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その差、一回り以上  作者: あさぎ
平和のようでなんか不穏な
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17-3.まぁ……大丈夫っしょ!

 


 気づいた時にはもう、足が勝手に走り出していた。

 教室の出口に向かって。


「え?ま、待って静音!」

「ごめん!」

「いや、ごめんって……ちょっと、どこ行くの?今から一緒に美術室向かうんじゃ……?!」

「あ、えと……ちょっと、私……行かなきゃ……!」

「えっ、行くって……まさか、今からお見舞いに行くつもり?!」


 まさにそう。全くもってその通り。


 といっても私としては、ここがゲームの中って知った上での行動だ。

 つまり、一回くらい授業すっぽかしてもシナリオには全く影響ないって自信があったからこその今の発言なんだけど……


「えっ、え?しず……ちょっ、ま、待ってって!」


 彼女からしたら名前も知らないような全く面識の無い人に、授業サボってまでして会いに行こうとしてるっていう……とんでもない奇行に見えているんだろう。


 だけど……それをうまく誤魔化したり弁解したりする余裕なんて、今の私にはなかった。


「えっと、だからその……ごめん!」

「え!え、ちょっ……!な、何、なん、え?!」


 教室を飛び出し、廊下に出た私。さっきまで喋っていた友達の姿はすっかり壁の向こうに。

 でも姿は見えなくとも、声だけでその動揺ははっきりと伝わってくる。




(えっと……下駄箱はどっちの階段が近いんだっけ……)


 勢いで飛び出したはいいけど、どっちだっけ?


 確かここの廊下、両端に階段あったはず。

 だけど、どっちかは音楽室とか特別教室棟に繋がっちゃってて外に出れないっていうトラップ……


「しず待って!待ってよ!それ……本気で言ってる?」


(わ……!)


 少し足を止めたら追いつかれてしまった。


「ご、ごめん……っ!」


 別に逃げてる訳じゃないけどなんとなくまた走り出す。


「あ、ちょっと!待ってってば!しず!」


 今度こそ離れたかと思いきや、背中からまた声が聞こえる。


「ねぇちょっと!だって、だってさ……授業は?!」


 振り向いて確認はできないけど……どうやら追いかけてきているらしい。


「で、でも……私……!」


 ここでさよならになるんなら……その前にせめて、一言くらいは……!


「ちょっと!落ち着きなって!」


(ごめん、流石にこれは落ち着けない……!)


「慌てて行ったって意味ないって!」


(そう言われても……!それでも……!)


「どうせ会えないんだしさ!そんな急いだって……」




「え」




(会えない……?)


 うわ、うるさっ。


 急に周りの環境音が一気に耳に流れ込んできて、あまりのボリュームに思わず目を瞑る。


 ここまでずっと必死過ぎて、無意識のうちに周りの音をシャットアウトしてたらしい。


 教室の中でふざけたり爆笑したりと大騒ぎの生徒達に、どこかから聞こえる流行りの歌を口ずさむ声。

 その合間に時々挟まる鳥の声に、校舎の外の道路を通るトラックやら車やらのエンジン音……


 目を瞑ったところで音量は変わらないんだけど、反射的に気づいたら閉じていた。


「お〜い、しず?」

「……」

「お〜い……」


 再び目を開けると、そこには心配そうな顔があって。


「大丈夫?」

「ねぇ、会えないってどういう事?」


 まるで会話が噛み合ってないけど、そんな事にも気が回らないほど私の頭は疑問でいっぱいだった。


「あ、ええと……それは一旦置いといてさ。まずはしず、とりあえず落ち着こ?」

「え、会えないって……なん、え?会えないの?なんで?」

「はいは〜い、いいからまずは深呼吸〜」




 スーハー……スーハー……


(……)


 冷静になると同時に思わずちょっと赤面。

 今更ながらちょっと恥ずかしくなってきて。


 大勢教室にいる中であんなに勢いよく教室飛び出すなんて……完全にやばい人ムーブじゃん。


(今の、気付いてないよね……?)


