16-3ー2.理論完全特化のスタイル
「……で?結局どうなのよ?」
「どうって?」
「だ〜か〜らぁ。デートだよ、デート」
「一度も無い」
「あ〜……だよな、そんな調子じゃなぁ」
「……」
「でも、でもさ。相手から誘われたりしないのかよ?」
「何度かあったにはあった」
「お!」
「あったが……全て断った」
「え!な、なんで?!」
「無駄だから」
キッパリ、そしてはっきりと言い切った皇。
その言い方にはある種の清々しさまであった。
「……え、え……ええっ?!」
「……」
「そ、それ……ど〜いう事……?」
「そういう事」
今度は晴樹が混乱させられる番。
「え、え……?」
「その女が妻になるかなんて、まだ分からないじゃないか」
「えっ、妻?」
「そうだ」
「わ〜お……もう結婚の話?」
「逆に聞くが、結婚しない付き合いに何の意味がある?」
「お、おお……真面目ね……」
「だから、その辺は慎重に吟味するつもりだ。別れる可能性のある人間相手に、無駄な時間は過ごしたくない」
「え、え〜っと……でもほら、試しに付き合ってみたらいいじゃん。確認作業的な……」
「それはある程度相手が決まってからの話だろう?手当たり次第なんてアホらしい」
「あ、うん……そうね……」
ここまで来るともう、何も言えない。
「でもそれ、相手も言えるじゃん?」
「そうだな。向こうだって考えるだろうな」
「え〜、やだそれ……なんか品定めされてる感じじゃん」
「感じ、というか……してるんだが?」
「ああ、うん……」
晴樹はただただ遠い目をしている……
「え、え〜と。なんていうか……お前、結婚とか無理だと思うぞ。この俺が言うのもなんだけど」
「む、なぜだ?」
「いや〜なんて言うかさ、その……相手の子だって一人の人間じゃん?お前もそうだけど……」
「……そうだが?」
「でも、お前は人を……」
ここまで言いかけてやめた。
「『人を』?」
「いや、やっぱ今の無し。無し無し」
「……?」
「なんだろうな……なんて言うか、取り入る隙がないって言うか……」
「隙?」
「あ〜、うん」
「どういうことだ、全然分からないぞ……一体何が駄目だと言うのだ……」
「……だから、そもそも俺らにゃ無理なんだって。期待する方が悪いんだって」
「それを言ったら終わりだろう」
「そんなさぁ、『跡継ぎ』だなんて……」
(『跡継ぎ』……!)
晴樹の表情すら、堅くさせるその言葉。
今回の問題の重要なキーワードのようだ。
「そもそも俺まだバリバリ現役だし、まだ若いんですけど〜」
「しかし、そうも言ってられない。子供だって育つまでそれなりに時間を要する、そろそろ次代の事を考えねば……」
「お前もな」
「うっ」
チリーン。
不意につま先に何かが当たり、辺りに鈴の音を響かせる。
(……!しまっ……!)
黄色くて丸い、鈴のキーホルダーのようだ。
それには見覚えがあった。
歳のせいか最近よく物を失くすようになった祖父のためにと、母親が大量に買ってきたのだ。
そうして今じゃ持ち物ほぼ全てに鈴がつけられていて、少し……いや、かなり喧しいのだが……本人は耳が遠くてちょうど良いらしい。
それを聞かされる側は溜まったもんじゃないが。
それで、そのうちの一つがたまたまなぜか床に落ちていて……話を聞くのに夢中だった彼は、足元に落ちていたそれに気づかなかったようだ。
(た……)
「聖、いたのか」「お、久しぶり〜」
兄二人に見つかった聖は、びくっと肩を震わせて勢いよく声の方を向く。
「……!」
「なんでそんな狭いとこにいんだか……おいでおいで、こっち来なよ〜」
手招きする晴樹の方に吸い込まれていく聖。
「いやぁ久しぶり〜、おっきくなったねぇ」
「……」
ガチガチに固まってしまっている。
緊張と困惑の入り混じった、なんとも言えない顔で。
「おいおい、そんな緊張するなって!な!」
「……」
「ほら!せっかくだしちょっと飲もうぜ!景気付けにさ!」
「あ、その……自分、未成年なので……」
「大丈夫大丈夫!ちょっとくらいへ〜きだって!」
「は、晴樹さん……」
「あんまり揶揄わないでやってくれ、コイツは俺と違ってまだそういう事に慣れていない」
「え〜?ちょっとくらいいいじゃんな〜?」
ふと気づいたら、いつの間にか両脇を兄に挟まれていた聖。
また何ともいえない顔をして、固まってしまった。
「ちょっとも何も……駄目なものは駄目だ」
「そう言うお前だって似たようなもんだろ、朴念仁」
皇が晴樹をキッと睨みつけて、会話はここで一旦途切れた。
そして、おもむろに二人とも立ち上がると空だったグラスをキッチンのシンクへ。
そのまま流れるように食器棚の方へ行き、新しいグラスを取り出し、今度は冷蔵庫のミネラルウォーターを注いで席に戻っていく。
「……寝てたんじゃないのか?」
低い音色だがどこか優しさの滲んだ皇の声。
先ほどまでとは少し違う、暖かい口調は……無意識のなせる技か。
「寝てたけど、喉が渇いて……」
「ここ最近乾燥してるからなぁ」
晴樹の口調は変わらずそのままだが、それでもやはりなんだか雰囲気が変わったような……
「晴樹さんがいるなんて、珍しいですね」
他人行儀なその言い方に思わず苦笑する兄二人。
しかし、聖がこうもよそよそしいのには理由があった。
この世に生まれてから今までで、ほとんど彼の姿を見た事がないからだ。
大学時代は学生寮だったし、卒業後は研修医として診療所を転々としながら一人暮らし。
ほとんどこの家にいる事はなかった。
彼の学生時代については人から聞くだけ、実際の姿なんて見た事がない。
聖が生まれた時にはもうすでに晴樹は成人していたのだから。
だから、聖にとって晴樹はまるで伝説上の人物のような謎に包まれた存在。
滅多に会わない上に、なんだかチャラチャラしていて素性の知れない男……血の繋がりはあるとは言え、あまりに離れ過ぎていた。
「なんでここにいんのかって?」
「……」
「いやぁ、まぁその……あれよ、色々あって……」
はぐらかそうとする晴樹だが、皇がそうさせてくれなかった。
「どこから聞いていた?」
「婚約指輪まで買ったのにって話のあたりから」
素直にそう答える聖、真顔で考え込む皇、そして次第に表情が暗くなっていく晴樹。
「う〜わ〜……あれ、聞かれてたのかよぉ……」
「すみません。すぐに立ち去るつもりだったんですが……」
「いやいい、いい。いいけど……いいけどさぁ……」
晴樹はそう言って項垂れて、そしてやがて何も言わなくなった。
「……?一体何があったんです?」
心配する弟の声。しかし、もはや返事をする気力もないらしかった。