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その差、一回り以上  作者: あさぎ
平和のようでなんか不穏な
105/188

16-4-1.家族アレルギー

 


「……えぇっ?!」


 姉小路 唯は玄関の扉を開けるなり素っ頓狂な声をあげた。

 今日はそこにいるはずのない人が、さも当たり前のようにいたから。


「あ、おかえり〜」


 彼の視線の先には、縁の太い個性的な眼鏡をかけた若い女性が。


 肩につくかつかないかくらいの髪を真っ赤に染め、一部を頭の後ろでざっくり結んでハーフアップにしている。


 唯もまた似たような髪型だが……少し違う。

 彼女の方はあまり手をかけていられなかったのか結った髪がヤマアラシのように爆発してしまっていた。


 染めてからだいぶ時間が経っているらしく、つむじの周りに地毛の黄色が見えている。




「あはっ⭐︎お邪魔してま〜す⭐︎」


 そう明るく言い放つ彼女の名前は、姉小路 愛。唯の姉だ。

 顔をこちらを向けながらも、その手は床にクイッ◯ルワイパーをかけ続けている。


 タボっとした長いニットワンピースを着ていて、お腹の辺りが少し膨らんでいて……

 だが唯より背が低く体型は華奢、そこまで肉付きが良いという訳でもなく……つまり、おそらくそういう事なのだろう。




「今日さ〜、なんか暑くない?アタシだけ?」


 そう言って腕まくりしながら額の汗を拭う姉と、それを唖然として見つめるロングコートで防寒しっかりの弟。


「外寒いからって油断してたわ〜!まじ無理、汗超やばいんだけど!」


 今日は寒く、夜というのもあって外の気温は今一桁代。

 この室内も暖房はつけておらず……むしろ窓を全部開けて換気しているせいで、外とほとんど変わらないレベルまで気温が下がってしまっているのだが……動き回っているせいか暑くなってしまったらしい。


