより、独り言のつもりだったのかも。
その割にばっちり聞こえてたけど。
(おっと〜?意味深なワード聞こえたぞ〜?)
無意識のうちに私の視線は彼の方へ。
見るつもりはなかったけど、反射的に目が行ってしまった。
「……なんだよ?」
いつも通りの真顔。
「いや、ナンデモナイヨ」
追及したらやばそうで何も言えず。
「……」
「……」
う、会話ミスったかな……?
「……なぁ」
「……っ?!」
突然喋るんだもん。
「それより……他の奴にもそれ渡すんだろ?」
「まぁ……うん。まだ配り始めたところだからね」
喋り終わると同時により一層輝き出した彼の笑顔。
(うおっ!眩しっ!)
なんなら『俺が一番最初!やったぜ!』って書いてあるのが見えるくらい……小学生かよ。
むしろ今時、小学生っつったってもっと大人びて……いや、これ以上はやめとく。
(そうだよ、君が最初だよ……良かったね……)
「へ〜、そうなのか!俺、最初か!」
声のトーンが変わり過ぎる……
君、あれだな?知らない人に飴もらっても喜んで速攻食べちゃうタイプだな?
「そうか〜。でもじゃあ、こんなとこで喋ってていいのかよ?」
「え?何が?」
「ほら……他の奴、きっと首長ぁ〜くして待ってるぜ?」
(んふっ……!)
『長ぁ〜く』だなんてわざとらしく言うもんだから、思わずその場で吹き出しそうに。
そんなに一番が嬉しいかい。そうかい。
「うんそうだね、そろそろ行ってくるわ」
「お〜、いってら〜……って、あ……そうだ」
「何?一人一個までだよ、欲しがりさんめ」
「知っとるわ!」
「いやしんぼめ」
「うるせぇ!」
「いやらしんぼめ」
「意味変わってるし!そもそもそんな言葉ないから!」
今日も絶好調……口が。
彼といるとこういうのバンバン言えるのが嬉しい。
「いやさ、今日俺この後補習なんだわ。悪ぃけど、先帰ってて?」
「お?おお、了解〜」
「暗いから気をつけろよ〜?道路凍ってたりするから……」
「あ〜、まぁ大丈夫よ」
「滑ってひっくり返っても、今日は助けに行けねぇぞ?」
「だから大丈夫だって。やだなぁ、流石にそこまでぼーっとしてないよ〜」
「喋るのに夢中になって、道端の溝に落ちるような奴が?」
「懐かしい話を……そんな事もあったっけね」
「あれからずっと俺の自転車のハンドル、微妙に曲がってんだぜ?焦ってぶん投げたせいで」
「あはは〜ごめんごめん」
「静音の自転車は無傷なの、いまだに腑に落ちないんだけど」
「ごめんて!」
「2台とも同時に、それも同じように投げたのに……」
ごめんて、ほんと。
「……ま、まぁ……ともかく!今日は大丈夫!一人なら喋る相手いないし、ちゃんと足元気をつけて帰るから!」
「ほんとかよ〜」
多分今回、学校内で五人分の会話して終わりそうだから大丈夫!
バレンタインの話で帰り道にチョコ渡すって、あんまりないじゃん?(当社比)
きっと、帰ろうと思った瞬間に私の意識飛ぶやつ!うん、そんな予感する!
そろそろパターン見切ってきたわ私!