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その差、一回り以上  作者: あさぎ
平和のようでなんか不穏な
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16-5.武勇伝♪武勇伝♪ってあれ20年前ですってよ奥さん

厳密に言うと、19年前とかその辺?

ちょっと古いネタとは思ってたけど、いざ調べたら全然ちょっとじゃなかったっていう……

 


 とある日曜日、千世 龍樹は家族で買い物に出かけていた。


 外はピンクのオレンジの混ざり合った、なんとも言えない柔らかい色に染まっている。


 近所のホームセンターで買い物して終わるという、なんの変哲もない平穏な休日……そのフィナーレに相応しい、優しい景色だ。




「……よいしょっ、」


 彼は駐車場に駐まっている車のトランクを開けると、カートに乗せて運んできた荷物を積み込んでいく。


 彼の背後にはぽっちゃりした男性が立っている。

 手持ち無沙汰なのか、クニャクニャと体を揺らしながら。


「お、おい……手伝うぞ?」


 背後からそう声をかけられるも、無言。

 彼は背中を向けたまま、積み込み作業を続けている。


 雰囲気からして彼の父親のようだ。


 腹がぽよんと出ていて手足はふっくらと……まるでぬいぐるみの熊のよう。

 雰囲気もまた柔らかく、全体的にふわふわしているのだが……その眼はキリッと力強く、どこか威厳を感じさせる。

 この男の仕事姿を見た訳ではないが、それでもできると思わせる覇気があった。


 だが、そんな男でも家族の前ではどうにもパワーが削がれてしまうようで……


「い……いやほら、手伝うって……ほら……」

「いい」


 素っ気ない返事が一言。


「あ、そう……?いいの?」

「い、いいよ……すぐ終わるし」

「でも、」

「いいってば……ほんとに」


 声のトーンは弱々しいが、しっかり拒否。


「そ、そっか……」


 手伝いを拒否され、やる事が完全になくなってしまった男は渋い顔でコンクリートの地面を見つめている。

 『本当は手伝いたかった』オーラを漂わせながら。




 彼が言う通り、作業が終わったのはそのすぐ後だった。


「よし。これで、全部っと……」

「あ、全部いけた?」


 今度は車の中から、彼の母親らしき女性の声がした。

 先に乗って積み込みが終わるのを待っていたようだ。


「今日のは重かったでしょ?助かったわ〜」


 彼は労いの声を背中に受けながら、今度はカートを店の方に返しに行った。




 その一方、父親は車に乗り込み扉を閉め……車内で夫婦二人きりに。


「……男手二人、助かるわぁ」


 そうしみじみと呟く母親の言葉を皮切りに、なにやら二人で喋り始めた。


「俺、見てただけだけどな……」

「あら」


 しゅんとする父親を慰めるようにその肩をぽんぽんと叩く。

 そうしたところで彼の表情はほぼ変わらなかったが、ほんの少しだけ空気が明るくなったような。


「しっかし、変わったな……前は荷物持ちすら嫌がって、ただ手ぶらでぼーっとついてくるだけだったのに」

「ふふ、頼もしくなったわね」

「そうだな、前とは大違いだ。成長したなぁ……大人しいし鈍臭いから、一時はどうなることかと思ったけど……変わるもんだな」

「習い事のおかげかしらね?それに、なんか前よりも元気になった気がするわ」

「だろ?!そうだろそうだろ?!だ〜から、前から散々言ってたのに!『部屋に篭ってねぇで運動しろ!』ってあれほど……!」

「まぁまぁ……」

「俺が何度言っても全然聞く耳持たなかったくせにさ、いざ自分からやるって決めたらとことんやるのな……まったくよ〜」

「そういうお年頃なのよ、きっと」

「まぁでも、良い事だ。あんだけ動いてりゃ、背だってきっとまだまだ伸びるぜ」

「そうね……いつの間に随分と大きくなったわね。今じゃもう、あなたと並んで身長ほとんど変わらないし」

「え、ほんとか?!」

「ええ。頭の位置、もうほぼ同じくらいよ。戻ってきたらもう一度比べてみる?」

「……い、いや……いい。べべ、別に気にしてないし……」


 気にしてないとは言うものの、身長が抜かされそうなのを知って激しく動揺しているようだ。


