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その差、一回り以上  作者: あさぎ
平和のようでなんか不穏な
124/188

20-1.クラウチングスタートに膝を殺された女

おのれ、よくも私の膝を……!おのれ……!

 


 気づいたら病室の中だった。


 真っ白な蛍光灯の光に白い壁に白いベッドの、なんとも落ち着かない空間。

 そしてそこに充満する、消毒液のなんとも言えない臭い。


 ベッドの上、たくさんの管に繋がれて……誰かが横になっている。

 シーツを深く被り、横を向いて体を丸めて。


 シーツの端からはみ出たサラサラの髪の毛。

 黄色いそれは光を反射し、まるで黄金のように輝いていて……




(って、ん?黄色……?)


 まさか。


「え……まさか唯……じゃ、ないよね……?」


 返事はない。


「流石に違う、よね……?」

「……」

「だよね……?そうだよ、ね……?」

「……」




 ピー、ピー、ピー、ピー。


 電子音がけたたましく鳴り響いている。


 音の発生源は、ベッド脇に置かれた大きな箱型の電子機器。

 画面には赤い文字がしきりに点滅していて、意味は分からないが何か異常を知らせているようだ。


「え、まさか……」

「……」

「まさか……ほんとに、唯……なの?」




 ピー、ピー、ピー、ピー。


「……」

「……」


 ピー、ピー、ピー、ピー。


「……」

「……」




 ピー……




 永遠に続くと思っていた音が……不意に止んだ。


「あ」


 と同時に……画面には大きく『0』という数字が現れて。


(……!)


 冷たい何かが背中を通り抜けていく。


 これには見覚えがある。

 正直この機械がなんなのか、素人の私には分からない。

 けど、この景色だけはなぜか知ってる。


(これ……ドラマとかでよく見る、患者の最期の時の……)


「え、うそ……ちょ、ちょっと……!」


 部屋は変わらずシーンとしている。


「うそだよね?ねぇ!」


「起きて!ちょっと、しっかり……!」


「ねぇ!ねぇ、唯ってば……!」


「唯……っ!!!」







「……っ、……っ!」


 不意に誰かの囁き声が耳に入ってくる。


「……ぇ、……!」


 耳元で、ギリギリ聞こえるかどうかくらいの小さな声で……誰か、女の人に話しかけられている。


「……ねぇ、」


 声がはっきりしてくるにつれて、今まで見ていた景色がぐわんぐわんと歪んでぼやけていく。


「ねぇちょっと、」


 誰だっけ……?

 いや、待って。もしかしてこの声……


「ねぇ、ねぇってば」


 分かった。この声、あの時の……


「ちょっと!しず!」

「……っ?!」


 ぱっと見ですぐ分かる我儘ボディ……これはどう見ても……


「ポテチ?!」

「あ、やっと起きた!」


 あの時で出番終わったかと思いきや、また会うなんて。


「早く起きて!やばいって!」

「う〜ん……」

「起きてってば!」

「え?どうしたのポテチ?そんなに慌てて?」


 彼女は今、なんだかひどく慌てた様子で。

 後ろから身を乗り出して、何やら必死に私に話しかけている……


「順番来ちゃうよ!そろそろ起きなって!」

「順番?」

「次だよ次!」

「え……あれ?病院は……?」

「病院?ここは校庭よ?」


 真っ白だった景色は一変……今度はベージュ一色、辺り一面砂の敷かれたグラウンドに変わっていた。


 目の前には同じクラスらしき女の子が一人。

 私はその後ろに並んでいて、私より後ろにもさらに列がずらっと続いている。


 いきなりだしよく分からないけど、なんか体育の授業中っぽい?




(な〜んだ、夢かぁ)


 と言いつつも、心臓はまだバクバク言っている。


 今までにないってくらいの過去最高レベルの緊張、そしてそれからの安堵。

 私自身もびっくりだし、そりゃ心臓だってびっくりだ。


「も〜、立ったまま爆睡してんだもん。どんだけ器用なのよ」

「え、まじ?」

「いやいやいや、おもっきり寝息聞こえてたから」


 立ったまま寝てたって……バランス感覚すごいな私。


 厳密にいうとこの体は自分のものじゃないから、器用なのは主人公の子な訳だけど。

 だとしても、なかなか素晴らしい平衡感覚の持ち主で……







(さてさて、今回のイベントは……?)


 辺りを見回すと、さっきまでとは打って変わって平和な光景が広がっていた。


 地面の上に白いチョークの線が何本か平行に引かれている。

 そんな手書きの走者レーンの前にそれぞれみんな一列に並んでいて……その終わり、ゴールの方には例の体育の先生がストップウォッチ片手に立っている。


(あっこれ、50m走……?)


