3-1.七崎メンタルクリニック開設します(しません)
目が覚めたら、パジャマ姿だった。
窓の外を見ると真っ暗で星が出ていて……おそらく今度は寝る前のタイミングに飛ばされたようだ。
こんな遅い時間って事は、外には出ない……つまり、家の中でのイベント。
(って事は……歩君かな?)
家の中でできるようなイベントって言ったら、電話くらいでしょ?
だとしたら……歩君以外まだ連絡先知らないし。
待ち時間、特にする事もなくぼーっとテレビを眺める。
念のためスマホを見えるところに置いて、チラチラ横目で確認しながら。
『……さ……ねよ……聞こえ……か?』
あれ?何か聞こえる。
テレビにしてはやけにエコーがかかった……なんともはっきりしない、もやっとした声。
『……よ……』
なんだろ、窓の外で誰か喋ってるのかな?
『……よ、七崎 静音よ……』
えっ。
「え、呼ばれてる?!」
「おお!ようやく声が届いたようじゃな!」
「誰?誰なの……?!」
慌てて周りを見回すけど、部屋の中には自分一人だけ。
誰もいない。
「ワシか?ワシは……この世界の神じゃ」
「か、神ぃ?!」
『かみ』って、神?
あの……あれだよね、神様って事だよね?
「え、えっ、え……まじで?」
「まじで」
いやいやいやいや!
姿見えないのに、そう自信満々に言われても……信憑性ゼロだから!
っていうか、どっから話しかけてんだよアンタ!
「いきなりじゃが、君に頼みたいことがある」
「頼みたいこと……?」
「実はな……この世界によその世界の人間が一人、迷い込んできてしまったのじゃ。その者は今、男子高校生としてこの世界のどこかで暮らしているようなのじゃが……」
「ああ、その人が実は私の学校の人でした……ってパターン?」
「全くもってその通り。物分かりが早くて助かるわい」
ふっ、伊達に長年オタクやってる訳じゃないのよ?
そういう引き出しは割と多い方なんだから。ふっふっふ……
「で、名前は?そもそも何年生なの?」
「それが……高校生で男って事以外、一切何も分からないのじゃ」
「はぁ?!」
知らんのかい!
「今君にやっているように、こうしてその者の脳内に直接話しかける事はできるんじゃが……その姿は未だに見つけられなくてのぅ」
随分としょぼい神様だこと。
ていうか、話しかけるくらいしかできないなんて……ほんとに神?
(実はその辺のお爺さんなんじゃ……)
そんな私の疑いの視線を無視して、神様(自称)は平然と話を続ける。
「当の本人は、ここにいるのが長すぎて元の世界の事をすっかり忘れてしまったようでな。自分をこの世界の人間だと思い込んでいるようなのじゃ」
「……」
「だから、君にお願いがある……どうか、その『迷い人』を救ってやってほしい。もしそれができたら、その者と一緒に君も元の世界に送り返してやろう」
「えっ、ほんとに?!」
帰れるって?やった〜!
「ああ、本当じゃ。約束する。そもそも、そのために君をこの世界に呼んだんじゃからな」
なんかゲームの導入部分みたいだ。選ばれし勇者、みたいな?
なんだかわざとらしい言い回しだけど……でもこう面と向かって言われると、ちょっとだけ優越感。ふふ〜ん。
……って、あれ?待てよ。
「でも、救うって……どうやって?」
救うっつったって、なんのパワーもないぞ私。
勇者の血筋とかそんなん一切ない、ただの普通の人だよ?パンピーだよ?
「うむ。君がやるべき事は、ただ一つ……」
ごくり。
(なんだろ、めんどくさいのだったらやだなぁ……)
「その者の心をな、ほぐしてやってほしいのじゃ」
「はいぃ?!」
えっ、なにそれ?!
「心をほぐすって……なにそれ、心理カウンセラーとか精神科の先生になれって事……?え、そんな知識ないよ私!」
「まぁまぁ、落ち着きなさい」
これが落ち着いていられるかっ!
「君ができると見込んで、こうして頼んでおるのじゃ……別に不可能な事をお願いしてる訳ではない」
「じゃあ、どうしろと?」
「それが……『迷い人』はどうやらすっかり塞ぎ込んでしまっておるようでのぅ。一体彼に何があったのかは知らんが……ある時から固く心を閉ざし、ワシの声が一切届かなくなってしまってな」
うん?えっと、つまり……やっぱりメンタル系のお話?
七崎メンタルクリニック開設って事?
院長七崎さん、ヤブ医者どころか全くの素人ですけど〜?
「ワシの声が届きさえすれば、どうにかかの者を導く事ができる。だから、まずはその固く閉じてしまった心を開かせるために……君がその者の恋人になってやってほしい」
「こ、恋人?!」
いやいやいやいや!待て待て待て!
「それ、友達でよくない?」
「いいや、友達止まりでは駄目じゃ」
「なんで?」
「深く心を通わせるには、恋人や家族のような親密な間柄でないと難しいからのぅ」
そうなん?そういうもんなん?
心理学とかやった事ないし、その辺知らないけど。
「色々考えてはみたが、それ以外方法がなくてな。すまないが、その者がもし君の好みではなかったとしても……ここは世界のため、どうか一芝居打ってもらいたい」
本気で好きじゃなくても、フリでもいいから恋人になれって事か。
演技、あんまり得意じゃないんだよなぁ。
ポーカーとかババ抜きだってめちゃくちゃ弱いし。
顔に書いてあるって言われるタイプ。
(う〜ん……)
でも、元の世界に帰れないのは困るし……
仕方ない、とりあえずやってみるか。
「やってみるよ、じゃあ」
「おお、ありがたい……!」
まぁ、元はと言えばただのゲームなんだし。
とりあえず毎日イベントをこなしつつ過ごしていれば、勝手にみんなの好感度が上がっていく訳で。
好感度溜まって告白イベントが起きたら、『迷い人』からの告白だけOKすればいい。
なんだ、意外と簡単じゃん。




