16-4-4.ちゃんとしまっとけって、それ
話がここでまたパタっと途切れた。
何やら考え込んでいる様子の唯と、それを優しく見つめる愛。
「……」
「……」
帰るとか言っていたような気がするが……まだ帰るつもりはないらしい。
「……」
「……」
部屋で棒立ちの二人。
「……」
「……」
ブブッ。
不意にどこかから篭ったバイブ音がした。
「……あ、LIME」
愛はズボンのポケットからスマホを取り出し……画面を何回か指先で触れて、すぐに戻した。
そのほんの数秒間の動作で、内容を読み返信まで済ませたようだ。
連絡が予想通りのものだったのだろう。
そして、返事も簡単なスタンプか何かで済むような内容だったと。
「今の、旦那さんでしょ?」
「正解」
「ほら〜。やっぱ待たせてんじゃん、いい加減帰ってあげなよ〜?」
唯の声に少し元気が戻ってきていた。
どう結論づけられたのかは分からないが、何か彼なりに納得できたのだろう。
「しゃあない、帰るかぁ」
うう〜ん!と大きく伸びをして、愛はようやく自分の荷物をまとめ始めた。
荷物といっても、タオルと水筒と無造作に置かれた何やら重そうなトートバッグだけだが。
「ど〜せあれでしょ?帰りたくないからダラダラ喋ってたんでしょ?」
「まぁね、それもある」
「も〜」
「いいじゃん。ここんとこ立て込んでたから、久々の休憩時間だったのよ〜」
「掃除しながら?」
「ほら、たまにはさ……一人になりたい時あるじゃない。一人で黙々と集中して作業して……結構いい気分転換になるのよね」
喋りながら、ギュウギュウに詰まった重そうなトートバッグを肩に掛けて玄関の方に。
「よいしょ……」
「重そうだね、荷物」
「ん〜?そう?いつもこんな感じよ?」
「昔はくっそ小さいバッグしか持ってなかったじゃん」
「しょうがないじゃん、独身の頃みたいにはいかないのよ〜」
会話はまだまだ続く。
靴を履いて、ようやく帰るのかと思いきや……お喋りの場所が変わっただけのようだ。
「……ほんとはね」
「えっ?!」
急に真面目なトーンになった愛に、思わず動揺する唯。
「旦那、今は休職中なだけでまだ辞表出してなくて。全然まだまだこれからの話なのよ」
「ああ、びっくりした〜。その話ね」
「まずは店継がなくていいよって事だけお母さんに言ってもらって、細かいところは決まり次第後でアタシから説明しようと思ってたんだけど……まぁ、結果オーライかな」
「そうだね。俺、「へぇ〜っくしょい!」
パワフルなくしゃみが玄関に響く。
「だぁ〜っ!鼻超ムズムズする〜!」
「埃?」
「ほんとはここも今日掃除やっときたかったけどなぁ……って、なんか言った?」
「いや……なんでもない。後で靴箱の上拭いとくよ」
「あ!」
「わ、びっくりした〜!」
「ごめんごめん」
「声でかいんだもん……で、今度何?」
「そうそう!思い出した、部屋に女の子呼ぶならちゃんとしまっときなよアレ!」
「アレ?」
「アレよ、アレ!」
「どれ?」
「え……!それアタシに説明させる?!それガチで言ってる?!」
「……あ!まさか……!」
彼らが脳内に浮かべているもの。
それは……何とは言わないが、火照った身体を一人で鎮めるための夜のお供の事である。
そうは言っても色々種類はあるが……その詳細は彼の尊厳のため伏せておく。
バリエーションは色々あれど、結局のところ『そういうもの』である事に変わりはない。
「げ、見たのか……!」
「だって棚の上に堂々と置いてあんだもん!見るも何も!」
「そりゃ普段はしまってるよ!」
「え?じゃあなんであの時出しっぱだったの?」
「いつ見たんだか知らないけど!洗って乾かしてたの!」
「あ、なるほど⭐︎そっか〜⭐︎」
謎が解けたと言わんばかりに顔を輝かせる姉。
しかし、謎とはもちろんアレの事である。
