番外7-1裏方はてんてこ舞い
※またここからしばらく神様視点です。
「う〜む……」
読めん、読めんぞ……!
誰じゃ、こんな小さな字で報告書作った奴は!もう!
老眼鏡はここからちょうど部屋の対角線上にある棚の上。地味に遠い。
一度椅子に座っちゃったし、また立ち上がるのも面倒くさい。
だから今、こうして必死に目を凝らしているんじゃが……
「む〜……」
駄目じゃ、全然読めん。
仕方ない、諦めて取りに行くか……
「あぁ〜よっこい、」
ドタドタドタドタ……!
「しょっと……む?」
椅子から立ちあがると、廊下から足音が聞こえてきた。
空中にオノマトペが浮いてそうなくらいの、凄まじいけたたましさ。
ドタドタドタドタ……!!!
段々とその足音が大きくなってくる……どうやらこちらに近づいてきているようだ。
「お?なんじゃなんじゃ、騒がしいのぅ……」
誰じゃ、ワシの部屋に向かって爆走してるのは。
それも珍しくワシが真面目に仕事してる時に限って……
バターン!
「むぉっ?!」
「た、た……大変ですっ!」
ああ、びっくりした〜。
誰かと思ったら……なんだ、ワシの部下か。
「こらこら。ドアが壊れるからゆっくり開けなさい」
「はっ!これは大変失礼しました……!」
深々と頭を下げ、長い金髪がサラサラと滑り落ちてくる。
腰まである長くサラサラの髪に、精悍な顔つき。
七崎のいる世界に連れていったら、おそらく秒で注目の的になるであろう美青年である……背中を隠せば。
背中には、思いっきり白い翼が生えてしまっているからのぅ。天使じゃし。
人間じゃないのはすぐバレる、きっと黄色い悲鳴の後に本気の悲鳴を上げられるのがオチじゃろう。
あれな、左右一枚ずつ三対あって合計六枚あるのじゃ。
なかなかかっこいいじゃろ?
しかもそれぞれバラバラに動かせるんじゃよ。
よくゲームとかで見る鳥のような翼と違って、羽一枚一枚を指のように細かく曲げ伸ばしできるから……どちらかと言うと指に近い。
落ちたペン拾うのに便利って、いつだったか聞いた事あるよワシ。
純白で汚れ一つなくて、それはもう芸術品のように美しいのじゃが……動きがちょっと独特というか、そういうのが苦手な人間にはちと厳しいものがあるかもしれんな。
もう少し歳を重ねていくと、もっとこう……目が四つになったりとか、さらに人間離れした姿になっていくんじゃが……
……おっとっと、喋り過ぎた。
元の話に戻れなくなるところじゃった。いかんいかん。
相当慌てて来たのか、目の前の彼はまだ肩で息をしている。
「まぁまぁ、まずは落ち着きなさい。何があったか知らんが……話はそれからだ」
ドヤ( • ̀ω•́ )
いつもはぼんやりしてるけど、たまには上司っぽい事も言うのよワシ?
見直した?ねぇ、ねぇねぇ見直した?ワシかっこいい?
……えっ、そういうとこが駄目?
そうしてちょっと一息ついたところで。
「……で、どうした?一体何があったんじゃ?」
「それが、その……大変なんです……」
「大変?」
「イベントが、消えてしまうんです……」
「イベントが……消える……?!」
驚きのあまり、ぱっちり見開かれるワシのプリチーアイ。
「起きるはずのイベントが、勝手に次々消えてしまって……」
「それは……システムの不具合じゃなくて?」
「はい。その可能性も考えました。ですがそちらは異常無し……」
なんてこった。
ちょっと目を話した隙になんだかえらい事に……
「こうしている今も、イベントが起きないままどんどん話が先へと進んでいる……これは異常事態です」
今頃のイベントと言うと……あれか、揉めるやつか。
攻略キャラどうしで揉める、つまり七崎も散々修羅場ゲーだなんだって言って怯えてたアレの事じゃ。
予定じゃそろそろその修羅場ゾーンが始まり、話が進んでは揉め、進んでは揉め……のような流れになるはず……いやむしろ、もうとっくにそのうちいくつかがすでに起こっているはずだった。
所謂『私のために争わないで〜!』ってやつ。
物語の盛り上がりに一役買っていた、ちょっとしたスパイス要素でもあったのじゃが……
「そうか……ふむ、参ったのぅ……」
出来事の内容が変わってしまうのは、もう何度もあった。
むしろそれが普通になりつつある……だから、今や誰も驚かない。
ワシだってもう変わる事前提で考えるようにしてるくらい。
じゃが、イベントそのものが起きないとなるとまた別問題……
「う〜む……」
「……」
まさか消えるとは思っていなかった。
内容が変わるくらいならまぁ許容範囲かと思って……『迷い人』探しに集中しようと、ここ最近はずっと部下に任せっきりだったんじゃが……
「さて、どうしたもんかのぅ」
あれから七崎の影響で、徐々に人の心を宿しつつある彼ら。
それぞれに意思があるせいで計算通りになんてならないし、思考パターンが複雑になり過ぎて……長年彼らを管理してきたワシらであっても、もう予測不能なレベルにまでなってきていた。
ワシですらこうやって頻繁に読みを外すくらい。
と言っても七崎のいた世界の神なら、人間を長年観察してきている分簡単に分かるんじゃろうが……残念ながらワシは人間についてほとんど知識がなくてのぅ。
ワシらはゲーム世界の内側の存在として、イベントの伏線を管理したり、プレイヤーがセーブしたいと言ったら時間を止めてやったり、裏で色々操作してるんじゃが……
今やもはやほとんど操縦できていない。
何をするにも後手後手で、ただただ起きた事に対してひたすら振り回されているだけ……