 うん、誰も見てなかった事にしよう。そうしよう。

 今ざっと周り見たところみんなそれぞれお喋りに夢中っぽいし。




「で、落ち着いた?」

「ど、どうにか……」

「じゃあさっきの、冷静に考えてみなよ。相手は今、重症なんだよ?」

「うん?」

「ヤバい人が最初に連れてこられるところ……ほら、緊急治療室とかそういうのってさ……」

「あ」

「確か、家族以外面会できないんじゃなかった?」


 しまった。

 確かに、入れないじゃん私。部外者じゃん。


「確かに……」

「ほら〜。だから、そういうのは家族の人に任せるとして……今は大人しく授業行こう?」


 仕方ないけど、そうしよう。

 というか、今はそれしかできないから他に選びようがないんだけど。


「まったくも〜!しず、す〜ぐ早とちりするんだもん。止める方も大変よ〜」

「ごめんって」

「まぁでも……分かるよ、しずの気持ちも」

「えっ?!」


(まさか……唯の事、バレ……?!)




「次の授業、ビデオ見るっつってたしね」


(……てない!セーフ……!)


「誰だっけほら、ピカソみたいな確かカタカナ三文字で……あれ、誰だっけ?」

「カタカナ三文字?ゴッホ?」

「あ、そうかも!なんかそんな感じ!」


 適当だなおい。

 まぁいいや、とにかく……つまりあれだよね、次の授業はビデオ見るって事よね。


(『ビデオ学習』かぁ、懐かし〜)


 懐かしの単語に釣られて、当時の記憶が次々浮かんでくる。


(あれなぁ……)


 千なんとかかんとか年、ヨーロッパどこそこのナントカ家に生まれた誰それは〜みたいな始まり方のあれな。


 大体みんな波瀾万丈の人生で、真面目に聞いていれば面白いんだろうけど、ナレーションの声が穏やか過ぎて途中で寝落ちするっていう……


 美術の授業って、作品作りとかはみんなノリノリだけど、座学になったとたんやる気失せがち。




「そんなの、私だってサボりたいもん」

「え?え、いやその……」


 だからって別に、サボりたい訳じゃ……ないん、だけどな……


 唯の事言えずにいたら、彼女の中でなんかめっちゃサボりたい人になってたでござる。


「正直行く気しな〜い」


 まぁいいか。私も合わせとこ。


「それな〜」


 さっきの聞いて授業のやる気が削がれたのは嘘じゃないし。




「ぶぇっくし!」


 歩君の凄まじいくしゃみが教室に響く。

 君はおっさんか。


(ってかいたんだ、気づかなかった……)


 まぁ、そりゃあいるわな。同じクラスだもんね。


 それをいうなら秋水もだけど……彼の姿はなかった。

 まぁ、彼はこんな時間ギリギリまでダラダラ教室にいるようなタイプじゃないから……


 でも、いつもならそんなのすぐ気付いたんだろうけど……今気づいたって事は、相当気が動転してたらしい。


(……)


 今日はなんだか珍しく、彼も彼で誰かとお喋りに夢中で……今回は彼のイベントって訳ではなさそう。

 でもそれじゃあ、今のは誰のイベントだよって話になっちゃうから……やっぱり歩君の話なのかな?

 いまいちはっきりしないけど。







(家族以外……ねぇ)


 冷静になりつつも、さっきの言葉がまだしつこく頭に残っている。


 家族以外。そうだよね、だって私と唯は……ただのクラスメイトってだけだもんね。

 息切らして急いで駆けつけたところで、結局誰だお前ってなるだけだ。


 いや、むしろ家族に誰だお前なんて言ってもらえたならいい方……そもそも受付で門前払いだ、現実は。




 そりゃあ、唯は私にとって大事な人。

 恋人じゃないけど、でもそれに限りなく近いような……少なくとも友達以上の……そんな存在。


 だけど、彼と私は家族じゃないから……だからこんな時、何もできない。


(……)


 なんて不安定で頼りない関係性なんだろう。


 すごく近くにいたはずなのに、なんだか突然はるか遠い存在になったかのように思えて……心のどこかがキュッとなった。

 寂しさと悲しさと、なんか色々混ざった変な気持ち。


(まぁ……でも、そりゃそうか)


 彼と私は、あくまでただの仲の良い友達ってだけ。

 ちょっと仲が良いってだけで……ただその事だけで、ゆる〜く繋がってるだけの存在。


 もし本当に唯が事故って、今この瞬間も生死の境を彷徨っていたとしても。


(こういった時に側にいて欲しいのは、きっと……私じゃない)


 こういう時に会ってホッとするのは、やっぱり家族なんだと思う。

 彼の場合、特にお姉さんかな?