「……そうか、もうそんな……そうか……」

「ふふふ」


 いつまでも小さいと思っていた子供に、とうとう背を越されそう……嬉しいような、くすぐったいような。


「そうか……昔から背の順じゃ一番前だったし、ずっとチビだチビだって思ってたけど……」

「……」

「そうか……」


 車内にしんみりとした空気が広がっていく。


「もう、ほとんど大人なんだな」

「そうね……」




 車内が静かになった瞬間、不意にドアが開いた。


「あら、遅かったじゃない」

「あ、その……入口のところで小銭落とした人がいて……て、手伝ってた……」


 成長したと褒められたところで、こう指摘するのもなんだが……彼のアイデンティティとも言える、あのオドオドとした口調は相変わらずのようだ。


「おお、偉いじゃないか」

「……」


 父親がすかさず褒めるもノーコメント。

 だが、その頬はほんのり桃色に染まっている。


「そっか。ありがとね」

「うん……」


 学校での態度とは違って、家では年相応に少し素っ気ないようだ。




「んじゃあ、帰るか。そろそろ腹減ってきたし」


 そう言って父親はミラーで後ろ二人をチラッと見ると、車を発進させた。


「あら……じゃあ、帰ったらすぐ晩御飯かしら」

「今日はガッツリ食いてぇなぁ」

「ガッツリ、ねぇ……う〜ん。龍樹は?」

「僕?」

「お腹の空き具合は?」

「え……まぁ、普通……」

「じゃあ、何食べたい?」

「え?う〜ん……なんでもいいよ……」

「もう、あなたいっつもそればっかり……」


 母親をフォローするように父親からも援護射撃が飛んでくる。


「龍樹。なんでもいいじゃ、お母さん困っちゃうだろ?」

「あ……うん……」

「もっとちゃんと、はっきり言わないと」

「……」

「なんでもいいなんて連発してちゃ〜……お前それ、女の子に嫌われるぞ?」

「え?えっ……僕そんな、」

「お前が習い事始めたのも、つまりそういう事だろ?」

「え……?」

「良いとこ見せたいもんなぁ。分かる、分かるぜ」

「えっ?!いや、ち、違っ……!」

「いいっていいって。俺も昔、そうだったし」

「……」

「あれはお前くらいの時だったかな、あの時の俺はなぁ……」




「あらら……ま〜た始まった。お父さんの武勇伝」

「……」

「ほっときましょ、満足するまで。どうせそのうち勝手に止まるから……で、何がいい?」

「は、ハンバーグ……」

「そうねぇ、じゃあ……煮込みハンバーグでも作ろうかしら。ちょうど赤ワインあるし」

「うん……じゃあそれで……」


 こうやってこそこそ会話してる間にも、父親の話はまだまだ絶賛進行中……


「……だったんだけど、その時なんと俺が……」


 ……と言っても、誰も聞いちゃいないが。




「……そう言えば、習い事の方はどう?」

「うん、だいぶ慣れてきたよ」

「そう、良かった。最初、筋肉痛で寝込んだ時はほんとどうしようかと思ったわ」

「あ、あれは……運動不足で……」

「そうだけど……まさかアンタがそんな、起き上がれなくなるまでやるとは思わなかったのよ」

「ご、ごめんなさい……」


 こういう時に平謝りするのもまた、相変わらず。


「ちょっとでも疲れることとか苦しいこととか全部嫌、何言ってもやりたがらない……今までそんな子だったのにね」


 言い終わるより先に、彼の肩がビクッと大きく震える。


「……」

「……」


 そこには理由を追及されることへの恐怖があった。

 ここで理由を聞かれてしまったら……彼は好きな人の存在と自らの想いを告白しなければならない事になるのだから……


「……」

「……」


 徐々に強張っていく彼の表情。


「……」

「……」


 しかし……


「一体何があったのか不思議だけど……理由は聞かないわ」

「……!」


 あえて聞かないという優しさ……彼の予想は、良い意味で大きく裏切られる事になった。


「でも、応援してるから……頑張ってね」


 お互い見つめ合い、微笑む。




「……それでその時俺はなぁ、こう言ったんだ……って、聞いてる?」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「い″だあぁぁぁっ!!!」