 いつもの事ながら誰の説明もなくて推測だけど、この感じは多分そう。




「次行くぞ〜!」


(声でか……)


 相変わらず声でかっ。

 メガホンなし、50m以上離れてて普通に聞こえるって……


「位置について〜!」


 前の子がかけ声に合わせて何やらその場にしゃがみ出した。


(って!こ、この格好は……!)


 クラウチングスタート!クラウチングスタートだ……!

 尖っててジャリジャリした砂の上に片膝をつくことによって、じわじわと拷問のような痛みを味わうことになる……あのクラウチングスタートじゃないか!(偏見MAX)


 と言ってもその格好自体に罪はない……

 むしろ陸上選手みたいに、膝ついてもすぐ走り出すならその方が早く走れる……


 でも問題なのは、こうやって授業でグダってなかなかスタートしない時……!


 ふざける奴出まくり、先生注意しまくりで進まない授業!

 構えたままなかなか始まらない競技!

 そして、死んでいく私の膝……!


 といっても、芝生とかゴムみたいなの敷いてるグラウンドだったら、全然そんな事ないんだけどね!


 駄目なのは奴だけ……砂利のグラウンド!そうだよ、お前の事だよ……っ!







「よ〜いっ……!」


 パァン!とピストルが鳴り、私の前にいた子が猛スピードで走り出した。


(おお、早〜い)


 タッタッタッと軽快に走る後ろ姿をぼーっと眺めながら、軽く足首を回して待機。


 次は私……ゲーム内とはいえ、やだな〜走るの。


(むしろ突然シーンカットされたりしないかなぁ)


 ぼーっ……




 ピー、ピー、ピー、ピー。


(……うわっ!)


 ぼーっとしてたら、またあの音。


 現実に戻ってきたというのに、気を抜くとさっきの電子音が聞こえてくる。


 ピー、ピー、ピー、ピー。


 気のせいか、さっきの映像もぼんやりと….


(……)


 もうあれは夢だって分かってるのに。




 ピー、ピー、ピー、ピー。


(……)


 でも、どうしても耳に残って離れてくれない……




 ピー、ピー、ピー、ピー。


 駄目だ、ほんとあの時からずっとこんな調子。


 気を抜くとすぐ唯の事考えてる……キャラ達との会話に集中してる間はいいけど、こうやって何もない時間があるとすぐこうなる。


 きっと大丈夫だって思ってるけど、でも……いまいち確信が持てないせいで、悪い妄想とぼんやりとした不安がひたすら膨れ上がって……


(そんな訳ない、よね……?私の勝手な想像だから……)


(きっと……そう、きっと大丈夫なんだよね……?)


(ほら、事故ったのは別の人で……彼は全然元気で、とかそういう……)


(うん、だよね。きっとそう……だから、多分大丈夫……)


(多分……)


(……だよ、ね……?)







「……ず、ねぇ……しず?」

「……」

「しず!ねぇってば!」

「うぁっ?!」


 ポテチの声で我に返る。


「大丈夫?!なんか顔色悪いよ?!」

「へっ?!そ、そう……かな?」

「さっきからなんか変にぼーっとしてるし、保健室行ってきなよ!」




 ここで、フッと悪い考えが頭をよぎった。


(具合悪いふり、しちゃおっかな?)


 あながち嘘という訳でもないし。

 それで、保健の先生に調子悪いから家に帰りたいって言って……こっそり会いに行こうかな。


(……)


 実際、今はあれから何日経ったことになってるんだろう。


 初詣イベントの前後で気温といい、雰囲気といい、微妙に違ってたような気がするから……それなりに日は経ってる気がする。

 前者はまだ晩秋か冬の始まり頃で、後者はガッツリ冬の景色だった。


 経過は分かんないけど、でも少なくとも今は緊急治療室を出てどこか別の病室にいるはず。

 そろそろ普通に面会できるようになっているはず……多分。


(それなら、いっそここは……)




「いや〜、それがさぁ……実はさっきから悪寒がすごくて……」

「まじで?!やばいじゃん!悩んでないでほら、保健室行きなって!それ絶対やばいやつだよ!」


 声のトーンといい焦り具合といい、本当に心配してくれているようだ。


 とりあえずで言った超適当な嘘なんだけど、それをこうも本気で信じてくれてると思うと……なんか申し訳ない気分。


(申し訳ない感が半端ない……ひぇぇ……)


「先生!七崎さん具合悪いって!」

「……!」

「保健室行くって……いいですよね?!」


 先生すらノーと言わせないスタイル。強い。


 勢いがあまりにすごくて、おかげで私はそれに押される形でスムーズに授業を脱出できた。




(ありがてぇ……!)


 こういう時に後押ししてくれる人の存在、まじプライスレス……!


 私の中でポテチの株が上がった瞬間だった。

 次会う時、お礼いっぱいしよう。ポテチ何袋か用意して。


(『次』なんてあるのかな……まぁいいや)



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