 まぁ、毒親とかそういうのは一旦置いといて……

 つらい時でもほぼ強制的に一緒にいて、何度も何度も困難をなんとか乗り越えていった……そんな長年の絆。

 同じ家の人間っていう、暖かい縛りで繋がっている仲間達。


 やっぱり友達とそれじゃ、まるで重さが違い過ぎるんだ。


(……)


 極端な話……友達とか、あるいは恋人なら……別にいなくても良い訳だし。

 いたら生活がより充実するってだけで。


 家族と違って何か義務があるわけでもなく……何の責任を負わないし、負えない。そんなふわっとした関係。


(まぁ、だからこそ楽しかったりするんだけど)


 別に責任負いたがりのドM (?)って訳じゃないけど……でも、それに伴って得られるものも多い訳だ。

 喜びは二倍、悲しみは半分なんて言うし。


 近すぎるが故に苛立ちも二倍、苦労も二倍……いや、もっと?

 だけど……それらをなんか良い感じにうやむやにさせちゃうほどの幸せがあったりする訳で……




(……って、おいっ!何考えてんだ私!)


 これはあくまで恋愛のゲームであって!結婚とか全然考えなくていいやつだから!

 そんな先の話関係ないぞこの世界!


 どうやら無意識で、私は恋愛の先に結婚を夢見てることが分かってしまった。

 あんまり知りたくなかったよ……


(結婚、かぁ……)


 『結婚前提に付き合ってください』みたいなの、あれほんと憧れだよな〜。言われてみた〜い。

 ロマンっていうか、夢っていうかさ。


 もしイケメンにそんな事言われちゃったら……ほんと、ご褒美だよね。

 まじ、死んでもいいって思っちゃうよ。そんなのされたら。


 まぁそんな都合いい話、ある訳ないけどさ。

 でも、もし何かで人生のご褒美もらえるとしたら……是非ともそれでお願いしたい。

 是非是非、前向きにご検討を……




(……って!だからって、そんな事考えてどうすんのさ!)


 やっとここで我に返り、いつもの自分が戻ってきた。


 なかなか超久々のおばちゃんモードだった。

 これまでなんだかんだすっかり高校生気分だったけど、根はやはり年相応……

 真面目になればなるほど、それを思い知らされてしまう……


(むむむ……)


 な、なんか……現実の自分の話が入ってきて、急に恥ずかしくなってきたぞ……!


 やだも〜!恥ずかC〜!

 ええい、やめだやめやめ!余計な心配はストップ!


 唯はきっと大丈夫!

 攻略キャラだし、ここで死ぬのは流石にないでしょ!

 それにもしそうだったら、もっと分かりやすく唯の名前出てくるっしょ!だから多分大丈夫!


(……よし!)


 そう思っておかないと、先に進めなくなっちゃうから。

 ここは気合い入れ直して……仕切り直し再スタートだ。




 パァン!


 ほっぺたを両手で叩き、気合いを入れる。


「うわっ?!今度は何?!」

「ごめんごめん。お昼食べたら眠くなっちゃって……気合い入れてたの」

「激しいな……って、喋ってる場合じゃない!ほら、時間時間!」


 言われて壁の時計を見ると、もうすぐ13時。

 三限始まる前に美術室に移動しないといけないっぽい。


 壁越しで姿は見えないけど、教室の方からなんとなく人の声が聞こえる。

 人数は多少減ったけど、まだ何人かダラダラしてるらしい。


「やば!あと5分も無いよ、急ご!」

「あっ、ま、待って……!」

「ほら、早くっ!」

「ま、待っ……あれ?」


 ふと視界の端に白い何かが落ちていくのが見えて。


「いいから!ほらほら、早くっ!」

「今なんか落ちたような気がして……」


 すかさず駆け寄り、落ちたところを見る。


「……羽?」


 そこには真っ白な一枚の羽が落ちていた。


 汚れひとつなくて、光を反射し銀色にキラキラ光る綺麗な羽。

 本物の鳥の羽にしてはあまりに綺麗すぎる、端から端まで純白の羽。


 まるで作り物のような……いや、作り物なのかもしれないけど。


(うわ、綺麗……!)




「ちょっと!しず!」

「……」


 ぼーっと羽を見つめていると、意識が段々と遠のいていく。


「もう!先行くよ私!」

「……」

「……く!……な……!」

「……」




 視界の端にまた一つ、白いものがふんわりと落ちてきている。

 はっきりと見えた訳じゃないけど、なんとなくそう感じた。


 ……


 …………


 ………………




 それはふわりとふわりと風に乗りながら、私のすぐ目の前に落ちてきて……


「……」


 そして、落ちると同時に私の意識はそこで完全に途切れた。



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