「じぃじ!何寝てんの!」

「いや、ちょっ待っ、これは……い″だぁ!」


 ヒョロヒョロと細い腕から繰り出される、パワフルな引っ張り攻撃。


 弛んでとろとろになった年寄りの頬を、人差し指と親指でピンポイントに摘んで、下にギュー。


「あだだだだだだだ!」


 指がこれまた細いもんだから、痛いのなんの。


 目覚めるなりこれじゃ。

 いや、叩き起こされたと言うべきか。


 今日もまた孫が家に来ているのは知っていたが、まさか今こんなタイミングで……


「えい!」

「いだっ!いだだだだだっ!」


 全く容赦がないのぅ。う〜ん、参った。


 いや、流石にこのままではまずいか。

 いくら面白いからって、よその家の子にまでやり出したら一大事じゃ……ここは一つ、しっかり教えてやらねば。


 よ〜し、ここは思いっきり険しい顔で……




「これ!やめんかっ!」


 あまりの剣幕にピタッと止まる腕。

 良し良し、効いてる効いてる。


「君は楽しいかもしれないが、やられる方は痛くてたまらんのじゃ」

「……」

「良いか?前にも言ったが、人が嫌がる事はやってはいけないよ」

「えいっ!」

「あだだだだだ!あの……ワシの話、聞いてた?」

「えいえいっ!」


 あ、うん。聞いてないね。

 なんなら今のも聞いてないもんね、うん。


「はぁ……駄目だこりゃ」

「え〜い!」

「だあぁ、もぉぉっ!ハァ、ハァハァ……」


 じぃじ、叫びすぎて息切れてきちゃった。


「ハァ、ハァ……じ、じぃじのほっぺた、引っ張るの……そんなに、た、楽しい……?」

「ううん!」


 楽しくないんかい!じゃあなんだったの今の時間!


「え……じゃ、じゃあなんで……?」

「ばぁばが言ったの!『思いっきりほっぺたつねって起こしてやりな!遠慮はいらないよ!』って!」


 ああ……なるほど。つねるの意味、知らなかったのね君。




「……って!ば、ばぁば?!」

「うん。すごい怒ってた」


 サボってんのバレた!大ピーンチ!


「はわわ……!」

「どしたのじぃじ?」

「はわわ、はわわわわわ……!」

「じぃじ?」

「いや……だ、大丈夫……」


 大丈夫……そう、大丈夫じゃ……

 ま、まだ……まだだ、まだ……まだ全然大丈夫……


 まだ、慌てるような時間じゃない……


 そう……まだ、あわ……「あんた〜っ!!!」わわわわわわ……


「あ、ばぁばの声だ」

「ちょっと、起きてる?!流石にもう起きてるわよね?!」


 ひえぇ……下の階から呼ばれてる!

 この声の感じ、階段下からこっち見上げて叫んでる声じゃ……!


「あんた、今何時だと思ってんのよ!」

「じぃじ起きてるよ〜!」


 代弁サンクス孫!


「もう!毎日寝てばっかり、仕事も部下に任せっぱなしで!」

「す、すまんすまん!今そっちへ行くから……!」


 任せっぱなしというか……いや、その……ワシの業務の勉強をじゃな……


「しかも、本棚の下の隙間に水着のお姉さんの本あったわよ!」

「なっ?!それ、どうやって……?!」

「掃除してたら出てきた!あとなんか、仕事机の下の怪しいA◯azonの箱も!」


 どんどん悪条件が重なっていく……!色々と絶望的……!


「う、ううう……!どうか、それだけは……!それだけは……!」

「なら、早く来なさい!部下の子達、仕事終わったってここで待ってるわよ!」

「は、は〜い……」



 とほほ……



まだ、あわわわわわわわわわわわ……

例の落ち着けなさすぎる仙道好き。

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