「あ〜、ヒー◯テック着てこなきゃよかった〜!」


 性別や年齢は違えど、二人とも顔も雰囲気もよく似ている。


 チャラチャラとした態度に軽い口調、そしてどこか気だるげなオーラ……まさにそっくり。

 強いていうなら……より声が大きくてテンション高い方が姉、といったところか。




「え、何……来るなら先に言ってよ……」


 姉の突然の来訪に、驚き通り越してちょっと引いてしまっている。


「い〜じゃん、ふらっと来たって〜」

「いや、だってほら……片付けとか……」

「何よ、見られちゃまずいものでもあるって?」

「別に無いけどさ〜……」


 ニヤニヤし始める姉とウンザリ顔の弟。


 声も表情も、普段より一段階くらいテンション低めで……

 いつも静音をからかっている彼とはまた違って、なんだか別人のよう。


「そういやアンタ、年末年始どうすんの?」

「何が?」

「実家。帰るの?」

「ん〜、どうしよっかなぁ」

「……」

「……」


 会話はここで一旦止まり、それぞれ何やら動き出した。


 姉はク◯ックルワイパーやら他に出しっぱなしだった掃除用具やらを部屋の隅に片付け、弟はというと鞄を床にほっぽり投げて洗面所へ。




 お互い別々に動いていて、もうあれで会話が終わったのかと思いきや……


「……俺、今回もやめとくわ」


 唯が部屋に戻ってくるなり、いきなり会話が再開した。

 彼らの中ではまだ普通に話が続いていたらしい。


「パス?」

「うん……多分」


 多分とは言いつつも……その言い切るような口調からして、なにやら意思は固そうだ。


 しかし、実はこの彼……実家を出てから一度も帰っていないのだ。

 今年も春休み、ゴールデンウィーク、夏休み……と来て、そして次の大型連休である冬休みもどうやら帰らないつもりらしい。


「え〜!お母さん、超心配してるよ〜?!」

「知ってる」

「じゃあたまにはさぁ、帰って……「いや、いい」


 もうそれ以上聞きたくないと言わんばかりに被る、強い拒否の声。


「……駄目?」

「うん」


 唯の中で何か駄目な理由があるらしい。


 そして、普通ならここで不思議に思って訳を尋ねたりしそうなものだが……


「そっか」


 彼女は何も聞かなかった。

 ただ何事もなかったかのような顔をして、一言返すのみ。


 唯の何かを知っていて、わざと触れないようにしている風にも見えたが……今のこのやり取りだけではそれが何かまでは分からなかった。




「……んで?そっちは?」


 そう言うなり唯は床の上のクッションにどかっと座り、おもむろに手で前髪を弄り始めた。


「あ、アタシぃ?」


 返事を考えつつ、愛も適当に近くの椅子を引き寄せ座る。

 少しお腹を気にするような素振りをしながら。


「う〜ん、そうね……今度も三が日は旦那の実家に行くつもりだから、うちの方はその後……まぁ、成人の日あたりかなぁ」

「へ〜。じゃあ、三が日は泊まりなんだ?」


 そう言いながらも視線は自分の毛先。


 ちょんちょんと手で形を整えたり、束をつまんでくりくりと捩ったり。

 一応話は聞いているようだが……


「うん。まぁ、やろうと思えば日帰りできるっちゃできるけど……おチビさん達がいるからねぇ、なかなかそうも行かないのよねぇ」

「泊まったら泊まったで逆に大変じゃない?」

「え〜?そう?」

「気疲れしない?」

「あ〜。んまぁ、そりゃ多少はあるけど……もう慣れたし。付き合ってた頃からよくお泊まりしてたから」

「すげぇ」

「すごくはないでしょ」


 枝毛を見つけたらしく、唯は目の前に毛先を摘んで持ってきて寄り目になりながらじっと見ている。


「まぁ、さ。友達から色々愚痴聞いたりするけど……アタシの場合結構恵まれてるってゆ〜か、向こうの家と仲良い方だからさ。ありがたい事にね」

「家、ねぇ……」




 会話が止まり、部屋の中が静かになった途端……救急車のけたたましいサイレンが聞こえてきた。


 何かあったのだろうか。

 どこかに停まるような気配は全くなく、この近くではなさそうだが。


 すぐにそれはドップラー効果の間抜けな音色に変わり、静かになると思いきや……今度はパトカーのサイレンでまた違った騒々しさに。


「ん?なんかあったのかな?」

「さぁ?」

「最近多いよね。年末って感じ」

「かもね」

「……」

「……」


 やがて外の騒音はピタッと止んだ。

 どこで何があったのかは分からないが、少なくともこの近くではないようだ。




「じゃあさ。なんなら……今度の正月、アタシと一緒に行く?」


 また唐突に再開する会話。


「え?」

「だって、実家帰らないんなら暇じゃん?バイトだって確か休みでしょ?」

「そうだけど……」


 ここでようやく髪から手を離した唯。

 しかしその視線は目の前の床の上、足を伸ばして座っている自分のつま先を見ていた。


「じゃあ、どう?みんな喜んでくれると思うよ?」

「……いや、遠慮しとく」

「あれ?もしかして、友達ん家泊まる感じ?」

「みんな実家帰るって」

「え、じゃあ今年もぼっち正月って事?!」

「まぁ、うん……」

「え、やばっ!」

「……」

「え〜!そんなの寂しいじゃ〜ん!そんなん駄目駄目!やっぱアタシと一緒に行こ!」


 何やら前のめり気味に興奮し始めた、愛。


 弟に対する心配と、『正月を一人で過ごす』という彼女にとって理解できない事が合わさり、ちょっとした混乱を生んでいた。


 なにせこの彼女、結婚し家庭を持つまでは地方のギャルとして大勢の仲間達と活発に遊び回っていたタイプ。

 一人で行動するだなんて、彼女にはとんでもない異常行動のように聞こえていたのだった。




「いや、いい」

「え〜?!でもほら、アンタなんてまだ高校生なんだしさ!叔父さん叔母さん達から可愛がってもらえるよ!きっとお年玉だって……」

「いいってば」

「え〜無理!ぼっちじゃん!超寂しいじゃん!」

「俺は無理じゃないけど」

「無理だって!そんなの、死んじゃうよ?!」

「死なねぇよ」

「寂し過ぎて死んじゃうって!」

「それは兎」


 発言はめちゃくちゃだが……これでも弟の事を心配しているようだ。


「別に平気だって。去年と同じだし」

「ええ〜駄目だよ〜!確かに去年はお父さんのこともあったし、正月どころじゃなかったけどさぁ……流石に今年はやめよ?だってヒッキーじゃん、それじゃ!」

「いい、いいって……もう、あそこには二度と帰らないつもりだから」


 そう言って、何を思ったのか唯はふと側のテーブルの方を向いた。




 視線の先には一枚のチラシが。

 そもそもそれは、ポストに入っていたのを自分で持ってきて置いたのだが……内容は一切見ておらず、じっくり読むのは今この瞬間が初めてだ。


 何やらカラーで写真が印刷されていて、可愛らしくポップなフォントで『家族みんなでスポーツ!』と書かれている。


「……」


 座ったまま腕を伸ばしてそれを手に取る唯。


 そのチラシの写真は四人家族をイメージして撮影されたらしく、大人の男女と中学生か高校生くらいの子供二人が何やら楽しそうに笑っている。

 といっても、いかにも広告といった感じの少しわざとらしい笑い方ではあったが。


 背景には筋トレの機械やプールが映っていて……どうやらスポーツジムの広告のようだ。

 今なら家族割引で会費が安くなるんだとか。


「……」


 それをただただ見つめて……そして、ポイ。


 すぐグシャグシャに丸めてゴミ箱へ投げ捨ててしまった……写真を内側に隠すようにして。


 今こうして文章として表すとそこそこな文字数だが、実際はこの間たったの数秒。

 肝心の内容はほぼチラ見程度で、たいして読まずに捨ててしまったのだった。


 それを見て何を思ったのかは分からない。

 だが、表情の翳り具合を見る限り……あまり気分の良いものではなさそうではあった。




 愛はその様子を見てはいたが、特に何か言う訳でもなく。

 そのまま会話が続いていく。


「え〜っ、行こうよ〜?!やだやだ〜!」

「……」

「初詣まじ楽しいよ?!やばいよ?!近所にでっかい神社があってさ〜!山みたい……ってか山そのものみたいな?!」

「……」

「滝スレスレ通って水飛沫浴びたり、ボロボロの吊り橋渡ったりとかさ!超面白いよ?!」

「でもそれ、向こうの家族と一緒って事でしょ?」

「うん。駄目?」

「……」


 無言のまま下を向く。それが彼の返事のようだ。



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