あまりそうキラキラされても……なんというか……
「はぁ……合鍵渡すんじゃなかった……」
「一人暮らし不安だから、いざって時のために持ってて欲しいって言ったのだぁれ?」
「あ、あはは……」
もちろん、彼である。
「でも、なんで女の子呼ぶって……」
「え?違うの?だって好きな子いるんでしょ?」
「え……!」
「でしょ?」
「え、いや……な、なんで分かったの?」
「だって前、『掃除しに来て!』なんてLIME送ってきてたじゃん?珍しくさ」
「でも別に女の子が来るなんて言ってなかったはずだけど?」
「そりゃ分かるよ〜。この部屋だってほら……整理整頓とか随分気合い入ってんじゃん、やけに」
「うっ。確かに……」
「あとたまにLIMEの返信めっちゃ遅い時あるしさ。既読ついても、しばらくスルーとか」
「……」
「いつもならすぐ返事来るのに……はは〜ん、こりゃ女の子と喋ってんな?って思って。ね、そうでしょ?」
「すぐ返事しなかったのは……その、ごめん」
「いいのいいの、そこは別に気にしてないから。むしろ、好きな子できたんだって思ってニヤニヤしてただけ〜」
と言いつつ、今も顔が若干ニヤけている。
「色々あったけど、余裕出てきたんだなぁってホッとしたよ。で、どんな子?」
「ちょ、ちょっと……」
ほんの数秒で若干どころではなくなっていた、愛の顔。
「何年前だっけ?あの、前付き合ってた子とは違う感じ?」
「付き合ってないし」
「あれ?よく一緒にいたのに駄目だったの?」
「うん……って、そこまで覚えてたの?忘れてよ……」
「や〜だ⭐︎誰が忘れるもんか⭐︎」
ニヤニヤ、ニヤニヤ。
「どういう系?芸能人で言うならどの辺?」
「え……」
「可愛い系?美人系?」
「え、いや……秘密」
「え〜!」
「声でかいって」
「なんで教えてくんないの?!え〜!久しぶりに恋バナできると思ったのに〜!」
「駄目なもんは駄目〜」
「あ、もしかして照れてる?」
「照れてないし」
「お?お?顔赤いぞ〜?どしたどした〜?」
「ねちっこい言い方……おっさんかよ」
ブブッ。
「やべ。今度こそ本気で帰らなきゃ」
彼女はやっとスニーカーを履き出した。
玄関で長々立ち話をして満足したのか、ようやく本当に帰る気になったらしい。
「それじゃあ……」
そう言いながらくるりと背を向け、玄関のドアを押し開けて……
「……やっぱ、行こうかな」
「え?」
やっと帰るのかと思いきや……
勢いよく開いたドアが、また閉まっていく。
「え?なん、何が?」
「いや、正月の話」
バタン!と大きな音を立てて、扉が完全に閉まった。
「……?いいけど……どうしたの?さっきあれほど嫌がってたのに」
「いや、なんか……気が変わってさ」
「ああ、お店の話落ち着いたから?」
「まぁ、それもあるけど」
「いいの?誘ったアタシが言うのもなんだけど、うちじゃなくて旦那の実家よ?もちろんフォローはするけどさ……」
「いや、むしろいい。うちの方はまだ帰る気ないし」
「……」
「あと、旦那さんにお礼言いたいし」
「ふ〜ん……まぁいいや、じゃあ日程とか決まったら連絡するね」
「うん、よろしく〜」
「は〜い。そんじゃ、お邪魔しました〜」
姉が去って、部屋は一気に静かになった。
お喋りで明るい人がいなくなったせいか、室内もなんだか少し暗くなったような……
しかし、唯の表情はどこか明るかった。
人間不信というか、家族不信?気味の唯。
色々あってもう嫌ってなってて……
でもやっぱり本当はもっと仲良くワイワイしたい……けど出来ない……みたいな、そんな願望の裏返し……
でも、いざ実際にちょっとでも優しくされると即落ちる。超チョロい。
そんな、家族の優しさに飢えてる系男子(?)。
っていうのを本文で書きたかったんだよ……な……(遠い目)




